きっとそこまで迫ってる



「じゃあ幹事は名字さんに任せるよ」

最悪だ。

来月、とある上司が退職する。家庭の都合で退職する彼は、責任感があり仕事もできるとても良い上司だった。
同僚からも後輩からも先輩からも好かれる彼のために、送別会を開くことになったのだが、冒頭のようにそこで私が幹事に選ばれたわけだ。
確かに私が新卒で入ってきたとき、彼にはかなりお世話になった。直属の上司ではないとはいえ、相談にも乗ってもらったし手伝ってもらったりもした。

「とりあえずやることまとめといたから、これ」

そんな良い上司の送別会の幹事をすることのなにが最悪なのか。それはこの今目の前にいるクソ上司のせいだ。
年齢の割に薄い髪の毛をしたこの人は、上司の直属の部下で誰よりも彼にお世話になっていたはずの人である。要領が悪いくせに後輩に威張り散らすような性格をしていて、今回の幹事も本当はこの人がやるべきなのに何故かこの人の独断で私に任されたのだ。いや、やるのは構わないけど一番やるべきはあなたでしょ…。

そんな言葉を飲み込みつつ、渡された紙を見るとやることがズラッと書かれていた。多いなおい。これだけの量を一人でやれと…?

「あの、」

「じゃあ後はよろしく」

それだけ言い残して上司は昼休憩に行ってしまった。ブチ切れたい。



それから数日。私は、内心怒りつつも仕事と並行して送別会の準備を進めていた。日にちと時間も決めたし、会場になる居酒屋も抑えたし、参加不参加の確認も昨日から始めている。食べ物、飲み物、そして予算も大まかな目処がついた。あとすることといえば…。

「おまたせ」

「あ、赤葦!」

職場から少し離れたカフェで時間を潰していると、赤葦がやって来た。仕事終わりのスーツ姿、前も同じことを思ったけどとてもよく似合っていて格好良い。

「仕事終わりにごめんね」

「まあ、俺もあの人にはお世話になったし」

しなければならないこと。それは社員一同からの上司に渡すお礼の品を買うこと。

それこそあのクソ上司が自分で考えて買いやがれと思ったけど、一度引き受けたからにはちゃんと選ばないといけない。でも、男の人がなにをもらったら喜ぶのか思いつかなかった。ネットで調べたりもしたけどいまいちピンとこなかった。
上司のことをよく知ってる人で、かつ男の人に選んで欲しい。

そこで赤葦である。

実は私たちは、あの映画の後にラインを交換していた。一度ならず二度までも呼びつけてごめんね、と思いつつ駄目元で買い出し同行をお願いしたら、なんと快諾してくれたのだ。前も思ったけど赤葦本当良い奴すぎない?

「行こうか」

「うん」

カフェのお会計を済ませ一緒に外へと出る。今日のために定時ちょうどに仕事を終わらせたとはいえ、あたりはもう暗かった。職場の人に私たちが二人でいるところを見られて変に勘ぐられても困るため、すぐに移動をする。

「駅近くのデパートでも良いかな」

「良いよ」

この間の映画とは違い、スーツ姿の赤葦の隣を歩くのは新鮮だった。仕事中たまに遠目に見るぐらいだった赤葦が隣にいる。

「なにを買うつもり?」

「あー赤葦に決めてもらおうかなと思って」

「まじか」

責任重大じゃん、俺。と赤葦は笑って続けた。

しばらく歩くとデパートに着いた。とりあえず紳士服の階に向かうことにする。

「あの人さ、」

「うん」

「次は営業をしてみたいって言ってたから」

ここで赤葦の言うあの人とは、退職する上司を指すのだろう。

「何かその仕事で使えるものとかが良いかなと思うんだけど」

「なるほど」

さすが赤葦。こんな短時間でちゃんと良い感じのことを考えてくれている。噂ではよく聞くけど本当に仕事できるんだろうな。すごいな。

「さすがだなあ」

「さすがってなに」

「だって赤葦の話よく聞くもん」

「え?」

「仕事出来るとか成績が良いとか色々」

「そんなことないよ」

苦笑しながら謙遜する赤葦を見て、こういうところが褒められるんだろうなと思った。さすが影でこっそり女子から人気あるだけある。二回会っただけなのに私の中での赤葦の好感度は爆上がりしていた。

「これとかどう?」

おしゃれな紳士服売り場で赤葦が見せてくれたのは、高級そうな文具とネクタイピンのセット。黒色でシックにまとめられていてあの上司によく似合いそうだった。

「すごい良いじゃん、それにしよ!」

「なら良かった」

「センスあるね」

「今日すごい褒めてくれる」

照れたように赤葦はそう言った。え、ちょっと可愛い。これがギャップ萌えというやつか。

赤葦の決めてくれたものを購入し、無事にプレゼント購入を終えた。赤葦のおかげでスムーズに済んだ。すごいぞ赤葦。

「おかげですごく助かったよ」

「いやいや、名字こそ幹事大変だよね。お疲れ様」

「神?」

「え?」

「いやなんでもない」

気遣いの言葉に対して思わず心の声が漏れてしまった。これ以上好感度を上げてどうするんだ…。

目的の物も買えたしこのまま解散なんだろうけど、さすがにここまでしてもらったら何かお礼をしてから帰りたい。飲み物とかご飯とかを奢るぐらいしか出来ないんだけど。

階を降りて外へと向かう途中、最近話題になっているカフェを見つけた。ここで良いかな。

「お礼に何かおごるよ、なににする?」

「え、別に良いのに」

「良いから良いから」

そう言って赤葦の背中を押せば少しギョッとした顔をされた。無理矢理な女でごめんよ赤葦。押しが強い自覚はある。

店の前にある看板を二人で眺める。もう少しがっつりしたもの食べれる店の方が良い? と聞けばここで良いよと返ってきた。

「そこまでお腹空いてないしコーヒーで良いかな」

「少食だね」

「いや、今日仕事忙しくてお昼食べたのが遅かっただけ」

「へえ」

店に入って席に着き、店員さんに注文をする。そういえば前の映画でも最後はカフェに行ったなあ。デジャブ。

そのあとはお互い飲み物を飲みながら仕事の愚痴とかを言い合った。幹事は面倒だけど、赤葦がまた付き合ってくれたのは役得かもしれない。ありがとう赤葦。


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