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 もう本当にびっくりするくらいその場のノリだった。

「ナマエの好きな人、この中にいるよ。」

 おふざけの千恵ちゃんが調子に乗って爆弾発言。その場にいたのは自転車部の田所、巻島、金城、そして私と千恵ちゃんの五人で、当人以外が私の好きな人を知っている。

「ちょっとやめてよ。」
「いいじゃん、みんな知ってるんだし。巻島だって薄々気が付いてるんじゃないの。」

 さらりと名前まで出してしまわれ、私は怒ることもできずに羞恥でとにかく消えてしまいたくて両手で顔を覆った。巻島を見ることができない。みんなの反応を見たくもない。友達が勝手に告白、これを悪夢と言わずになんと言うのだろう。そしてさらに悪いことに――結果的には良かったことになるけど、そう言うのはなんか癪だ――田所がにやりと笑ってそれに乗っかってきた。

「確か前に巻島もミョウジのこと嫌いじゃねえって言ってたよな。」

 「なぁ?」と問いかけられた巻島はばつが悪そうにため息をついた。私は動悸が乱れているのを隠すのに必死だったというのに、指の隙間からおそるおそる窺うと彼はさほど動揺していないように見えた。実際していなかったと思う。

「なら、付き合っちゃえばいいじゃん。ナマエはいい子だよ、あたしのお墨付き!」

 あまりに滅茶苦茶な提案に思わず覆っていた手を外して「千恵ちゃん!」と怒鳴ればちょうど巻島がこちらを見ていて、すぐに目が合った。私も巻島も反射で視線を斜め下にした。すると「あー」と巻島の声がして、信じられないお言葉が。

「付き合っちまうか。」

 きまぐれ、同情、単なる流れ。そのどれだったとしても一年近く片思いをしている男子にそう言われて断る女子は一人もいないに違いない。



 こうして始まった私たちのぎこちない交際はなんとかまだ続いている。ただし三か月が経過した今もまだ手をつないですらいない。キスは言わずもがな。巻島は毎日部活で下校を共にすることができないし、一緒に帰ったとしても彼が握っているのは自転車のグリップだ。友達だったころと変わらない関係がこの先もずっと続いていくとして、私はいつまで「彼女」という立場を支えにできるのか。メールして、たまに電話もして、彼の時間があるときには話す。これ以上を望めば罰が当たるのだろう。

 そもそも巻島は私のことをどう思っているのか、もとい好きなのか。「嫌いじゃない」田所はそう言った。あのときは「巻島はひねているから」で片付けたけど、本当にそうだろうか。「私のこと好き?」なんて訊く勇気も自信もないから確かめない。でも多分訊けば終わる。



 昨日が大会だったから翌日つまり今日は休養日だと事前に聞いていた私はこの日を待ち望んでいた。肩を並べて下校できるというだけでも私は十分嬉しい。他愛ない世間話をしているだけでも幸せだ。巻島が好きで、好きで、好きだから――それ以上は望めない。
門のところで待っていると、しばらくして巻島が現れたのだが、あるはずの物を彼が持っていなかったので驚いた。

「自転車は?」

 挨拶よりも何よりも先に疑問をぶつければ「今日は歩きっショ」と何てことなさそうに答えて、歩き出した。あっけにとられていた私も早歩きで追いついて、しばらく二人とも無言のまま歩いた。今日は特別行事があるわけでもないので見える限りに総北生はいない。部活終わりやテスト期間だと同じようにバス停何個か分を歩くカップルたちと一緒になって、手をつないだりじゃれあったりしている彼ら彼女らを密かに羨ましがるのが常である。自転車がないことに依然として動揺していた私は気の利いた話もできずにアスファルトの凹凸を確認しながら歩いていた。

「なぁ」

 沈黙に耐えられなかったのかもしれない。巻島が「オレたちって付き合ってどんくらいっショ」と訊いた。「九十六日だよ、あとちょっとで百日記念だね」なんて言えるはずもなく「三か月くらいだね」とわざとそっけなく答えた。実は三か月記念日をスキップされたことを少しだけ根に持っている。巻島は「へぇ」と相槌を打っただけでそれ以上何も言わなかった。「この間記念日だったんだよ」などと追撃できるもなく、私は私で別の話題を探し始めたときに、事件は起こった。

 右手に何か触れたと思ったら、骨っぽい巻島の手が私のそれを包んだ。思わず立ち止まって弾かれたように巻島の方を向いてもつながれた手は離れることなく、腕がぴんと伸びた。

「なんだヨ」
「…なんでもない。」

 「嬉しすぎて天に召されそう!巻島、大好き!」そう叫べる私ならこの友達に毛が生えただけの関係も変わっていくだろうけど、さて明日はどっちだろう。



 かくとだに えやはいぶきの さしもぐさ
 さしもしらじな もゆるおもひを

 藤原実方朝臣




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