「あー、だから室ちん最近あんなピリピリしてんの。」 ここは寮の食堂。陽泉高校には寮があり、大半の生徒は寮で共同生活をしている。 マネージャー業務の関係でいつもより遅めに夜ご飯を食べに来た私は、一人でご飯を食べる紫原を見つけた。紫原は食べるのが人より遅いので、大方レギュラー陣で食べに来たがみんな先に帰ったのだろう。いつものパターンだ。 私はそんな紫原の向かいの席に腰をおろし、雑談の一環として氷室へのくすぐりの話題を出した。 紫原の言う通り、最近氷室は少しピリピリしている。主に呼び出しに対して過剰反応してしまうようだ。 今日の部活の後に岡村主将が部活の用事で呼び出そうとしていたが、警戒心丸出しの氷室に思いっきり威嚇されていた。岡村主将は涙目になっていた。可哀想に。 「もっかいぐらい仕掛けたいんだけど、今の氷室、隙なくて無理そうなんだよねー。だから紫原に協力してほしいんだけど、」 「えーやだよ。室ちんキレたらこえーし。」 「いけるいける。氷室、紫原に超甘いじゃん。」 「てか、めんどー。」 「まいう棒30本。」 「なにしたらいいの?」 紫原はあっさりと態度を変える。単純な奴め。その単純さ、嫌いじゃないぞ。 こうして私と紫原は、第三弾氷室くすぐり攻撃に向けて手を組んだのである。 「俺、風呂入ってくるから、あとは適当にやっといてー。」 じゃあねー、と紫原は部屋を出ていった。 ここは紫原の部屋。陽泉の寮は割と自由で、消灯時間の11時までなら男女の部屋の移動に制限がない。それを利用して、今回私はここで氷室を待ち伏せすることにした。 先程紫原に「室ちんゲームしよ〜」とメールで氷室を呼び出してもらった。2人は仲が良く、しょっちゅう紫原の部屋でゲームをしているらしいのでさすがの氷室もこれには警戒しないだろう。 ちなみに、前回のように紫原に氷室を取り押さえてもらおうかとも思ったが、それだと氷室は本気で紫原を殴る気がしたのでやめた。氷室による暴力事件を防ぐために紫原には退室してもらったのだ。 まず、氷室が扉を開け部屋に入ってくる。私は後ろ手で扉を閉めつつ氷室を襲撃する。氷室は爆笑する。 よし、イメージトレーニングは完璧だ。今回こそ声をあげて笑う氷室を見てやる。 「アツシ、俺だよ。」 ノックの音がしてドアが開いた。来た、よし、行こう。勝負は短期決戦だ。 私は部屋に入る氷室の姿を確認して、勢い良く飛びついた。 が、 「え、」 「…つかまえた。」 飛びつこうとしたがかわされる。そのまま氷室は私の両手首を掴み、笑みを浮かべてそう言った。そして扉が閉められる。 「…は?」 「さっき、そこでアツシに会ったんだ。」 「げ、」 「態度が変だったから、どうしたのか聞いてみたんだけど教えてくれなくてね。だからまいう棒50本あげるよって言ったら、あっさり教えてくれて、」 全部聞いちゃったんだよね、作戦。そう氷室は続けた。 てか、…は?え、紫原、ちょ、は?あいつ、…お菓子貰えるからって裏切ったのか!! 「ぶっ潰す!!!」 「どこに行くんだい?」 「紫原のとこ!!!」 だから離して!と腕を引っ張って主張するが氷室は一向に離す気配を見せなかった。氷室は相変わらずの笑顔を顔に張り付けたままで、嫌な予感がする。 「You can only go so far.」 「…?」 「訳すと“仏の顔も三度まで”。確か、これで3回目だったよね。」 ぞわり。背筋が凍った。氷室はいつも以上に綺麗な笑顔を浮かべている。 あっ、これあかんやつや。 「とりあえず、…俺の部屋行こうか?」 さよならみんな、私の命はどうやらここまでみたいです。 ← → 戻る |