友人あるいは元カノ | ナノ

13


 翌朝の靖友はびっくりするくらい何ともない様子だった。よくよく考えてみれば靖友の家に泊まるのは初めてではなかった。大学時代に部の仲間と靖友の家で雑魚寝することはしばしばではないにしろ何度かあったわけだし彼の中ではその延長線上にあるのかもしれない。つまりは靖友の中での私は単なる友人ということになる。ひどい羞恥に襲われた。一人で盛り上がって、一人で空回りしていたなんて。靖友は私を好きだったという過去に踊らされていたのだろうか。

「聞いてるゥ?」

 新橋駅前のカフェで朝食をとっている間もすっきりしないこの状況に悩んでいた。動じる様子のない靖友に苛立ちを覚えつつも「ごめん、なんだっけ」と尋ねると「映画」と即答される。

「前見たいって言ってただろ?行くのかって訊いてんだよ。」

 そんなことも言ったっけな。ほんの二週間そこら前のことが遠き思い出のように感じた。同時になんでそんなことを訊いてくるのだろうと疑問に思わずにはいられなかった。靖友の本心が見えない。「好きなの?嫌いなの?」得策ではないから訊けなかった。

「行きたい。」

 いつの間にこんなに好きになっていたのだろう。少しでも希望があるのならそれに縋ってしまう。店内にジングルベルが流れている。クリスマスまであと二週間、傍目からは恋人同士に見えているだろう私たちの関係は日に日に複雑になっている気がする。クリスマスは靖友と過ごせるものだと思い込んでいた。だのに一向に誘われる気配はないし、この調子では私から誘う気にはなれない。


「じゃあまた連絡するわ。」

 その言葉に私がまた望みを抱いてしまうと知っていて言っているのだろうか。だとしたら私よりもずっとずるい。

「昨日はありがとう、ごめんね。」

 あからさまに張りのない声になってしまった。昨日靖友が言っていたのはこういうことかと納得しながら振り向いて改札をくぐろうとしたときだった。靖友が「オイ」と少し大きな声で私を呼んだ。

「キャリアウーマンになるんだろうが。ンな辛気くせェ顔してんじゃねーよ。うぜーからァ!」

 なんでそんなこと覚えているんだろう。再会してからそんなことは一言も口に出していないのに。


――私、卒業したらバリバリ働く。キャリアウーマンになるのが小さい頃からの夢だったの。
――ハッ、似合わねー。

 
 多分靖友だって笑ったはずだ。私の夢を聞いた者は皆もれなく笑う。似合わないと、ゆうきには無理だと。だからいつの日にか夢を語らなくなった。そして夢はいつまで経っても夢でしかないと昨日実感もした。その上自分がいかに思い込みだけで生きているのかと今朝思い知らされたばかりなのに――どうしてまた期待させるのだろう。

「ありがとう。」

 そんな安心したような顔で送り出さないで、勘違いしてしまうから。嬉しさと辛さがマーブル模様のように混ざり合った妙な気持ちのままホームへの階段を上った。びゅうびゅうと強い北風が吹き抜ける。身を切るような寒さだ。


 冬将軍が私の心の中までも到来している。けれどやはりその隅っこでは季節は春のままで靖友への恋慕を捨てきれないまま年末になってしまった。



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