捕食されたこころ


これは大変なことになった、と思った。

「あー、…どうしよ」

『おい! 青峰!』

頭をボリボリとかき呆然としている青峰。横で諏佐が青峰に叫ぶが、その声は青峰には届かない。そりゃそうや。こいつ、人間になってもうたんやから。

青峰は、いや青峰とワシと諏佐は全員妖怪だ。妖怪なんてもうおらんとか人間たちは思ってるみたいやけど、そんなことはない。わざわざ街まで降りて人間のところに行くやつが少なくなっただけや。昔みたいに人間を脅かしたりいたずらするのは雑魚がすることで、ワシらみたいなまあまあ力のあるやつは普通に山で暮らしている。人間に関わっても得なんかせえへんしな。

諏佐は鬼神、ワシは鵺、青峰は鎌鼬で、その辺におる妖怪よりも何倍も強い自信を持ってる。特に青峰は別格や。こいつより強いやつは正直この世におらんと思う。真面目にしてたら妖怪たちを率いる存在になれるはずやのに、こいつは毎日毎日ゴロゴロと過ごしてて、たまにどっかいったかと思うと、強いと噂の妖怪をボコボコにしてつまらなさそうな顔をして帰ってくる。

それがあかんかったみたいや。

そんなことばっかしてるから青峰は色んなやつらから恨みを買っていて。今回はその中でもまあまあ力のあるやつがかなりめんどくさいことをしてくれた。そう、人間になる呪いをかけられた。

さらに厄介なことに、人間になった青峰はワシ達の姿も声も認識できへんくなった。最悪や。呪いにかけられて街に飛ばされたこいつを見つけたは良いけど、意思の疎通が出来んからどうしようもない。

青峰が人間にさせられた理由として考えられることは一つだ。青峰が人間になったところを襲いかかって殺そうとしたんやろう。でも、今こいつがピンピンしているあたりその作戦は失敗やったようだ。
つまり、人間になってもこいつがそこらの妖怪には負けることはないってことや。青峰には半端ないオーラがある。人間の中には取り憑くことが出来へんぐらい強いオーラを持つやつがいて、青峰もその部類の人間になったようやな。さすが青峰としかいいようがない。けど、

「とりあえず山に戻るか」

『あ、ちょい、どこいくねん!』

そこは一安心としても、このままの状態やと非常にまずい。ワシと諏佐で頑張って元に戻る方法を調べたとしても肝心の青峰本人に伝える方法がない。どうしよ、手詰まりやん。ほんまどうしよ。



なんだあれ。

『青峰! おい!』

『返事しろ!』

大学からの帰り道。とんでもないものを見てしまった。道の端に背の高い色黒の人がいて、その近くに眼鏡をかけていて蛇が尾として生えている人と刀を持ちツノが生えている人がいる。正確には後者二人は人ではないだろう。うわあ、分かってしまった。

私は昔から霊や妖怪が見える体質だ。あの二人は見た目から判断するにおそらく妖怪だろう。妖怪には詳しくないけど、格好的に眼鏡の人は動物系でツノが生えている人は鬼かなにかかな。

霊や妖怪の中には、人間が自分たちの姿を認識しているかどうかを確認するために、ああやって人間に話しかけるものがいる。人間からの反応があれば見える人間であり、見える人間だとわかれば取り憑いたり悪戯したり、最悪殺したりするのだ。厄介なやつらだ。だからああいう風に妖怪が人間に話しかけている光景は結構見かけるし、私も何回かされたことがある。そんな時に一番良い方法は無視だ。無視すれば認識出来ない人間と見なされて特に何もされない。

『聞こえてへんのかお前!』

「…あーだりー」

あの色黒の人の反応を見るに、あの人は周りの妖怪二人が見えていないんだろう。絡まれて大変そうだけど、あの様子なら多分なにもされない。
とか考えてると、眼鏡の方と目が合った。あ、やば。

「……」

こんな時はあえて目をそらさない。目を逸らしたら、私が彼らのことを見えているのがバレるからだ。あくまでも空を見てるだけですよ、というようにそのまま眼鏡の方を見続ける。今までも目が合う度にこうやって切り抜けてきた。だが、

『あんた、ワシら見えてるやろ』

なんでばれた。

『そうなのか』

その言葉に反応して鬼がこちらに近づいてくる。私は動けなかった。駄目だ、やらかした。殺される。呼吸と鼓動が早くなり始めた。妖怪に見えていることが知られるとろくなことが無い。鬼が私の目の前にまでやってきて、口を開いた。

『あの男に伝えて欲しいことがある』

「…え、」

私じゃなくて、あの人? そんなにあの色黒の人に執着があるのか。恨みでもあるのか。
この頼みを聞くのは得策じゃない。なんとかして、この場を切り抜ける方法はないだろうか。

『あいつな、元々妖怪やねん』

眼鏡の方も近づいてきてそう言った。…元々妖怪? 改めて色黒の人の方を見るけどどうみてもただの人間だった。霊感がある身として、さすがに霊や妖怪と人間の違いは分かる。この妖怪達は一体何を言っているのだろうか、私が騙されるとでも思っているのだろうか。

『俺たちを警戒するのは分かる』

「……」

『あいつに、ここに諏佐と今吉がおる、ってそれだけ伝えてくれへんか』

『頼む。お前に害は与えない、約束する』

鬼と眼鏡がそう頼んでくる。その表情は真剣で嘘はついていないように見えた。もしかしたら嘘が上手な妖怪なのかもしれないけど。でも、害は与えないと言ってるし、逆にここで断る方が危ないんじゃないか。

「……わかりました」

この人たちが悪い妖怪だとしたら、色黒の人本当にごめんなさい。でもここで断って殺される方が怖い。自分の安全を一番に考えてしまってごめんなさい。

「すいません、」

「…あ? 誰だよ」

色黒の人へ近づき恐る恐る声をかける。すごいドスの効いた声で言われて睨まれた。…こ、怖すぎる。泣きそうだ。

それでも私は、自分の命のために伝言を伝えないといけない。頑張れ私、頑張れ私。

「諏佐と今吉が今ここにいるって伝えて欲しい、って頼まれて…」

そう言って二人がいる方を指さす。色黒の人は私の指さした方を見て首を傾げた。いやそうだよね。この人から見たら誰もいないように見えるもんね。これって、私がとんでもない嘘つきに思われるんじゃないか。だけど、

「なんも見えねえけど、あいつらそこにいんのか」

色黒の人からの返事は予想外のものだった。そんなすんなり納得しちゃう? 本当にこの人たち知り合いなの?

『とりあえずワシの言うこと聞くように言ってくれんか?』

「ひ、」

いつの間にか眼鏡の方が私の真後ろに来ていた。待って、全く気配感じなかったんだけど。思わず悲鳴が出た。

『ちなみにワシが、今吉な』

目が合うとニヤッと笑って今吉さん? はそう言った。この人の笑顔、なんか怖い…。

「い、今吉さんが言うことを聞いてくれって言ってます……」

恐怖で声が小さくなるが、言われた通りのことを伝える。

「わーったよ」

色黒の人はなにも疑わずに返事をした。ねえ、なんで普通に受け答え出来るの? 普通、こんな知らない人から見えない人がこう言ってるなんて伝えられるたら意味わかんねってならない? まさか、まさか本当に、

「あの、あなた元々妖怪って聞いたんですけど……」

「そうだけど」

めちゃくちゃ失礼な質問かも、と思いながらそう伝えたけど色黒の人はあくまでも普通のテンションでそう答えた。え、うそ、本当なの。

『だから言ったやろ』

今吉さんがそう言う。最悪だ、関わるべきじゃなかった。妖怪と妖怪と、元妖怪になんて。

「な、なんで人間に、」

震える声でそう尋ねる。もし、人間を食べるためとか人間を襲うためとか言われたらどうしよう。周りを見たけど誰もいない。つまり助けを求めることは出来ない。…終わった。

「知らねーよ、気づいたらこうなってた」

「へ、へえ……」

「つーか、今吉と諏佐はなんつってんだ」

『お前が喧嘩売ってた奴らに恨まれてそうなった、って青峰に言ってくれ』

眼鏡の方が今吉さんなら鬼の方が諏佐さんなんだろう。てことはこの色黒の人が青峰さんか。諏佐さんが言ったままのことを青峰さんに伝えたら青峰さんは、うぜー、とだけ答えた。……少なくても人を食べるためとか襲うために人間になったわけではないようだ。それにしても恨みって。よくわからないけど妖怪にも色々あるんだな。

「俺はどうすりゃいいんだよ」

『とりあえずワシらが元に戻る方法探すから、しばらく待っとけ』

「お、お二人が元に戻る方法を探すからしばらく待っていてほしいそうです」

「じゃあ山で待っとくわ」

『それじゃあ俺たちと意思疎通が出来ないだろ』

『そうや、元に戻れるまでこの女と一緒におれや』

「えっ!」

とんでもないことを言われた。

『なんや、断るんか』

睨みながらそう言われて背筋が凍る。

「おい、なんて言ってんだよ」

「いや、その、」

妖怪二人も怖いし青峰さんの目も怖い。

「……山にいるとお二人と意思疎通が出来ないから、それまで私と一緒にいろと、」

「あ? めんどくせーな」

めんどくさいとかそういう次元の話なんだろうか。ずっと一緒に居るってなんだ。取り憑くことかと思ったけど、青峰さんは今は人間だ。

「あの、私はどうすれば」

『お前の住処に青峰を置いといてくれ』

「えっ!?」

無理だ。こんな元妖怪を家におくだなんて出来るわけがない。今、私は一人暮らしだ。なのに男の人を家に置いておく? 危険すぎる、命が危ない。

『逆らえると思ってるのか』

ただ、断れるわけがなかった。

「とりあえず私の住処に青峰さんがいてほしいそうです…」

「はあ?」

「ごめんなさい…」

『そんな怖がらんでも大丈夫やで。青峰に、家おる間余計なことしたりお前になんかしたらワシが×××するからって伝えてや』

「ええ……」

今吉さんが笑顔でとんでもないことを言った。諏佐さんを見るとさっきまでの脅しの台詞から一転、ドン引きした表情をしている。なにこれ、このまま伝えて良いの?

『だから大人しくするようにとも言ってくれんか?』

楽しそうな声でそういう今吉さんに逆らえるはずもなく。私はありのままを青峰さんに伝える。そしたら青峰さんは真っ青になった。これ、絶対に言ったら駄目だと思う。

『返事は?』

「返事は? だそうです」

「……おう」

『これで大丈夫や』

本当に大丈夫なのかと思ったけど、青ざめている青峰さんを見る限り信じるしかなさそうだ。何回も言うけど、私に断るという選択肢はない。殺されないことを祈って、青峰さんが戻れるまで家に置いておく、それだけだ。…これ元に戻ったあと殺されるとかないよね? ありそうで怖い。

今日は厄日だ。そして命日も近いかもしれない。



「ここです、どうぞ」

「……」

ここは私の部屋。実家から大学が遠いので一人暮らしをしているが、男の人を入れるのは初めてだ。
無言で入る青峰さんの後ろに今吉さんと諏訪さんも続いて入る。そこそこ広い部屋だと思っているけど、さすがに男の人が三人入るといつもより狭く感じた。

諏訪さんは部屋を見渡してから口を開いた。

『この辺りはあまり邪気がないな』

私は霊や妖怪が見える体質なので、部屋を決める時にあまりそういうものがいない場所を選んで部屋を決めた。この辺りは人通りが多いけど霊や妖怪はほとんど見た事がない。

『ここなら青峰がいても大丈夫そうだな』

『せやな、あとは頼むわ』

「は、はい」

『とりあえず元に戻る方法を探してくる』

『何回か様子見に来るからちゃんと大人しくとくんやで、青峰』

「元に戻る方法を探してくるのと、何回か様子を見に来るそうです」

「あー? はいはい」

私が青峰さんに伝えるのを確認すると、二人は目の前から消えてしまった。部屋には私と青峰さんの二人っきり。……気まずい。

それにしても、青峰さんを改めて見てみると身長や体格が普通の男の人よりもかなり良い。顔も怖いけど美形だし、もし青峰さんが妖怪じゃなくて人間だったら、すごいモテそうだ。元妖怪とはいえこんな立派な男の人を泊めるとか親が知ったら驚くだろうな。親どころか誰にも言えないけど。

「なんだよ」

「い、いえ、すいません」

ジロジロと見すぎたようだ。あわてて頭を下げて謝る。失礼のないようにしないと、こっちは命がかかってるんだ。気を引き締めていこう。

「まあ、俺寝とくから好きにしろや」

「あ、はい」

「言っとくけどお前に興味ねえから」

「はい」

青峰さんはそう言って私のベットに寝転がった。ギシリとベットが大きく音を立てる。青峰さんは身長が高いから長さが合うかと不安になったが、どうやら長さは足りそうだ。だいぶギリギリだけど。大きめのベットを買っていて良かった。ありがとう過去の自分。
そして、泊めている間はベットは青峰さんのものになりそうだ。もちろん文句なんて言えるはずもない。私は大人しく床に布団でもひこう。押し入れに予備用があったはず。

「あの、ご飯ってどうするんですか?」

そのまま眠ろうとする青峰さんに慌てて声をかけた。起こされた青峰さんは不機嫌な顔をしたが、こればかりは仕方ない。確認しておかないと、ご飯がいるのに用意しておかなかった時が怖いのだ。しかも元妖怪で今人間とか何を食べるのか分からないし。

「そーいえば腹減ったな。妖怪見えねえし何食えば良いんだ」

普段妖怪を食べてるんですか? そう聞きそうになったけど口を閉じた。妖怪を食べる妖怪とか聞いたことも見たことも無い。この人もしかして、特別な妖怪なんじゃ…? と思ったけどその事を知って良いのか悪いのかが分からないので大人しく黙っておくことにした。深入りは良くない。

「今は人間の体だから、人間のご飯ですかね?」

「あー、じゃあ試しになんかくれ」

体を起こして、青峰さんはベットの上で胡座をくむ。淡いピンクのベットカバーと青峰さんは酷く不釣り合いに見えた。

試しになにか、と言われて私は冷蔵庫の中身を思い出す。確か昨日の夜ご飯の残りがあるはずだ。昨日はハンバーグだったのだが、作りすぎたので今日の夜も食べようと思っていた。
冷蔵庫からハンバーグを取り出し、電子レンジで温めて皿に盛る。料理は得意な方だし、不味いとかはないはずだ。…多分。口に合わなくて機嫌を損ねたらどうしよう。緊張する。

「…とりあえず、どうぞ」

「おー」

箸と飲み物を添えて青峰さんの前に机を持っていき置く。青峰さんは箸でハンバーグを一刺しして一口で全部食べた。心臓がドキドキと鳴っている。どうかお口に合いますように。

「……うめえ」

「良かった!」

「もうねえのか」

思わず大きな声が出た。気に入ってくれたみたいだ。美味しいって言ってくれるなんて嬉しい。青峰さんは上機嫌そうに見えた。よかった、気に入ってくれて。

「今から作りますね」

自分の作ったご飯で喜んでくれるなら作りがいがある。



青峰さんたちと出会ってから三日が経った。

青峰さんがうちに泊まることになった初日。夜とか特に怖かったけども、なにもなく青峰さんはずっとゴロゴロしていた。ベットの上で目を閉じてたまに寝息も聞こえた。好奇心に負けて一度だけその寝顔をこっそり見てみたのだが、やっぱり綺麗な顔をしているなと思った。バレたら怖いのでそれから一回もそんなことはしていないけど。

青峰さんは、体格が良いのも関係しているのかもしれないけどとにかくよく食べる。本当によく食べる。幸い、私の作る食事は青峰さんの舌に合うらしく、何を作ってもうまいと言って食べてくれた。本当に良かった。青峰さんが怖いとは言え褒められるのは嬉しい。

二日目の朝、諏佐さんが様子を見に来た。青峰さんは爆睡していて、それを見て諏佐さんは苦笑していた。私が恐る恐る、日中に学校に行きたいのですが、と伝えたところ構わないと言う返事がもらえた。欠席に厳しい授業もあったけどこれでとりあえず安心だ。このまま上手く行ったとしても単位を落としたらシャレにならない。もちろんまずは生きることが優先だけれども。

青峰さんは、私が学校に行っている間もベットでゴロゴロしていたみたいだ。夜に今吉さんが様子を見に来たけど、今吉さんいわく青峰さんがこうやってずっと寝ているのはいつものことらしい。
あと、青峰さんがご飯を美味しそうに食べるのを見て今吉さんが爆笑していた。何がそんなにツボだったんだろう。

三日目、つまり今日の朝。さすがにずっと寝ているだけなのもな、と思いテレビの見方を教えた。そして夕方、大学から帰ってきたら青峰さんはテレビに食いついていた。気に入ったらしく昼間はずっとテレビを見ていたそうだ。面白かったのなら良かった。子供のようにテレビを見ている青峰さんのことを少し可愛いなと思ってしまったけど絶対に本人には言えない。

今日の夜ご飯はカレーだ。青峰さんとテレビを見ながら食べていたのだが。

「うわああああああ!!!」

そんな叫び声が聞こえて、ドタンバタンと何かが階段から落ちる音が聞こえた。何事だ。慌てて外に出てみる。すると、

「すいません! すいません!!」

『別になんもせえへんがな』

『うるさいなこいつ』

階段の下でうずくまっている人の隣に今吉さんと諏佐さんがいた。

「どうしたんですか…?」

『どうもこうも、俺たちを見たこいつが階段から落ちてきたんだよ』

『驚かしたりしてへんのになあ』

私の部屋は一階だ。私の部屋に入ろうとした二人を見たこの人が、何故か二階から落ちてきたんだろう。なんで?

「あの、大丈夫ですか。……って桜井くん?」

「すいません! あ、」

階段から落ちたなら怪我が心配だ。そう思い謝り続けている人の顔を見ればなんと見知った顔だった。同じ学科の桜井くんだ。そういえば桜井くん、同じアパートの二階に住んでいたっけな。まさか桜井くんも見える人だったとは思わなかった。

「あの、逃げてください!」

「いや、この人たち知り合い…」

「……へ?」

『うるさいから黙らせろやそいつ』

今吉さんが急に怖すぎる件。それにしても桜井くん、真っ青だ。見た感じ大きな怪我はしていないようだけど、本当に大丈夫だろうか。

まあ顔色が悪いのはわかるよ。怖いよね、この人たち。私、今、殺されるかもっていう状況に三日前からなってるの。怖いよね、わかる。

「んだよ、うるせーな」

そうこうしていると、青峰さんが私の部屋から出てきた。すると桜井くんの顔色がさらに悪くなり、そのまま気を失ってしまった。え…?



「すいません! 迷惑をかけて本当にすいません!」

そのまま放置する訳にはいかないということになり、諏佐さんの指示で桜井くんを私の家に入れた。私の部屋に男の人が四人入ると普通に狭い。

そして桜井くんが目を覚まして分かったこと。桜井くんが私よりさらに詳しく見える人だった。

詳しく見えるというのは、その霊や妖怪の強さもオーラ的なものでわかるということらしい。諏佐さんは桜井くんがそうではないかと思って家に入れるように指示したそうだ。なんでも青峰さんがもしもほかの妖怪から攻撃されそうな時、桜井くんが気づくことが出来るからとかなんとか。レーダー的な感じかな。

桜井くんに話を聞いていくと、今吉さんとか諏佐さん、青峰さんぐらい力が強い妖怪は初めて見たそうだ。特に青峰さんは段違いに強いらしい。一緒にいてあまり感じなかったけど実際そうなのだろうか。どうりで桜井くん、あんなに顔色が悪かったわけだ。

『俺たち普段街に降りないしな』

『まあ強くてもワシは優しい妖怪やわ』

いや、さっきめっちゃ怖い顔してましたよ。と思ったがもちろん本人には言わない。だって死にたくない。
そんな桜井くんに、私は今までの状況を説明した。これは今吉さんの指示だ。私以外にも青峰さんとの意思疎通をはかれる人を用意しておきたいそうだ。

「そんなことが…」

『だからお前にも、青峰に俺たちの言うことを伝えてもらうことになる』

「わ、わかりました」

「なあ、腹減ったんだけど」

『自由か』

今吉さんがそう突っ込むが青峰さんにはもちろん聞こえていない。てか青峰さん、さっき山盛りカレーを食べたでしょう…。皿を見れば綺麗に空になっていて、食べ切ったことがわかる。なんか作ってくれ、と催促する青峰さんはご飯を待つ動物みたいだなと思った。動物は動物でも獣とかだろうけど。

そう思った時、ピンと閃くことがあった。そう言えば桜井くん、料理が上手だっけ。

「桜井くんってすごく料理が上手なんですよ」

「へー」

「せっかくなら桜井くんにも作ってもらいますか?」

「あっはい、僕のでよければ」

「おー作れ作れ」

私の料理ばかりでも飽きるだろうと思いそう提案してみた。諏佐さんが、すっかり人間みたいになってんなと呟き今吉さんが笑った。



「うめえ」

桜井くんが自分の部屋に料理を作りに戻って、その間に私が今吉さんと諏佐さんに話を青峰さんに伝えた。どうやら妖怪に戻る方法はもうわかっていて、今はそのための準備を進めているみたいだ。そして準備には結構時間がかかるとのこと。青峰さんは聞いているのか聞いていないのかよく分からない態度で、ハイハイと答えていた。

ちょうどその話が終わったタイミングで、桜井くんが作った料理を持ってきてくれた。

「スゲーなお前」

「ありがとうございます。僕なんかが作ったものですいません!」

『なんで謝ってんだこいつ』

青峰さんがあまりにも美味しそうに食べるもんだから少しだけ嫉妬した。まあ桜井くんは料理上手で有名なんだから美味しくて当たり前なんだけど。私が作ってもらうように頼んだことだから仕方ないんだけど。

『てか青峰、お前こいつんちに行った方がええやろ』

こいつ、と指を刺されたのは桜井くんだった。

「えっ!?」

「確かに男の人の家の方が気楽ですかね」

「ええっ!?」

『そうだな』

「今吉さんが、青峰さんは桜井くんの家に泊まった方が良いんじゃないかと言ってます」

私と諏佐さんがその意見に賛同し、桜井くんはあわあわと慌てている。可愛い。私が今吉さんの発言を青峰さんに伝えると、青峰さんは食事の手を止めて私の方を見た。青峰さんは特に気にしていないように見えるけど、もしかしたら私の家よりも同じ男の人である桜井くんの家の方が落ち着けるかもしれない。

「いや…、めんどいし良いわ」

そう考えたんけど、本人はそんなことは思っていないようだった。このままで良い、と続けて青峰さんが言う。

その瞬間、今吉さんが爆笑しはじめた。…なんで? その爆笑を聞いて桜井くんが飛び上がる。青峰さんはそれを不思議そうな顔で見る。そうか、青峰さんは今吉さんの爆笑が分からないのか。

諏佐さんの方を見ればかなり引いた顔をしていた。なんで今吉さんはこんなに笑って、諏佐さんは引いているんだろう。私にはさっぱりわからない。なにがツボに入ったんだろう。



『元に戻る準備が出来た』

諏佐さんがそう言いにきたのは十日目の夜のことだった。

「戻る方法が見つかったそうですよ」

「おー」

喜ぶべきことなのに青峰さんのリアクションは薄い。ベットに横になったまま、何を考えているか分からない顔で返事をした。あれ? あまり乗り気じゃなさそう。

『今吉が準備をしてくれている。半日ほどかかるがとりあえず山に行くぞ』

「今吉さんが準備をしていて、元に戻るには半日かかるらしいです。とりあえず山に行くらしいです」

「…まあやるか」

そう言って青峰さんは起き上がった。良かった、とりあえずやる気にはなったようだ。元に戻ってくれないと私が困る。

短いようで長かった十日間。よく食べる青峰さんのために、大学にいる間も今日の夜ご飯はどうするか、夜食はどうするか、明日の朝ごはんはどうするか三回分の昼ごはんはどうするかとずっとご飯のことばかり考えていた。てか青峰さん食べ過ぎ。四日目からは三分の一ぐらい桜井くんが肩代わりしてくれていたけど、それでもいつもの何倍も料理をした。
青峰さんは毎日寝ると食べるとテレビを見るを繰り返していた。最初の方は会話はほとんどなかったけど、最近は少し話すようになってきた。正直言うと私は青峰さんに慣れてきていた。

それも今日で終わりだ。元に戻ったあと、果たして私が生かされるのかもしかしたら殺されるのかは分からないけど、そこまでの粗相はしていないはずだ。うん、大丈夫だと信じたい。きっとこれで何もかも終わるはず。

「おい、最後になんか作れよ」

「え?」

青峰さんは私の方を向いてそう言った。

「飯食うのこれで最後だろ、なんか作れって」

「あ、今食材使い切っちゃって、買い物にいくかそれか桜井くんに作ってもらうか…」

「じゃあ買ってこい」

桜井くんが作る案も出してみたが、問答無用で私が作ることになった。まじか、今から買い物か。せっかくもう作らなくて良いと思ったんだけど、そんなことはなかった。でも指名されたし仕方ない。青峰さんは美味しそうに食べてくれるし、最後と言うなら頑張って作りましょう。

『お前……』

諏佐さんはなんとも言えない微妙な顔をしていた。初めて会った時と言い、この間と言い、諏佐さんは引いている顔を見せることが多い気がする。どうしてなんだろうか。

『そんなに気に入ったのか』

「諏佐さんが、青峰さんはそんなに気に入ったのかと言っています」

「人間の飯うめーぞ」

『……そうか』

妖怪に戻っても食う手段ねえかな、と青峰さんは続けた。そこまで気に入ってくれたのか。私が作ったからじゃなくてただ人間のご飯が好きなだけだろうけど、なんか嬉しいな。

「最初に食ったあれが食いてえ」

「ハンバーグですかね?」

「わかんねえけど多分それ」

「わかりました、じゃあ、買いものに行ってきます」



『アオ……』

気がついたら目の前は、暗闇。ふわふわと自分の体が浮いているのを感じた。周りの闇は質量を持っていて、ねちゃりねちゃりと私に絡みついてくる。不愉快だった。

視線を動かすと複数の顔が見えた。憎しみや怒りを表すような顔が、複数浮かんでいて。気がつくとその顔が私の周りを覆い尽くしていた。

なんだろう、上手く頭が回らない。これはなんなのだろうか。

体がどんどんと闇に溶けていく。質量のある闇は私の動きをゆっくりと制限していった。もう、手先足先の感覚がない。

『アオ……ミネノ……』

遠くから低い声が聞こえた。その声は振動しているように聞こえて私の体ごと闇が震える。ああ、私何してたんだっけ。なんでこんなところにいるんだろう。

ついに闇が私の顔を覆い尽くした。目は開けられないのに顔は沢山見えるし、耳が聞こえるかもわからないのに声は聞こえる。顔も、声も、怨霊がこもっていた。

次第に体の感覚が消えていく。このまま溶けて、なくなりそうだ。わたしって、なんだっけ、

『おい!!!』

ビリッ

なにかが裂ける音が聞こえた。

目は開けられないけど、何故か光が見える。縦に真っ直ぐ入った線。そこから漏れているようだ。光は少しずつ横に広がり、そこから手がさしのべられた。

『しっかりしろ!!』

光の先にいたのは、見たことの無い格好をして、焦ったような怒ったような顔をしている青峰さんだった。



『起きたか』

目が覚めると、天井だった。……夢?

『危ないとこやったな』

今吉さんの声が聞こえて顔を向ければ、そこには今吉さんと諏佐さん、桜井くん、そして青峰さんがいた。青峰さんは、夢で見た、今まで見たことの無い格好をしていた。和風の格好をしていて、動物の耳があり、腕は幾枚もの刃物が生えていた。顔は今までと変わらないのに身にまとっているオーラが全くの別物だった。ああ、元に戻れたんだなあとすぐに思った。

「大丈夫ですか」

起き上がろうとすると桜井くんが体を支えてくれる。身体中が痛くてたまらない。一体なにがあったんだろうか。

「あの、私、」

『あんた、他の妖怪に襲われてたんやで』

『青峰が助けたんだ』

「えっ!?」

『そこそこ力あるやつやったから、もうちょい遅かったら死んでたやろな』

どうやらとんでもない状況に陥っていたようだ。確かによくよく思い出せば、あの暗闇の中、聞こえた声は青峰と言っていた気がする。改めて自分の状況を思い返すと、冷や汗が出た。私、死ぬところだったんだ。

「ありがとうございます」

まだ一言も喋っていない青峰さんの方を見てお礼を言う。動物の耳がピクリと動いたがそれだけだった。無表情で私のことを見つめている。

「あの、元に戻れたんですか?」

半日かかるはずなんじゃ、と私は続ける。それに反応して、青峰さんは初めて口を開いた。

『そんなにかかんねーよ。すぐ戻れるわ』

『いや普通は出来へんから』

今吉さんが引いている姿を初めて見たかもしれない。俺達の努力はなんだったんだ、と諏佐さんが手をおでこにあてる。そう言えばこの間、桜井くんが青峰さんは段違いに強いとか言ってたけど、それも関係あるのかな。何故か桜井くんがすいません!すいません!と謝りだした。

『それにしても、こいつめっちゃ焦ってて見ものやってんで』

『うるせーよ』

桜井くんを宥めていると今吉さんが突然そんなことを言った。あ、そうか、

「すいません、ご飯待ってましたよね」

ハンバーグを食べたいって言ってたしな、青峰さん。きっと早く食べて元に戻りたかったのに、私が襲われたものだから食べれなくなりそうで焦ってしまったんだろう。最後の最後で迷惑をかけてしまった。でも助けてくれたってことはさすがに今から殺すとかはない…よね?

「最後にご飯作れなくてごめんなさい」

『いや、今から作れよ』

「え?」

『お前もう人間じゃないんだぞ』

『別に戻れるし』

そう言った瞬間、青峰さんの体が一瞬透きとおって、またすぐに戻った。戻ったと言っても、さっきまでの姿じゃない。初めてあってから今日までずっと見ていた、人間の姿に戻っていた。

「『『は??』』」

「やっぱこれだと今吉と諏佐の姿は見えねえんだな」

「えっ! 人間に戻れるんですか!?」

桜井くんの驚いた台詞に当たり前だろと返す青峰さん。え? 戻れるの? てっきり妖怪に戻ったらそれっきりだと思っていた。

でもその考えは正しかったみたいで、今吉さんが規格外すぎやろ…と絶句している。諏佐さんも唖然としていた。普通は戻れないみたいだ。

「ほら、これで食えるからさっさと作れよ」

「あ、はい」

『……お前これからどうするんだ、って聞いてくれ』

「諏佐さんが、青峰さんはこれからどうするんだ? と聞いています」

それは私も知りたい。ここでご飯だけ食べてまた妖怪に戻って私とはそれっきりなのか、それともこれからもご飯を作ることになるのか、知りたかった。もちろん出来れば前者が良い。初めて会った時も言ったけど、妖怪に関わり続けるのはあまり良くないからだ。

「ずっと人間なわけねーだろ」

青峰さんはベットにダイブして、そのまま横になった。

「飯食いたいときだけ来るから、頼むわ」

後者だった。嘘でしょ。慌てて今吉さんと諏佐さんの方を見る。

『…まあ、頑張れ』

『……応援してるわ』

すごい同情された目で見られた。

その後、ほとんど毎日青峰さんが来るようになったのだが、それはまた別の話。


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