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新開君の腕に絡まる女の子。肩のあたりでふんわりとした色素の薄い髪が緩くカールして揺れている。頬はぷっくりと桃色で天然の長い睫毛が大きな瞳を縁取り、上目遣いで見上げる華奢な女の子は誰の目にもとびっきり可愛く映る。そんな人が新開君の好きな人。お似合い、二人を形容するのに相応しい。もし自分が隣に立てたら、と想像してみてもとてもじゃないけれど釣り合わない。新開君の腕が女の子の肩に回されたところで視界を閉じると後ろから肩に腕の感触。驚いて振り返ると、友人がおはよう、遅刻するよ、と慌ただしく捲し立てた。現実に引き戻されたかのように靴箱にかけていた手を降ろし、ローファーをしまうと待っていてくれた友人に急いで駆け寄った。

前の席の新開君を観察する。隣の席は羨望の的になるけれど、後ろ姿しか見えないこの席は案外人気が薄い。けれど隣の席からまじまじと見る勇気もないので私にとっては最高のポジションだと思う。少しだけ癖のある髪は湿り気の多い空気にあてられていつもよりはねているようだ。古文を板書する先生を見る振りして肘を着いて退屈を凌ぎながらこっそり盗み見ていると、目の前に白いもの。目で辿ると首を傾げながら少し困り顔の新開君。何かついてたか?って聞かれて、はっとしてプリントを受け取って後ろに回す。振り返ると私の机に組んだ腕を置いて向き合った新開君がいた。本当に心臓に悪い。チラリと黒板の方を見るとのんびり屋のお爺さんと言っても良さそうな年高の先生はまだ3分の1ほど書き上げたところだった。

「昨日練習見にきてただろ?」

瞬きをしてみても視線が外れない。人混みの中にいたのに自転車に乗りながら気づいたというのか。羞恥と焦りが入り混じり思わず顔を伏せてしまう。

「誰かの応援かい?」
「違うよ。」

そう伝えたところでようやく板書を終えた先生の声が聞こえてきて、新開君も前に向き直ってしまった。新開君を応援しに行ったんだよ、そんなこと言えるはずもなく飲み込んだ。きっとかわいいあの子の特権。きっかけはきっかけにすぎない。あろうとなかろうと私はきっと新開君を好きになったのだろう。そうしなければよかっただなんてとても悲しいこと。彼女がいる人に手を出そうなんて人道それたことできないしきっとこのままずっと私一人で秘密にしていくんだろう。周りを見ると机に伏せている人ばかりで閑散とした雰囲気が漂っている。のんびりした先生の声は段々遠のいて、うとうととするままにそこで途切れた。

目が覚めるとすっかり授業は終わってしまっていたらしい。周りの子達は席を立っていて、黒板を消す人、集まって話している人など疎らに散らばっていた。誰もいないのをいい事に溜息を零す。

「何か悩んでるのか?」

頭上から聞こえてきた声は間違えるはずもない。

「新開君、」
「どうした、溜息なんてついて。」
「何にもないよ。」

曖昧な答えでは満足してくれないらしい。どう答えようかと寝起きで鈍くなった頭を捻っていると、新開君、と高くて甘い声が聞こえてきた。

「呼ばれてるよ。」
「悪い、あんまり思いつめるなよ。」

頭に手を置いて、ぽんぽんと叩いた後彼女の元へと行ってしまった。君のせいだよって言ってしまえたらなんて。いかないでなんて言えないんだからあやまらないで優しくしないで。君の一番はいつだって気になるあの子。それなのにまた望みのない期待させて、新開君が出て行ったドアを見てもう一度溜息を零した。悪くなってきた天気に付けられた蛍光灯の白さが目に痛い。このままじゃいけないなって思うのに醜い私は行き場のなさに隠れるように机に伏せた。




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