お前のことだって気づけ


とある噂を聞いた。どうやら二口には好きな人がいるらしい。

「好きな人いるってほんと?」

「ぶっ!」

真偽を確かめようと二口にそう聞けば思いっきり噴き出された。汚い。

「きたなっ」

「げほ、…いや、急になんだよ!」

口の周りを拭きながら二口が睨んでくる。これ私が悪いの? いや悪くない。
ここは放課後の教室。私と二口は日直なので向かい合って日誌を書いていた。せっかく二人っきりだし、周りに誰もいないから好きな人の話もしやすいかと思ったんだけど、二口の様子的にそうでもなかったようだ。

「いや、二口に好きな人がいるって噂で聞いたから」

「誰だ、んな噂流したやつ」

苦々しそうな顔をして二口は舌打ちをした。二口は口は悪いが根は良いやつだ。ただこうやって時たま、ヤンキーみたいな顔をするから大人しめな女子からは結構怖がられている。話せば良いやつなんだけどなあ。

「で、いるの?」

「……気になんのかよ」

「なるなる」

ヒラヒラ手を振ってそう答えれば嘘くせぇと言われた。酷いな。本心から思ってるよ。
二口と話すようになったのは二年生になってからだが、割と仲の良い部類だと思う。少なくとも私の中では一番仲の良い男友達だし。あと純粋に二口がどういう人を好きになるか気になる。

二口はしばらく黙った後、顎に手を置いて口を開いた。何故か視線を私から逸らして。ははん、さてはこいつ照れてるな。でかい図体して可愛いな。

「…いるけど」

「うっそ!」

「嘘ってなんだ! ほんとだっつーの!」

咄嗟にそう叫べは二口も吠えて応戦してくる。だって二口が恋愛とか、聞いといてあれだけど、似合わないな!

「え、だれ!? うちのクラスの子?」

「言わねー」

「なんで! 誰にも言わないから教えてよ」

「やだ」

「えー! 教えて教えて!」

「あーもう! だから言うの嫌だったんだよ」

しばらくギャンギャンと言い合っていたが、二口が本当に言う気がないのを察して私は聞くのをやめた。誰にも言わないし教えてくれたっていいじゃん、けち。二口のけち。

「まあでも、二口なら大丈夫そうだよね」

「…なにがだよ」

ぽん、と肩に手を置いてそう言えばぎろりと睨まれた。目つき悪いところやめた方が良いよ。女子はそういうの怖がるから。

「二口って、口はともかく顔は良いから両思いになれるよ」

「口が悪いってなんだよ!おい!」

「悪いじゃん」

「つーか顔が良いって……」

意味わかんねー、と二口は言った。頭をぐしゃぐしゃとかき私から目線を外す。またちょっと照れたな二口。可愛いやつめ!
いやあ、それにしても良いなあこういうの。まさか二口と恋愛話出来る日が来るなんて。楽しい。

「……なあ」

「なに?」

「なんかアドバイスくれ」

「アドバイス?」

「どうすりゃ良く思われると思う?」

言動とか、振る舞いとか、と続けた。な、なるほど。これは私にアドバイスを求めてるってことか。良いでしょう、女友達として二口の恋路にばっちり協力してあげましょう!

「そうだねー、二口は素の言動がきついから、その子の前でだけちょっと優しく話すとか、優しくしてみたら良いんじゃない?」

「優しく?」

「ギャップにキュン的な」

「へえ」

「とにかくそう! さり気ない優しさ!」

女子ってそういうのが好きだから! と熱弁すればお前も女子だろと笑われた。せっかく人が必死になってアドバイスしてるのに笑うな。

「とりあえず、優しいのが良いんだな」

「うん」

頑張れ、という気持ちをこめて親指を立てたら二口はなんとも微妙な顔をした。なんだその表情。



「貸せよ」

英語の提出物を出しに職員室に行けば、これ、みんなに返しておいてくれとノートの束を渡された。自分で持っていけ、と思ったけど素直に受け取り教室へ戻る。三十数冊分のノートは意外と重かった。崩れないように気をつけながらゆっくりと歩いていたら、声をかけられる。二口がいた。

「あ、ありがと」

返事をするまでもなくノートの束をとられて、二口は歩き出す。私は小走りで二口に追いつきお礼を言った。

「重くない?」

「別に、誰かさんと違って運動してるし」

「ワースゴーイ」

「棒読みかよ」

とは言いつつも、運んでもらうのはありがたいので大人しく甘えることにする。
二口と恋バナ? 的な話をしてから一週間。何故か二口が私に少し優しくなった。何故だ? と最初は思ったけどすぐにわかった。
あれだこいつ、私で予行練習してやがる。いや、優しく振舞うことにどれだけ慣れてないんだよ。

「不器用だなあ」

「あ? なんの話」

「なんもないでーす」

そんな不器用なところも二口の良いところだとは思うけどね! 二口の恋が無事叶うといいな。



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