きっかけは言葉で十分だ


席替えをしてから一週間。最近宮侑があからさまだ。

「なあ名字〜」

「どしたん」

「それが聞いてえや」

なんと、こいつ、滅茶苦茶話しかけに来るのだ。
朝登校すれば私のところまで来て喋り、休み時間になれば私のところまで来て喋り昼休みになれば私のところまで来て喋り…。どんだけ来んねん。よく話題付きへんな。
宮侑のトークスキルは最強なので、話してて楽しいのは楽しいのだがこんなにも来られると正直言ってビビる。しかも私が男子と話していると絶対にやって来る。いや、分かりやすすぎん? あからさますぎん?

話している内容に変なものは無い。席が近いときと同じようなたわいのない話だ。そして、毎回毎回どこにそんな話題の引き出しがあんねんと思うぐらいに違う話を展開してくる。しかも全部の話が面白い。こいつほんま無敵やん。バレーじゃなくても話術で食っていけるやん。

「でな、そこで北さんに怒られてん」

「あほやん」

今回は部活であほなことをして先輩に怒られたという話だった。その話を聞いて私は耐えきれずに笑ってしまう。よくもまあ、こんなに面白い話ばかり出来るもんだ。
宮侑と付き合うとかそんなことはまだ全く考えられない。けどこうやって話しかけてくれて嬉しいと思う気持ちがあるのは確かだった。



「明日から夏休みやけど羽目外しすぎんようにな」

気いつけるんやで、と言う担任の言葉で終業式のホームルームは締めくくられた。とたんに騒がしくなる教室。そう、明日から夏休みだ。
帰る準備をしながら夏休みの予定を笑顔で話すクラスメイトたち。やっと夏休みか、なんて考えてたら宮侑がこっちに来た。もはや恒例行事。慣れたもんだ。

「なあなあ、夏休みに大会あんねんけど見に来やん?」

「大会? バレーの?」

「そー」

うちのバレー部は強豪なので大会を見に行く生徒はかなり多い。けど私は一回も行ったことがない。だって人多いししかも夏って暑いし。去年までの私なら見に行こうなんて絶対に思わなかっただろう。でも、今は違う。宮侑という友達がいる。宮侑のバレーしてる姿見てみたい。

「あーどうしよう。行こかな」

「来てや」

「ありやな」

「名字来てくれたら試合中でもすぐ見つけたるで」

「…まじ?」

宮侑が急にそんなこと言うもんだから思わずキュンとしてしまった。イケメンかよ。いやイケメンだった。柄にもなくキュンとしてしまったから自分でも少し動揺する。私宮侑のこと好きなんじゃね? いやいや、こいつは顔が良いからその影響が考えられる。イケメンだからな。

「まあ嘘やけどな!」

「嘘かい!」

なんてな! と笑顔で言う宮侑に対して思わずずっこけそうになる。いやどういう嘘? からかわれた? 無駄にときめいてしまった感。

「…でも」

「なんや?」

かと思えば笑顔から一転して宮侑は真面目な顔になった。口を少しぎゅっと結んで私のことをじっと見てくる。雰囲気が急に変わった。

「来てくれたら、ほんまに嬉しいし」

「え、」

「俺のこと見に来て欲しい」

小さい声、私にだけ聞こえるような声で確かに宮侑はそう言った。言われたことが一瞬理解できなくて私は思わず固まってしまう。

「…」

「…」

そのままお互い沈黙してしまった。周りが楽しそうに話す声がやたらはっきり聞こえる。
こ、これに対してなんて返せば良いんだろう…。私も見に行きたいねん! 宮侑見たいねん! 的な感じ? いやそれはもう宮侑のこと好きな人やん。なにこのまんざらでもない感じ。頭の中をぐるぐると思考が回っていく。
宮侑は私のことをじっと見ていたが、気まずそうに目線を少しだけそらした。そしてわざとらしく時計を見て、あ!と叫ぶ。

「と、とりあえず部活行ってくるわまた大会でな名字が来てくれるの楽しみにしてるわ!!」

まくしたてるようにそう言って宮侑は鞄を持ち教室を走って出て行ってしまった。
…なんだこの言い逃げされた気持ちは。いや、大会見に行くのは良いんだけど。それは楽しそうだから良いんだけど。

宮侑が去った後、私はしばらく自分の机の前から動けなかった。さっきまでの宮侑との会話を思い出して、遅れて心臓が大きな音をたてはじめる。宮侑が私のことを好き、というのは頭の中にちゃんとあったけど、今まで宮侑がそんな態度を出してこなかったからあまり意識してなかった。でも、これはさすがに。

顔が熱くなるのを感じると同時に少しの苛立ちも覚えはじめる。ドキドキさせられたまま放置されたことに対してだ。自分でも理不尽なのはわかってるけど、これはちゃんとはっきりさせないと、このまま夏休みは迎えられない。

…よし!



「治!!!!」

バン!と大きな音を立てて更衣室の扉が開かれた。目を向けなくても声の大きさとテンションでわかる。侑だ。名字さんが絡んだ時の侑だ。
てかいきなり俺名指しってなに。たまたま俺と後輩たちしか更衣室におらんから良かったものの先輩おったらどうするねん。特に北さんとかおったら怒られてんでお前。

「今度はなんやねん…」

そう言いながら侑の方を見て驚いた。侑の顔は真っ赤だったからだ。気持ち悪い顔をしたり死んだ顔をしているのはよく見るけど、こんなにわかりやすく真っ赤になってるのは見たことないからだ。

「どうしよう、俺、やってもうたかもしらん…」

後輩が気を使って更衣室をそそくさと出始めた。なんて出来る後輩なんだろう。そんな後輩と入れ替わるように侑は口をもごもごさせながら俺の方にやってきた。自分と似た顔の人間が照れているのを見るのはなんとも言えない気持ちになる。
とりあえず簡潔に、なにが起きたかを聞いた。

「お前それ、」

「…」

「もはや告白してるやん」

「やめて!!でかい声で言わんどいて!!!!」

「どう考えてもお前の方が声でかいやろ」

キャー!と叫ぶ侑が気持ち悪すぎて驚く。てかなにこいつ、俺の気持ちは隠すんやとか言っときながらがっつり言ってもうてるやんけ。しかも逃げてくるとか、なんやそれ。

「せめて名字さんになんか言われるまで教室おられへんかったんか」

「だって行きたくないとか言われたら怖いやん…」

「女子か」


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