友人あるいは元カノ | ナノ

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 仕事が終わったらとりあえず靖友に電話。繋がれば飲みに行き、繋がらなければ歩いて帰る。そんな金曜日を何度か過ごしていくうちに私と靖友の距離は大学時代と同じくらい、いやそれよりも近くなっていった。再会してから早二ヶ月、交流のなかった五年間を埋めるには十分な時間だった。


 若い男女が、深夜に、居酒屋で、何時間も――なぜ靖友を誘うのか、靖友がなぜ誘われるがままなのか、深く考えなかった。ただ仕事で嫌なことがあれば靖友にそれを吐露せずにはいられなくなってしまったことだけは確かだった。靖友のガス抜きがなければ前任者の二の舞いになるのも時間の問題だったに違いない。彼には感謝している。突発的な呼び出しにもかかわらず、さらに話の大半は私のくだらない愚痴だというのに付き合ってくれているのだから。

 私たちは恋人同士というわけではない。単なる仲の良い友人だ。そうは言っても靖友は誘いを断らないので満更ではないのだと解釈させてもらっている。「こんな夜中に電話してくんじゃねーよ」と不平を漏らしつつも新橋駅まで来てくれるのだから嫌がっているはずがないのだ。



   *



 ある土曜日の午前中だった。前日は靖友と飲みに出かけていて家に帰り着いたのは早朝の四時だったというのに、枕元でしつこく振動する携帯電話に起こされてしまった。寝起きの不機嫌な声で応答すると部下が今にも泣き出しそうな声で謝罪してから、今すぐ出社してほしいと伝えてきた。冗談じゃない、こちとら朝方まで酒盛りだったのだ。休みの日くらいゆっくり寝かせてくれてもいいではないか。覚醒しないままに部下の説明を聞いていたがある一言を聞いて一気に目が覚めた。

「コンペ担当の田中さんが辞めたらしくて。」

 田中さんが辞めた。嫌な予感しかしなかった。彼の口癖は「辞めるときは労基に駆け込んでやる」だった。彼の穴埋め以外にも面倒なことが起こったに違いない。

「お休みのところ悪いんですけど、出来るだけ早く来いって課長が。」

 ベッドの中で頭を抱える。課長が出勤しているということはやはり余程の出来事だ。そしてわざわざ私を呼びつけるのは尻拭いのためということでまず間違いない。そして早急にということは事態が思わしくないこともまた明らかだった。田中さんは二ヶ月後に控えたコンペの責任者なので、彼が突然退職したことで内外がごたつくのは容易に想像できる。出来るだけ急いで出社する旨を伝えてから電話を切ると、自然とため息がこぼれた。それもこのところでは一番盛大なものだ。のそのそとベッドから這い出ようとしてフローリングに落ちた髪の毛が目につく。今日は掃除も洗濯も買い物も――いや、今日に限ったことではない。仕方なくテレビを付けて、洗面所に向かった。テーブルの上に見ようと思って置いておいたDVDが埃をかぶっているのは見なかったことにして。鏡に映る疲れた表情の女は昨日とうってかわって不幸じみていて、やはり大きなため息をついてしまった。



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