友人あるいは元カノ | ナノ

16


 鉢合わせることも同じテーブルであろうことも予想通りだった。願わくば隣以外の席でと思っていたらあっさりと裏切られたが、実際に座ってみると正面より幾分ましだったかもしれない。ここなら彼の表情をうかがわずに済むと無理に自分を励まし平静を装った。作り笑いは得意だ。再会は皮肉にも六月の、またもや結婚式だった。同期のマネージャーまで結婚し、私たちの代で独身なのは私と靖友を含め三人になってしまった。あからさまに私を避けるだろうと思っていた靖友は想像よりもずっと大人で一年前の披露宴と変わらぬ態度で私に接した。まるであのコンビニで再会して年末の公園で別れるまでの出来事だけが抜け落ちてしまったかのように、靖友は靖友だった。そんな彼の様子を見てざわついていた心は一気に落ち着いた。表面上なかったことにしてしまうのはこんなにも簡単だったのかと自分の冷淡さには驚かされてばかりだ。けれど反面でこうも願っている。あの日のキスをやり直せたら――違う、大学時代まで戻らないと無理だ。


 二人だけで言葉を交わしたのは二次会が終わる間際だった。立ち飲み形式で催されたその会の終了予定時間をほんの少し過ぎたそのとき、靖友がグラスを片手に壁に寄り掛かる私の隣にやってきた。パーティ会場は騒がしく、各々楽しそうにしている中で誰も私と靖友を気にしている人はいなかった。程よく酒が入り、懐かしい感覚を思い出したのかもしれない。先に話しかけたのは靖友だった。

「どうだよ、仕事の方は。」
「ちゃんとやれてるよ。花井さんとも、まあ、それなりにやってる。」

 「大人だからね」と付け加えればやはり自分から訊いたくせに興味なさそうに「フーン」と返事をされた。

「靖くんは?」
「別にィ。変わんねーよ。」
「そっか。」

 会話が弾むということはなかった。以前なら会話の主導権をほぼ握っていた私が黙っているのだから当然だ。あまりにも居心地の悪い沈黙に身じろぐ。手に入れることなく終わってしまったからこんなにも焦がれているのだろうか。それとも今までの誰よりも靖友を好きだったのだろうか。いや、単なる酒の勢いかもしれない。やめておいた方がいいと分かっているのに、理性は働くことを放棄していた。私から離れようとする靖友のジャケットの袖を掴むと、あのときを彷彿とさせる憂いの表情で見下ろされた。

「靖くんの家に行きたい。」

 完全にふられたいというのが自己中心的な思考回路が導き出した結論だ。蔑んだ目で私を拒否してほしかった。そうでもされないといつまで経っても前に進めない。私とは金輪際付き合わないと自分に言い聞かせるように言うよりも、私のわがままを拒絶してほしかった。故意に私を傷付けて遠ざけたように見えたのは私の単なる希望でしかなかったのだと。



   *



「後悔すんなよ。」

 ベッドで私に覆いかぶさる靖友はまたもや彼自身に言っているようだった。だから私は何も答えずに目を閉じる。靖友はそれを肯定と受け取ったらしかった。



 結局、私は靖友の何なのだろう。
 友人、元カノ、それともあるいは――



「靖くん。」

 呼びかけても返事はなかった。カーテンから漏れる光で目が覚め、ゆっくりとベッドからはい出る。壁と向き合っている靖友の背中は静かに動いていた。私は極力音をたてずに服を着てから、もう一度ほんのり丸まった彼の背中を見て「靖友」と声をかけた。けれどやっぱり何の反応もなく、それで察した私は鞄をやはり静かに持ち上げて玄関へと向かった。玄関から入ってすぐ左側に独立洗面台があるのだが、その鏡を見ようとして二本の歯ブラシに気付いてそのままサムターンを回して、家の外に出た。がちゃんと存外音が響く。ドアの向こうで誰かの怒鳴り声が聞こえた。まるで獣のようだった。「案外壁薄かったんだ」なんて冷静に考えながらエレベーターのボタンを押そうとしたが上手く押せず、拳を作って叩きつける。右手に痺れるような痛みが走り、じんじんと腕に肩に、仕舞いには心臓に到達した。このエレベーターに乗ったらどこにたどり着くのだろう。私は長い長い迷宮の出口を探してひたすら途方に暮れていた。






<END>

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ここまで読んでくださってありがとうございます。
これにて「友人あるいは元カノ」完結です。



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