友人あるいは元カノ | ナノ

14



 今年も残すところあと数日となった。結局クリスマスは何が起こるわけでもなく――靖友から連絡を期待して携帯に目を光らせていたが、徒労だった――静かに終わった。だというのにクリスマスの直後、二週間音沙汰なしだったことには一切触れずに靖友が映画に誘ってきた。それで私はいよいよ考えるのを放棄することにした。


 今日は映画の後イルミネーションが見たいという私のわがままに付き合ってもらい丸の内まで来ていた。シャンパンゴールドのライトが木々をきらびやかに飾り立てている。星がちりばめられたみたいに煌々と輝いているのを見てうっとりとした気分になっていたが、靖友は興味なさそうな顔で隣を歩いていただけだった。

「付き合わせちゃってごめんね。」

 軽く謝ると「別にィ」とさして気にしてなさそうな様子だったので安心した。そんな靖友の優しさに付け入り、私はさらなるわがままを提案する。

「あそこの公園のイルミネーションも見てもいい?」

 単なる口実だった。木にLED電球が巻き付けられただけのそれをイルミネーションと呼ぶにはいささか無理があったかもしれない。

「今日は少し暖かいし。」

 取り繕うように付け足して数秒後、「いいケド」とぶっきらぼうな返事をされて自分で言い出したくせに驚いてしまって、思わず靖友の顔を見た。

「ンだよ。」

 ばつが悪そうに目をそらされて、私は年甲斐もなくドキドキした。期待するなという方が無茶だ。手ごろなベンチに腰掛け、枯れ木がささやかに飾られているのを眺めつつ、他愛のない話をしていた。冬だから誰も居ないかと思いきや似たようなカップルがちらほらベンチを占領している。いくら平年より暖かいと言っても十二月の風は冷たく、少しだけ靖友に近付く。肩と肩が触れ合って、彼と私の目が合った。

「寒いね。」
「ヤメロ、重てェだろーが。」

 腕の側面を靖友にぴったりとくっつけて、肩に頭をもたれさせてみる。口では拒んでも、靖友はされるがままだった。私を突き返すこともせず、かと言ってこちらに寄りかかるわけでもなく、前を向いていた。先日と同じだ。彼は私を拒まないが、歓迎してもくれない。それは照れなのか、他の理由なのか考えても仕方がないので、もう悩まない。

「靖くん。」
「なに。」
「…なんでもない。」
「あっそ。」

 若返ったような気がした。大学時代に戻ったようなみずみずしい気持ちになり、ついぽろりと本音を吐露してしまう。

「クリスマス、靖くんと過ごしたかったな。」

 しかしそれに対して靖友は無言だった。まずったかなと思って靖友の表情を下から覗き込んだが、嫌悪を浮かべているわけではなかったのでひとまず安堵する。

「冗談だよ。」

 誤魔化そうとすると靖友は顔を歪めた。「んだよ、ソレ」と怒ったような相槌を打たれて胸が狭くなる。

「どっちだよ。」

 真剣な顔をしているが、靖友が酔っていることは明らかだった。酒気の帯びた白い息が私の顔にかかる。

「なァ、おまえ、知ってんだろ?」

 何のことを指しているか瞬時に思い当たった。けれど私も聞きたいことがある。質問に質問で返すのは卑怯だと分かっていてもどうしても主導権が欲しかった。

「靖くんは私のこと、どう思ってるの?」

 一大決心だったというのに靖友は何も言わない。その上顔をそらそうとしたので、両頬を掴んで無理にそのままこちらを見させた。ここまで来たら引き返せない。少々性急なことは承知の上だ。触れた頬で指が温められる。

「…冷てェ。」

 靖友の手が私の両手を覆った。靖友の指も私同様に冷たい。左手の関節部分を撫でられ心臓が跳ねた。照れくさかったけど靖友の目を見つめていた。靖友もじっと私を見ていた。意を決して目を瞑ると靖友の顔が近づいてくるのが気配で分かった。唇が軽く触れる。しかしほんの少しだけ吸い上げられただけで、薄い唇は離れていった。途端に私の手に込められる力が急に強まり、彼の頬から引き剥がされた。何が起こったのか分からず、音のない世界で迷子になったようだった。実際には一分ほどの沈黙の後、靖友の第一声は「悪りィ」だった。ますます分からない。返事ができないまま、更なる沈黙が下りる。靖友の苦虫を噛み潰したような顔を見て、「やっぱりさっきのなかったことに」なんて都合のいい言葉が口からこぼれないようにするので精いっぱいだった。



prevnext

back