笑顔の裏を暴きたい


氷室辰也という男がいる。

氷室はちょうど先週、隣のクラスに転校してきた。顔がよく頭がよく運動神経がよくそのうえ帰国子女な氷室はとにかくモテる。そしてモテるのを自覚しているのかどうかはわからないが、氷室はその顔や雰囲気にピッタリ合わせて王子みたいに笑うのだ。まるで漫画の世界からそのまま出てきたかのように。
その笑顔を、同じ部活のマネージャーとして何度か近くで見た私は、あることを思った。

氷室が爆笑する姿を見てみたい、と。

陽泉1の悪戯好き(自称)と名高い私は、氷室にくすぐり攻撃を仕掛けてみようと思い立った。くすぐればさすがにあのイケメンも声をあげて笑うだろう。
氷室は怒るとめちゃくちゃ怖いという噂があるが、そんなものは気にしない。怒られてもただの触れ合いということにすればいいだろう。マネージャーが新入部員と交流して何が悪いのだ。そうだ怖いもの知らずとは私のことだ。

大体こんな内容を劉に話せば、心底どうでもいいという顔をされた。

「くだらなすぎアル。」

「えー、劉だって氷室が爆笑してるとこみたくない?」

「……それはちょっと見てみたい。」

こうして協力者を得た私は作戦を練った。
作戦と言っても単純なもので、劉が氷室に話しかけている時に私が氷室を後ろから襲撃するというものだ。周りに人が居たらあのイケメンは爆笑しないと思い、空き教室で実行することにする。

「どうしたんだい、劉。こんなところに呼び出して。」

「ゴリラから伝言があるアル。」

標的確認。
氷室は劉の呼び出しに応じて空き教室にやって来た。教室の中心あたりに立つ劉と、氷室からは死角で見えない位置に隠れている私。氷室は私の存在には気づかず劉のもとへと向かって歩いていく。ここまでは作戦通りだ。

「普通に教室で言ってくれたらよかったのに。」

「あまり人に聞かれたくない話ね。」

「え…、」

よしよし。劉は私と打ち合わせした通り、少し意味深な話し方をして氷室の注意を惹きつける。なかなか上手いじゃん劉。
私は足音が聞こえないようにゆっくりと氷室の背後へと近づいた。目標は氷室のわき腹だ。焦らず慎重に歩みを進めて、そして標的に手が届く距離になる。よし、今だ!

「氷室覚悟!」

必殺わき腹アタック!これだけで小学生は大盛り上がりするのだ!あと私も!

突然の大声に驚いた氷室はこちらを振りむき、何かを言おうとしていた。しかし私はそれよりも早く、狙っていたわき腹を思いっきり掴む。その瞬間氷室は大きく竦んだ。隙ありと言わんばかりに私はそのまま思いっきりくすぐる。うなれ私の指!

「は、っ? …ちょ、ふ、くくっ…、やめ、」

わしゃわしゃわしゃと指をすべらせてくすぐるが、氷室は声を殺したように笑うだけで一向に爆笑しない。そうこうしているうちに氷室は私の両手首を捕まえて、勢い良く引きはがした。

「…あー。」

「下手くそアル。」

「……これはどういうことかな?」

がっかりした顔をする劉と笑顔を顔に浮かべる氷室。しかし氷室の額にはうっすら青筋が浮かんでいた。おお、キレやすいとの噂は本当みたいだ。爆笑は見られなかったがいつもとは違う種類の笑顔が見れた。
ていうかそんなこと言っている場合ではない。今の氷室の機嫌は最悪だ。このままだと殴られかねないので、私は言いわ…、弁明をする。

「いやあ…、ごめんごめん。あー、えっと、氷室が爆笑してるの見たくてさ、」

「……は?」

「氷室っていつも綺麗に笑うじゃん。だから触れ合いの意味もこめて、…ね?」

「触れ合いね…。」

氷室の額からはもう青筋が消えていた。どうやら怒りは消えたようだ。弁明成功よかったよかった。

「名字、今回は失敗アルな。」

「そうだね、次は頑張ろう。」

「次?」

氷室が発した疑問の声は、劉も私もスルーした。


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