私と一緒になりませんか


「頼みたいことがあるんだけど」

今日は華の金曜日。本当なら飲みにでも行きたいところだけど今日はそれよりも大切なことがあった。仕事が終わった今、私は職場の入り口である男を待っていた。そして待ち始めて数分。その男は現れた。声をかけて呼び止め、軽く手招きすれば彼は素直に応じてくれる。

「どうしたの?」

黒いスーツがとても似合う男、そして私の同僚でもある彼、赤葦京治は少し不思議そうに言った。

「あのね、」

「うん」

急に話しかけたにもかかわらず、赤葦は優しげにそう頷く。そんな赤葦を見て、私は意を決して口を開いた。

「私の彼氏になってほしい」

「え」

赤葦は固まってしまった。



次の日、私は赤葦と映画館に来ていた。

「お二人様、カップルですね?」

「はい」

「ではこちら特典のプロマイドになります」

「ありがとうございます」

チケット購入口でお姉さんからチケットと一緒に袋に入ったカードを受け取る。最高だ。私は笑みが止まらなかった。

「見て、もらえたよ!」

「…良かったね」

振り向いてそう言えば、かろうじて口だけが笑みを描いている赤葦がそこにいた。その目は完全に死んでいる。ごめんよ赤葦。

今日は土曜日。そして私が見たくて見たくてたまらなかった映画の公開日。仕事も休みだし絶対朝一で見に来ようと思って調べたら、とんでもないキャンペーンをやっていた。

そう、カップル限定キャンペーンだ。

この映画には私が愛してやまない俳優が主役として出る。これはばりばりの恋愛映画で、普段なら興味を持たないジャンルの映画だけども彼が出るなら話は別だ。なにがなんでも見なければならない。最低三回は見なければならない。
この映画のキャッチコピーは、恋人と見たいラブストーリー。それにかこつけて、カップル限定キャンペーンとしてカップルで来場した人にはランダムのプロマイドがついてくる。そう、私はこれが欲しかった。

「ほんと赤葦が来てくれてよかった」

「まあ空いてたし…」

チケットを受け取った赤葦はボソリとそう言った。私服を見るのは初めてだけど、シンプルでとても良い。スタイルの良い彼にとても似合っている。

昨日の夜のあの後、固まってる赤葦に私は映画のことを話して、カップルキャンペーンで欲しいものがあること、もちろんお金は全部払うから良ければ来てほしいということも伝えた。全て話せば赤葦は少し安心したようにため息をついて「いや、言い方考えてよ」と言った。この感じは断られるかな? と思ったけど意外や意外、なんと赤葦は来てくれた。

「中開けないの? それ」

「今から開ける…」

緊張しながらもまずは自分の分のプロマイドの袋を開ける。恐る恐る中身を取り出せば、そこにいたのはヒロイン役の女優だった。

「なんてこった…」

「俺のも開ける?」

「ありがとう…」

お目当てのものじゃなくてショックを受けてると、赤葦が自分のものを差し出してくれた。映画自体は何回でも来れるけど、カップル限定のこのプロマイドをもらえるのはおそらく今日限りだ。お願いします神様、と願いを込めながら袋を開いた。

「…やった!!」

そこに見えたのは彼の姿だった。そう、念願の推し俳優のプロマイドがそこにはいた。神はいた!!!

「良かったね」

「うん! ありがとう!」

笑顔でプロマイドを赤葦に突き出せば、どういたしましてと返される。優しい。突然誘ったにもかかわらずこんなテンションの女の相手をしてくれるなんてどれだけ優しいんだ。神か。赤葦が神だったのか。ありがとう神よ。

「あと五分」

「え! 急がなきゃ」

やったやった、と喜んでいる私を尻目に、腕時計をちらりと見て赤葦はそう言った。それを聞いて私は慌てる。まずい、プロマイドを当てたとはいえ映画に遅れては話にならない。後でまた来るとしてもやっぱり初回は最初から見たい。
私は少し小走りで劇場に入り、慌てて席を探す。赤葦は特に焦った様子もなく、後からマイペースにやって来た。

「あ、赤葦、ここ!」

自分の席を見つけた私は、赤葦に対して隣の席を指差した。特に急いだ様子もなく赤葦はよいしょと言って腰を下ろす。近くに来ると意外とでかいな、と思った。スーツ姿は細身な印象だったから余計にそう感じる。

「おもしろいの?」

「レビューはすごい良かったけど、どうだろ」

ネタバレを気をつけつつ、前もってこの映画の評判を見てみたら予想以上に良い評価で溢れていた。泣けます! とか、感動しました! とか。個人的には評判が良いなら面白いだろうと思うし割と楽しみだ。でも赤葦はどうだろう、面白いと思うだろうか。そもそも赤葦の好みに合うかどうかはわからない。

「赤葦は恋愛映画とか見る?」

「さっぱり」

「まじかあ」

今更だけど、私は赤葦のことをよく知らない。同じ部署で同僚、仕事に関する話をたまにする、そんな関係だ。

そんな関係なのに、なぜ今回赤葦を誘ったのか。理由は三つある。一つ目、赤葦が真面目で良い人なのは知っているし、誘って断られても今後の関係に影響がなさそうだったから。二つ目、うちの部署の男の人は体育会系が多く赤葦以外に誘えそうな人がいなかったから。三つ目、私が俳優目当てでプロマイドを欲しがってると知ってもからかったりしなさそうだから。以上である。完全に私的な理由でごめんね赤葦。

「じゃあごめん、あんまり面白くないかも」

恋愛映画を見ないなら、このバリバリ恋愛中心の映画は面白くないかもしれない。無理やり連れてきてさらに楽しめないともなれば申し訳なさすぎるなと思った。しかし赤葦は気にしてないような態度で微笑んで言う。

「いや、せっかく来たんだし楽しむよ」

そんな赤葦はなんというか大人だった。そしてイケメン。見た目もだけど性格もイケメン。

「お金も出してくれたし」

無理矢理誘ったということでそりゃもう映画代は私が出させていただいた。当たり前だ。むしろプロマイドを当ててくれたことを考えたら、追加でいくらか出しても良いぐらいだ。まじで感謝。
そうこう話していたら、劇場が暗くなった。画面も暗くなり、音楽が鳴り始める。来た、始まった。私は前を見て推し俳優に集中することにした。



「ひっ、うぐ…ぐす、」

「すごい泣いてる…」

映画が終わった。俳優重視で内容はそこまで興味がなかったのだが、かなり面白かった。てかめちゃくちゃ泣けた。まさか最後にあんな展開になるとは。
エンドロールが終わった後も、余韻が抜けずハンカチで目を抑えながら泣き続ける。上映中、周りからも鼻をすする音や泣く声が聞こえたから泣いているのは私だけではないんだろう。

「すっっっ…ごいよかった…」

「面白かったね」

「ほんと!?」

「うわっ」

面白い、と言ってくれる赤葦に飛びつく勢いでそう答える。赤葦が少し仰け反って、申し訳なく思って慌てて席に戻る。

「普段こういうの見ないから新鮮だった」

周りはぞろぞろと立って劇場を去っていくが、まだ泣いてる私に合わせてか赤葦は頬杖をついたまま席にいてくれた。さらに、拭いたら? とティッシュまで差し出してくれる。気遣いがすごい。

「好きな俳優? とやらも良かったね」

「本当に本当にかっこよかった」

「目がガチすぎる」

はは、と赤葦が笑う。それにしても共感してくれる赤葦が優しすぎて嬉しい。いきなりそんなに知らない女から映画に誘われて来て、ここまで優しく相手してくれることある? 素なの? めっちゃモテるじゃん。

「この後どうする?」

横にいるイケメンは長い脚を組んで私を見ながらそう聞いてくる。図に乗って、ちょっとわがままを言っても良いんだろうか。

「映画の話がしたい」

「じゃあどっかお店入ろうか」

「神様…?」

「ではないけど」

私の台詞に赤葦はフッと笑った。大人の男の笑顔である。かっこ良い。ほ、惚れてまうやろ!!



しかしこの後、

「…もう帰っていい?」

「え?」

朝も見た死んだ目で赤葦はそう言った。喫茶店で何時間も映画の話をし続けた私が悪いのか。


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