嫉妬した


うちの部活には、国見という生意気な後輩がいる。

「あ、またさぼってる」

「休憩ですよ」

プレイヤーたちが使うタオルを洗いに水道へ来たら、そこでは国見がくだけた体育座りしていた。ここは体育館の外の水道で、体育館の中からはバレー部の面々が練習をしている声が聞こえる。
国見は器用なやつで、こうやってばれないように休むのが上手い。国見はだるそうな顔をして座っていた。一人だけ休憩だなんてそんなことあるかい。

「はやく練習に戻りなよ」

「あー、そうっすね」

口ではそう言うが国見は微動だにしなかった。そんな態度に慣れている私は気にせずに水道でタオルを洗い始める。きっと他の人が注意したら国見は練習に戻るのだろうけど、私の言うことなんて絶対に聞きやしないんだこいつは。

入部当初は普通の後輩だった。一年は雑用を任されることが多く、マネージャーである私の手伝いをしてもらうことも多い。その中でも不思議と国見と話す機会が増えた。もちろん他の一年とも話すのだけど国見はなんとなく印象に残るやつなのだ。気づいたら近くにいる的な。
そしてそれから半年。親しくなるにつれて徐々に本性を表し始めた国見は、いつの間にか私に対して気を使うことなく振る舞うようになったのだ。いや、私先輩だからね?

「……明日って、晴れますかね」

「明日? 知らない」

「なんで知らないんですか」

「自分で調べなよ。何か予定あるの?」

「…特にないですけど」

なんだそりゃ。私がタオルを洗う手元を見ていた国見がぼそりと天気の話をした。かと思えば予定は特にないと言って再び沈黙する。なんだろう。話題でも振ってくれたのかな。その割にはすぐに話が終わってしまったけど。
国見はこうやって、よくわけのわからない話題の振り方をする。そして今みたいにすぐに話が終わる。別にそんな無理に話そうとしなくても良いのに。少し気まずい。

一度だけ、及川先輩に本気の相談をしたことがある。国見が生意気になりだした初期の頃だ。私はその時本当に悩まされていて、意を決して及川先輩に相談をしたのだが、笑いながら「国見ちゃんは天邪鬼なだけだよ」と言った。そんなわけあるか。国見が私に話しかける時の目を見てくれ及川先輩。めちゃくちゃ死んでるから。
そんなわけで一時期国見には悩まされていたのだけど、いや、私先輩じゃね? なんで後輩からの態度で悩まなきゃいけないの? と謎のポジティブを発動した結果今ではそんなに気にしなくなった。ポジティブと慣れって大事。

「じゃ、ちゃんと練習戻るんだよ」

タオルを全て洗い終えて私はそのまま水道を後にする。途中振り返って見れば、国見が体育館に戻ってくのが見えた。え、急に素直じゃん。



食堂で友達数人と昼ご飯を食べていたら急に「そういえば名前ってどんな人が好きなの?」と聞かれた。

「どうしたの? 急に」

「いや、だって名前って全然そう言う話しないじゃん!」

「あー! 私も気になる!」

全員の目が私の方を向く。教えて教えて!と言われ、言わないといけない雰囲気になって少し困惑した。
えー、好きな人か。そういうの興味ないんだけど。高校に入ってからは部活で手一杯で今は特に大会も近い。周りの恋バナも聞くことが主だ。自分のそういう話なんて滅多にしなかった。

「うーん、素直で明るい人かな」

とりあえず当たり障りのない感じのことを言ってみる。まあ嘘ではない。

「そうなんだー! 」

「うちのクラスで言うと誰が近い?」

「うーん誰だろ」

クラスの男子の顔を順番に思い浮かべていくが、もちろん好きな人なんていないので具体的にあげることが出来ない。素直で明るいとか結構当てはまる人いるしな。

「山田とか?」

「あー! そうだね!」

そんな感じ! 山田山田! と返せば、わかる! と言われた。山田はうちのクラスにいるサッカー部の男子で、顔がよく性格も明るく万人に好かれるような人だ。ちなみにめちゃくちゃモテる。確かにうちのクラスで素直で明るい人と言われれば彼が一番近いのかもしれない。

「やっぱかっこいいよねー!」

「隣のクラスでも結構人気高いらしいよ」

「やっぱり?」

「競争率たかそうだよね」

「そういえばあの子も山田のこと好きって言ってたくない?」

「え? 誰?」

そんな感じで話題は山田がどれだけモテるかという話に移っていった。みんなの話に適当に相槌を打ちながら私は一安心する。このまま私の好きなタイプを掘り下げられたとしても話せることなんてなにもなかったからだ。自分にはまだまだ縁遠い話のように感じられた。



「名字先輩」

その日の放課後。部活も終わり私は部室の鍵を返しに職員室へ行った。秋も深まり出して外は暗くなっている。窓の外からはわいわいと人が騒ぐ声が聞こえた。どの部活もちょうど今の時間に下校しているんだろうな。
今日は片付けに少し手間取ってしまっていつもより終わるのが遅くなってしまった。靴箱で靴を履き門へと向かうがまわりに見知った顔はいない。バレー部の人たちはもうみんな帰ったのだろう。そう思ったんだけど、

「国見じゃん」

声をかけられて振り向けば、そこには国見がいた。

「あれ? まだ帰ってないの?」

「……忘れ物とりに行ってました」

「へー」

「…」

国見はポケットから出した携帯をいじりながら黙って私の隣に来た。どしたの? と聞くが返事はない。国見の目は携帯を向いたままだ。先輩と話すときに携帯をいじるな。

「私帰るけど、国見はどっちだっけ?」

私はあっち、ととりあえず門に対して右を指差せば、俺もそっちですと返ってきた。そのまま国見が歩き出したので私もなんとなく斜め後ろを追うようにして歩く。さすがにここでじゃあ解散で! と言うほど冷たくはなかった。

「先輩って」

「ん?」

門を出てしばらく歩いたところで国見が携帯をしまった。歩きながらぼそりと呟かれて思わず聞き返す。国見は前を向いていて目線は合わなかった。

「無難なやつが好きなんですね」

「…なんの話?」

「食堂ででかい声で喋ってたじゃないですか」

その台詞で私はピンときてしまう。今日のお昼、食堂での好きなタイプの話だ。言い振りからして国見もあの時食堂にいて、私たちの話がまわりにも聞こえていたのだろう。話の内容が話の内容なので私は思わず顔が熱くなるのを感じた。あんな話部活の後輩に聞かれてたなんて。恥ずかしい。

「ごめん、そんなに声大きかった?」

「丸聞こえですよ」

「まじか…」

「で、本当なんですか」

「なにが?」

ちらっと視線が私の方に向けられた。私はちゃんと国見の方を見ながら話しているので一瞬だけ目が合う。しかしすぐに気まずそうにそらされてしまった。

「素直で明るい、とかってやつ」

「あー、うん、ほんとだよ」

私もどこか気恥ずかしくて、目が合わないよう前を見たままそう答える。まあ、うん、嘘ではないからな。

「…」

「…」

そこからしばらく国見が言葉を発することはなかった。私もこれ以上なにをいえば良いかわからないので同じように黙ってしまう。
なんとなく微妙な空気が流れる中、最寄りの駅まで来てしまった。私はここから家まで電車に乗って帰る。あれ、国見も電車通学なんだっけ? そんな話聞いたことがない気がする。でもここまで来たってことは電車通学なのか?

「国見も電車で帰るの?」

「乗りません」

「あ、そうなんだ」

「…そもそも、俺の家は反対方向です」

「え!?」

びっくりして大きな声が出てしまう。いや、だって俺もそっちですとか言ってたじゃん。逆方向とは。てかそれならなんでここまで来たの?

「なんで?」

「別になんでだっていいでしょ」

「いや、意味わかんないじゃん」

「…」

「ねえ」

真意が全く掴めない。顔を見ようにもそっぽを向かれてしまって表情すら読み取れなかった。生意気な態度もなに考えてるかわからない感じも慣れたはずなのに、さすがに今回ばかりは困惑する。

「…俺はどうせ」

駅に出入りする人たちがまわりを通り過ぎていく中、本当に小さな声で国見は言葉を発した。

「素直でも明るくもないですよ」

「え?」

とんでもないことを聞いた気がして一瞬固まってしまった。そしてすぐに言われたことを考える。その言葉のさす意味がわからないほど私は鈍感ではなかった。もしかして、国見は、私のことを。いやいやいや。…でもこのタイミングでその台詞はそれしかなくない? これは間違いないじゃん。
それでもやっぱり確かめたくて、慌てて国見の顔を覗き込めばしまったというような顔をしていた。こんな顔、初めて見た。

「………わ、忘れてください」

口をぐっと真一文字に結んで、少しだけ頬を赤く染めて国見はそう言った。いつものだるそうな雰囲気は全くなく、どこか焦ったような目をしている。つられるようにして私の頬も熱を持っていくように感じた。鼓動が少しずつ速くなる。

「いや…、無理、」

「忘れてください!」

「え」

あまり回っていない頭でついぽろっと出たのはそんな台詞で。被せるように忘れてくださいと言われて思わず国見の腕に手を伸ばそうとしたけど、それよりも早く国見は背を向けて立ち去ってしまった。私の手はなにも掴むことなく空を切る。うそ、このタイミングで置いていかれた。一人取り残された駅の前で私は以前及川先輩に言われた言葉を思い出した。国見は天邪鬼なんだよと。
恋愛は自分にとって縁のない話だと思っていたのにいつのまにかつい近くにまで来ていたのだ。去る前に見えた国見の耳は、真っ赤だった。

どうしよう、明日から、一体どういう顔で会えば良いんだろう。


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