フケンゼンな関係 | ナノ


 ナツが隼人を連れてきてから一ヶ月が過ぎようとしていた。


 ひと月ほど前から会う約束をしていた友人にドタキャンされて丸一日フリーになってしまった。かと言って怒る気にもなれず、むしろ「是非そちらを優先してください」と恭しくなってしまったのは事態が事態だからだ。どうやら友人は浮気されたらしい。そしてそれは何も最近判明したわけではない。数か月も前からその片鱗を見せていたのに友人は「気切りなくクロに近いグレー」と言って追究しなかったのだ。私は密かにクロだと踏んでいたので「やっぱりね」と冷めた感想がまず浮かんだが、そこはぐっとこらえて「大変だね、大丈夫?話聞くよ」と励ました。

 男女の仲というものはいくら仲の良い間柄でもなかなか相容れないところがある。だからナツと私はあまりそういう話をしない。そうは言っても知っていないと不便なこともあるので色恋の表層は報告し合うが、ナツが私に意見をすることもその逆もない。否定されることがないので楽だ。ナツと私は性格が相反するといっても気が合う。すなわち合致する価値観がいくつかあるわけだが、その中でも楽しいことを優先するという点が一番強い。だからいまだ居座る隼人のことをナツに聞く気にはなれなかった。おそらく私が彼の存在をとやかく言うのは「楽しくない」ことだ。ポリシーに反する。
曜日時間を問わず家に居座るこの色男は定位置――ソファの左側がいつの間にかそうなってしまっている――に腰を落ち着け、つまらなさそうにテレビを見ていた。

「おはよ」

 隼人は挨拶に律儀だ。私も同じように「おはよう」と返してから、冷蔵庫に向かう。マグネットで貼り付けてあるナツのシフト表によると、どうやら今日は早出の日だったらしい。

「アキさん、出かけるんだろ?」

 どうして隼人が私の予定を把握しているのかというと、リビングにでかでかと掛かるカレンダーに記入されているからだ。

「その予定だったんだけど、流れた」

 ウーロン茶の残量が少なくなってきているので電気ケトルに水を入れ、スイッチを入れる。どうせやることもないし、ゆっくりスーパーに買い物に行って、たまには料理でもするかと空白になった今日のスケジュールを組み立てていると「なァ」と隼人から呼ばれた。

「ってことは今日時間あるんだよな」
「あるけど、なに?」

 私はカウンターに寄り掛かったまま、隼人を向いた。女二人だと程よい距離の空くラブソファも隼人と二人で座るとそうはいかない。そのため食事の時以外はできるだけ避けるようにしているのだ。代わりに急ごしらえで買ったクッションを重宝している。

「買い物、付き合ってくれよ」

 予想外の提案に驚きながらも断る理由が見つからないので承諾する。

「いいけど、なんか買うの?」
「まあね」

 それ以上訊かなかったのは隼人の欲しい物に興味がないからだ。どうやら自分の金は持っているようだし、彼がそれで何を買おうが私の知ったことではない。

「今から?」
「ああ、じゃあ準備するよ」


 テレビを消して当然のようにナツの部屋に入っていく隼人の図々しさを私はあまり好ましく思っていない。しかしナツは彼のそういうところも気に入っているのだろう。だからいつまでもここに置いているのだ。同居ルールのため、あの部屋の中に彼の荷物がどれだけあるのか私は知らない。確か最初に会ったときはほとんど手ぶらだったと記憶しているが、その後いくらでも運び入れることができる。ナツがいつの間にか与えていた合鍵のおかげで晴れて出入り自由になったこの男はどうやらたまに外出しているらしかった。

 どう頑張っても私の方が準備に時間がかかるだろうが、格別急ぐ気にはなれなかった。あの風貌だ、女に待たされるのは慣れているに違いない。のろのろと自室に戻り、簡易的に化粧を始める。隼人と出かけるためにおしゃれをするのはなんだか癪だし、私は身の程をわきまえている。ブスは化粧をしても、ブス。ナツのような美人と比べれば私はどう足掻いても引き立て役だ。一応隼人はナツの恋人なのだろうし、友人の彼氏と出かけるのにおしゃれをする必要はない。ゆとりのあるスウェット生地のチュニックにリバティプリントのスティックパンツを履いて部屋から出れば、やはり隼人はすでにソファに座っていた。

「お待たせ」

 一言かけるのが礼儀というものだろう。私が準備を終えたと知った隼人はテレビを消して立ち上がる。

「へぇ」

 不快だ。この目は知っている。品定めの目だ。いちいち突っかかっていられないので無視をしたというのに、隼人が評してきた。

「いつもと雰囲気違うな」
「休みだからね。悪い?」

 お世辞が嫌いな私には全く理解できないが、彼なりの礼儀なのだろうか。

「いいや、そのパンツかわいいな。似合ってる」

 洋服を嫌味なく褒めてくるあたり慣れがうかがえる。こういう軟派なタイプの男性は好きではない。ナツだったらきっと「ありがとう」とにっこりほほ笑むのだろう。さらに相手のファッションを褒める余裕すらあるかもしれない。けれど私はそういうタイプじゃない。ぶっきらぼうな自覚はある。隼人の顔を見ずにこう言ってから一人先に玄関へ向かう。

「どうも」