優しさは誰のため


時間が経つのは早く、あっという間に5月。私はもうだいぶとマネージャー業にも慣れていた。

最初は、うおおお女子じゃああああと泣きながら叫ぶ岡村主将に死ぬほどビビったり、見た目金髪ヤンキーな福井先輩に死ぬほどビビったり、目つきが鋭くアルアル言う劉先輩に死ぬほどビビったりしたが、今では全員優しい先輩として見ている。
このバスケ部は、部活自体初心者な私にもみんなが優しい。ここには神しかいない。

部活が終わり食堂でご飯を食べ終え、私はノート類を抱えて紫原の部屋へと向かった。陽泉の寮は消灯時間までなら男女の移動が自由だ。

「紫原ー、入っていー?」

「んー。」

両手が塞がっているので足でノックをすると、紫原は気だるそうにドアを開けた。

ここは紫原の部屋だ。私が紫原の部屋を訪れるのには理由がある。
マネージャーになったのはいいがルールがわからずちんぷんかんぷんな私に、紫原が「無知とか迷惑すぎ、仕方ねーから教えてあげる」と言ったのだ。それ以来、ほぼ毎日教えてもらっている。
おかげでほとんどバスケのルールは覚えた。ただ、紫原曰く私のバスケの知識はまだまだらしいので、もう少し紫原の部屋に通う日々が続くだろう。

「なんでここで福井先輩はこっち行ってたの?」

「そんなこともわかんねーの。…ほら、ここはこうボールが来る方がいいに決まってんじゃん。」

「おー、なるほど。書いとこ。」

ノートに書き込みながら、今日行われた紅白試合について説明してもらう。紫原は口調こそ乱暴だが教え方は上手いのだ。頭いいしね。

「じゃあ次、物理教えて。」

「めんどくさー。」

バスケの説明も終わり、次は物理のノートを広げる。

入学式の次の日に行われたオリエンテーションで理科の選択があった。そこで私は生物を選択するつもりだったのだが、紫原に物理をとれと言われた。計算ムズそうだし嫌、と言えば「計算ぐらい俺が教えたら馬鹿でも出来るし」と返ってきたので私は物理を選択したのである。
と、言うわけで私はいつもバスケのルールと一緒に物理も教えてもらっている。

紫原はおそらく、人になにかを教えたいんだと思う。その証拠に、私に説明する時の紫原の顔はめんどくさいと言いつつも楽しそうだ。
末っ子って言ってたし、今まで甘やかされた分たまには誰かを世話したくなるんだろう。

「ここにはこの公式。」

「お!すごい解けた。」

「当たり前じゃん。」

紫原は得意げな顔をする。かわいい。
うん、ここは大人しく世話をされておこう。


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