負け戦に意味はない


「国見ごめーん、おまたせ!」

「……」

マネージャーの仕事を終わらせ、あわてて国見が待ってるところへ走っていく。国見は律儀に待っててくれていたけど、私の姿を見た瞬間背を向けて歩き始めた。え、嘘。

「ごめんごめん! 怒んないで!」

追いついてそう言えば国見は立ち止まった。しかし私の方をチラッと見るだけで、すぐに歩き出す。まただ。ここ二、三日、ずっとこんなんだ。最近、国見の機嫌が悪い。

クエスチョン! 私は国見を怒らせてしまったのか?
アンサー! なにもしていない。

脳内でそんな質疑応答をしているとすぐに国見との距離が開いてしまう。歩くの速いなこいつ! 少し小走りでその背中を追った。

国見とは中学からの仲だ。私はバレー部のマネージャーで国見はプレーヤー。仲良し!ってほどでもないけど仲は良い方だと思う。今日だって、私が体育館の鍵閉め当番で帰り道が暗くなるからって理由で待っててくれてるし。特に約束してるわけじゃないけど、帰る方向が途中まで一緒だし、いつのまにかなんとなく、私が夜遅い時は国見が待っててくれるという風になっていた。ちなみに金田一も帰る方向が同じなんだけど、何故か金田一は待っててくれない。金田一とも仲は良い方だとは思うんだけどなあ…何故だ…。

話が逸れた。

「ねー国見、どしたの」

そう、私と国見は仲が良い方のはずなのに、最近は国見に話しかけても無視をされるのだ。国見は確かに愛想がない奴だけどここまで無視されたことはない。無視、ダメ、絶対。

「…」

「私なんかした? 言ってくれないとわかんない」

私と国見はクラスが別である。部活以外でそこまで絡まないし、正直この二、三日もただ国見の機嫌が悪いだけだと思っていた。でもこうやって、今みたいに二人っきりなのになにも言ってくれないとなると、この不機嫌の原因は私にあると予想できる。なにかしたっけまじで。

「…先週」

「! なに?」

国見の顔覗き込むように話しかけていたら、国見が口を開いた。ついに喋った。話すのを遮らないようにして私は続きを待つ。

「裏庭の、ゴミ捨て場にいただろ」

「あー、うん」

なんのことを指しているか、すぐにわかった。先週は確かにクラスの男子に呼ばれて裏庭にいた。休み時間によく喋る男子だった。用件がなんだったかは察してくれ。

「それがどうしたの?」

「…はあ」

「え!?」

そのあとに何か続けていうのかと思ったのに、国見はため息だけついてそのまま黙りこくってしまった。なんのため息? なんだその表情は? なんていうかすごい蔑んだ目をしてるんだけど。なに? 怖すぎ。

「なんていうか、」

「うん」

「名字って馬鹿すぎ」

「急になに!?」

蔑んだ目をしてるとか言ってたら実際に蔑まれた。なんだなんだ? 当然の悪口か? さすがに私が可哀想すぎない?
国見は私から目をそらして前を向く。最初と違って歩くのはゆっくりで、もう置いていかれることはなかった。

「馬鹿すぎてやばい」

「悪口…」

「一生彼氏とかできなさそう」

「ボロカス言うじゃん」

「…で、どうなの」

「なにが?」

いまいち文脈が読み取れなくて聞き返したら、国見がすごい眉間にしわを寄せた顔をした。目線は前を向いているけど、なんていうか私に対するオーラがすごい。

「彼氏」

「うん」

「出来たとか」

「いや出来てないけど」

即答したら一瞬時が止まった。国見の眉間のしわも消えた。は?
いや、これ、どういう問答? そりゃこないだ裏庭に呼び出されて、その、告白ってやつをされたけども、だからといって彼氏が出来るわけではない。

「…ふーん」

「えっ、はや!」

国見の足取りがまた速くなる。少し早歩きで追いかけるけども、さっきみたいに置いていかれたという気分にはならなかった。二歩分ぐらい距離が開いたところで、国見が振り返って私を見る。私もそれに合わせて立ち止まった。

「どうしたの国見」

「別に」

「?」

国見がおもむろに私に手を伸ばす。目の前にやってきたそれに反射的に体がびくっとなってしまった。

「うぐ、」

思いっきり頬を掴まれた。自分の頬の肉が前に寄せられるのを感じる。なにすんだ、と言う気持ちもあるけど何よりも驚いた。口が悪い国見だけど、国見からこうやって直接触られてなにかをされるのが初めてだった。

「いひゃい」

「はは」

私の頬をむにむにと揉みながら国見はそう笑う。見上げれば随分上機嫌な顔をしていた。え、なんで。さっきまでの不機嫌はどこいった。急にどうしたの、情緒不安定?

「ブサイク」

ひとしきり揉んで満足したのか、国見はそう言って私から手を離した。慌てて自分で自分の頬を触って確認する。結構痛かったんだけど、形変わったりしてないよね…。

「なんか国見、」

「なに」

「機嫌良くなったね」

「気のせいじゃない?」

機嫌が悪かったのはどこへやら。いつのまにか元の調子に戻った国見は、満足げな顔でしれっとそう言った。なんでこんなに楽しそうなんだ?


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