あたたかい狩人


『ついに来た……!』

ここは秀徳山。人間からは神様がいると崇められている山。だけど本当は神様なんていない。ここにいるのは、天狗だ。

ここには天狗が二体いる。人間社会が進歩して天狗の数は減った。昔は秀徳山にも天狗が沢山いたが、今は各地の山に散ってしまった。
それでもこの山は天狗の山と呼ばれる。なぜならこの山にいる天狗は、二体とも天狗たちを統べる大天狗なのだから。

『高尾! お告げが出たのだよ! 来い!』

そのうちの一体がこいつだ。日課の水晶での占いでやたらとテンションが上がっているこの緑髪の男、緑間真太郎。背中にある馬鹿でかい翼が力の強さを表している。今の秀徳山の主はこいつだ。

そしてもう一体の大天狗は大坪さん。先代の秀徳山の主で、今はほとんどこの山にはいない。主の座を緑間に譲ってからは、人間に化けて悠々自適に暮らしている。今は高校生に化けて高校生活を楽しんでいる。自由だ。

『なんだよ、真ちゃん』

用がない限り絶対に入るなときつく言われている真ちゃんの占い部屋。今日は珍しく真ちゃんから呼んできた。なんだか嫌な予感がする。でも呼ばれたから入るしかないよな。

占い部屋へと足を踏み入れる。普段は常に結界が張られているが今は解かれていた。札やお守りがたくさん吊るされていて、部屋の真ん中には俺の頭ぐらいの大きさの水晶玉が置かれている。その目の前に興奮し切った真ちゃんが座っていた。水晶玉を割りそうな強さで叩いてるけど、そんなことして大丈夫なのか?

『ほら、覗け! 俺はついに見つけたぞ!』

その言葉で俺は全てを察した。ああ、やっと見つけたんだなと。

真ちゃんは五百年ほど生きている長生きな大天狗だ。大坪さんは千年ぐらい生きているらしい。天狗は生きている年数の桁が違う。俺なんてあと百五十年ぐらい生きれたら良いほうじゃないかな。

大坪さんは人間が好きだ。主の座を緑間に譲ってからは、人に化けて人間社会に関わって生きている。一方の真ちゃんは人間嫌いだ。それでも一度だけ、主になる前に、人に化けて人間と暮らしたことがあるらしい。そしてその時に大恋愛をしたそうだ。ものすごく愛した女がいて、真ちゃんは人としてその女と結婚をしたと聞いた。

しかしその人を流行病で無くしてしまってからは、再び山に閉じこもるようになってしまった。理由は簡単。その愛する人間の生まれ変わりを見つけるために、真ちゃんは残りの人生を捧げてしまったのだ。人事を尽くしすぎている。

『へいへい、覗きますよーだ』

ここまでが俺が大坪さんから聞いている話。というのも俺は天狗じゃないからそんな長く生きていない。俺は、鷹と人間のハーフだ。普段は人に化けて人間の高校に通っている。この山にいるのは大坪さんに誘われたからだ。ちなみに大坪さんは俺の部活の先輩として高校に通っている。

『…え、』

『あとは会いに行くだけなのだよ!』

『待って、真ちゃん』

俺は水晶玉を覗いて、絶句した。そこに写っていたのはセーラー服を着た少女。

『なんだ?』

『……俺、この子と同じクラスだわ』

その少女の顔は、見たことがあった。



みなさんこんにちは! 私、普通の女子高生! 普通と少し違うのは、親が共働きで滅多に家にいないことかな! 毎日一人で家事に奮闘しているの! でも、従兄弟で近くに住んでいる清志兄ちゃんとそのお友達で高校の先輩の木村先輩が色々気にかけてくれるから元気に暮らしてるよ!

なんて少女漫画っぽい自己紹介から初めてみたけど、目の前で起きている状況は少女漫画も真っ青な状況だった。

「久しぶりなのだよ」

「あの、えっと…」

「俺の事を覚えてないのか? 結婚までしただろう」

そう、不審者に絡まれている。怖すぎる。

委員会で帰りが遅くなったのが悪かったのか。辺りは真っ暗で。人通りの少ない道で誰もいない。
目の前にいる不審者は長身で眼鏡で緑髪。世間一般的には美形と言われる顔をしていた。しかし顔が良いと言っても、この意味のわからない会話と謎の語尾からかなりやばい人間ということが察せる。
結婚ってなんの話? 私まだ高校生なんだけど…もしかして妄想癖のある人?

「あの、すいません」

「! どうした」

「私、あなたとは初対面と思うんですけど…」

そう言えば目の前の男の人はあからさまにショックだという顔をした。いやそんな顔されても…。

「と、とりあえず来るのだよ」

「え!」

「話はそれからだ」

「ちょ、ちょっと!」

いきなり腕を掴まれて、頭の中に誘拐という文字が駆け巡る。待って、これは本当にやばい。かなり危険な状況だ。腕を振りほどこうとしたけど、握る力が強くて振りほどくことは出来なかった。

前に木村先輩に「帰りが遅くなる時は連絡しろよ、家まで送るからよ」と言われたことを思い出す。木村先輩に連絡するべきだった。こんなことになるなら一緒にいてもらえばよかった。
不審者に腕を引っ張られて思わず前向きによろけた。終わった。さよならみんな。私はどうやらここまでです。

そう思った矢先、

「真ちゃん!」

掴まれていた腕が誰かの手によって離された。

「……高尾くん?」

見上げたら、目の前にいたのは同じクラスの高尾くんだった。

「高尾、邪魔するな」

「いやいやいや行動早すぎるから! アクティブすぎるだろ! ね、大丈夫!?」

後半は私の方を見て言ってきた。咄嗟に頷くと高尾くんはわかりやすく息を吐いた。

「身内が誘拐するとかシャレになんねえわ…」

「誘拐じゃないのだよ」

「言い逃れできねーだろ!」

おい! と高尾くんが不審者に突っ込んだ。話の流れ的に、この人は高尾くんの知り合いなんだろうか。

「あ、あのさ、こいつ悪いやつじゃないから」

高尾くんは咳払いしてそう言った。悪いやつじゃない、と言われても…。

「悪い人じゃん……」

その人私の腕掴んで引っ張ったからね。めちゃくちゃ怖かったし正直死ぬかと思ったからね。警察案件だからね。これって清志兄ちゃんと木村先輩に連絡しとくべきだよね。
携帯を弄り出す私を見て高尾くんが止めようとしてきたけど、それを振り切って清志兄ちゃんと木村先輩に連絡した。高尾くんもいるしこれ以上危険なことにはならないと思う。でも念のためだ。

「はー、もう第一印象最悪じゃん…」

「第一印象じゃないのだよ」

「お前にとってはな! ……ほら、仲良くなりたいなら自己紹介して」

高尾くんが不審者を私の前に押しやる。私は驚いて、一歩引いてしまった。なに、この人私と仲良くなりたいの? なんで…? 怖すぎるんだけど…。てか改めてみたら本当大きいなこの人。

「……緑間真太郎だ」

「……どうも」

丁寧に頭を下げながら言われたもんだから、私も軽く会釈をする。何この状況。なんで不審者改め緑間さんが私に自己紹介してるの? 新しいタイプの自首?

「おい! 大丈夫か!」

「あ!」

向こうから清志兄ちゃんが叫びながらやってきた。後ろには木村先輩も走ってきてくれている。ここが家から近いとはいえ、来るのが速い。
私は二人に駆け寄って後ろにくっついた。安心できる背中だ。昔から可愛がってもらってるせいで、つい妹キャラに徹してしまうが今回は仕方ない。だって怖かったし。私は二人の背中から状況を見守ることにした。

二人は私を後ろにかばいながら緑間さんを睨んだ。高尾くんがわかりやすくあちゃーと言う顔をする。

「…こいつになんかしたのか」

清志兄ちゃんにそう言われる相手は、もちろん緑間さんだ。確かに、学ランを着ている高尾くんより、木村先輩と清志兄ちゃんをすごい顔で睨んでる緑間さんの方が圧倒的に怪しい。

「なにもしていない」

「嘘をつくんじゃねえ」

二人と緑間さんは睨み合っている。高尾くんがちょっと!と止めるが止まらなかった。主に緑間さんが。

「そいつは俺の結婚相手だ」

「はあ?」

「俺は天狗なのだよ。大昔、人間の女を愛したが亡くなってしまった。だけど、彼女は生まれ変わって、今巡り会えたのだ」

「はあ!!?」

「お前がその生まれ変わりなのだよ」

「なんだこいつ、電波かよ」

清志兄ちゃんがそう言って、私もそれに頷こうとした。しかしそれは目の前の羽根によって妨げられた。……羽根?

バサッと音がして黒い羽根が飛び散る。緑間さんの方を見れば、いつの間にか格好が変わっていた。
底のかなり高い下駄を履き、手には大きな扇子、そして武士のような古風な服装。腰から下げられているのは天狗のお面。そして一番大きく異なるのは羽根だった。人間一人分ほどの大きさの黒い羽根を左右に広げ、少し動かせば風が私たちへと吹く。……な、なにこれ。

「…手品?」

木村先輩と清志兄ちゃんの方を見れば、二人とも唖然としていた。おそらく私も同じような顔をしているのだろう。だって、なに、どういうこと、

「ちょ、人間にその姿見せて良いのかよ!」

『見せた方が真実だとわかるだろう』

緑間さんのその姿には既視感があった。下駄に扇子にそしてお面、黒い翼。……天狗だ。
え、本当なの? 嘘をついてるやばい人じゃなくて、ほんとに天狗なの?

『お前は俺のものだ』

「ひっ」

翼を広げたまま緑間さんが近づいてくる。眼鏡が不気味に光って見えて、思わず悲鳴が漏れた。怖い。

『来るのだよ』

手を差し伸べられる。清志兄ちゃんが必死に庇ってくれるが、果たして天狗になんて勝てるのだろうか。私は清志兄ちゃんの服を強く握った。

「やめないか、緑間」

声が聞こえた。それは救世主の声だった。

『…大坪さん』

「えっ!? 大坪?」

やってきたのは学ランを来た男の人だった。その姿を見て木村先輩が叫ぶ。反応的に木村先輩の知り合いなんだろうか。

「知り合い?」

「…同じクラスのやつだ」

「えっ」

「同じクラスなのになんであの天狗のこと知ってんだよ…」

「わかんねーよ…」

清志兄ちゃんと木村先輩がコソコソと言い合っている。新しく現れた大坪さんの方を見ると、緑間さんを後ろに引っ張ってたしなめていた。大坪さんが緑間さんに何かを言って、緑間さんは黙って人間の姿へと戻った。戻った瞬間、あたりに散っていた黒い羽根も共に消えたのが印象的だった。

「怖がらせてすまない」

「…なんでお前ら、知り合いなんだよ」

私に話しかける大坪さんを、木村先輩が遮る。大坪さんは困ったように笑って口を開いた。

「俺達三人は、今緑間を見てもらった通り妖怪だ」

「は、」

高尾くんも同じように困ったように笑った。緑間さんだけは真顔で、私の方を真っ直ぐに見てくる。怖い。
てか、え、うそ、緑間さんだけじゃなくて、高尾くんも妖怪なの? クラスでの高尾くんの姿が頭に浮かぶ。ムードメーカーで明るくて誰よりも人間味のある彼が、妖怪だなんて。

「そして緑間の言ったことも全て本当だ」

「え」

私が緑間さんの結婚相手の生まれ変わり云々と言う話のこと? 出来れば嘘であって欲しかったんだけど、この話の流れからして嘘ではないんだろうな。

「これからこいつが迷惑をかけるかもしれないけど、」

こいつと緑間を指さす大坪さん。緑間さんは腕を組んで私の方を見つめていた。ずっと私のことを見てくる。視線で殺されそうだ。

「悪いやつではない」

高尾くんも同じことを言っていた。

「……俺のことを覚えていないなら、一からやり直すのだよ」

「……」

「よろしく頼む」

緑間さんは確かに変な人だけど、そう言って頭を下げる姿を見る限りは、確かに悪い人じゃないように思える。それでも、

「…よろしくしたいのなら、こんな怖い会い方はやめてください」

そう言った瞬間高尾くんが思いっきり噴き出した。いや空気読んで。大坪さんが高尾くんを宥めている。大坪さんはこの三人の中じゃまだ常識のある人なんだろうな。清志兄ちゃんがなんだこいつらと言う声が聞こえた。同感。

悪いやつじゃない、と言われても一度着いた不審者というイメージはなかなか拭えそうになかった。



その日の夜、両親は出張で留守だったので心配した清志兄ちゃんと木村先輩がうちに泊まりに来た。その時に散々あの男には気をつけろ、もしまた関わってきたら防犯ブザーを鳴らせと、たくさんの防犯ブザーを渡してきた。いや、心配してくれるのは良いんだけどこの防犯ブザーはデザイン的に小学生用のやつじゃない?

しかしその心配は無駄だった。なぜなら緑間さんがうちのクラスに転校してきたからだ。防犯ブザーとかいうレベルの話ではない。

「テンコウセイの緑間真太郎だ」

「え!!」

斜め後ろの席の高尾くんがそう叫んで椅子から落ちていた。気持ちは分かる。私も緑間さんが教室に入ってきた瞬間転げ落ちそうになったもん。この様子だと高尾くんも知らなかったんだね…。

緑間さんは一番廊下側の後ろの席に案内され席についた。そしてそのまま授業に入ったが、やりづらくてしょうがなかった。だって背中越しにもわかるぐらい、視線を感じたから。いや、ホント勘弁してください。怖いです。

「ねえ! 緑間くんってどこから来たの?」

「背おっきいね! なにか部活してた?」

休み時間、緑間さんは女子に囲まれて質問攻めにあっていた。そりゃそうだ、かっこ良いもんな。
高尾くんが笑いを堪えながら私のところにくる。私はそんな高尾くんを真顔で見つめる。

「待って待って、ごめん、俺も知らなかったんだって」

「さっき椅子から落ちた態度で察したよ」

ちなみに昨日の夜、私は高尾くんにラインで連絡を取ってみた。高尾くんはなんの妖怪なの? と送れば、すぐに電話がかかってきた。どうも文字として記録に残るのは駄目らしい。通話越しに鷹と人間のハーフだよ、と教えてくれた。なるほど、だから高尾って名前なのだろうか。
それからしばらく、緑間さんとその恋人の話を聞かせてもらった。最後電話を切る時に、あいつ変わってるけどけど悪いやつじゃないから、とまた言われて通話は終わった。

「てかあいつが女子に囲まれてるのシュールすぎてやばい、ウケる」

「随分楽しそうだね…」

高尾くんは笑いを堪えるのに必死のようだ。私はなにも笑えないんだけど。昨日誘拐しようとしてきた人が同じクラスに転校してくるってなに? どういう状況?

緑間さんは女子からの質問全てに律儀に答えていた。その姿を見ていると、意外と優しいのかもしれないと思う自分がいる。が、答え方が「遠くから来た」だの「ブカツなんて知らん」だの少しズレていて、ああ、あの人は妖怪なんだったと再認識する。

「写真とって大坪さんに送ろっと」

高尾くんが無音カメラで、女子に囲まれている緑間さんを撮った。

「そういえば大坪さんって誰?」

「あー人間社会の大坪さんは、ここの生徒で俺の部活の先輩」

「そうなんだ」

意外と妖怪も人間社会にいるんだなと思った。私の周りでだけでもう三人もいる。多いなあ。

「てか思ったより余裕そうだな」

「なにが?」

「あいつが転校してきたからもっと慌てたり怖がったりするのかと思った」

「怖いっちゃ怖いけど…」

たしかに昨日の出来事はめちゃくちゃ怖かったけど、今緑間さんに昨日と同じぐらいの恐怖心があるかと言われれば微妙だ。だって一からやり直すってことは、まずは友達からってことでしょ? いくら結婚だのなんだの言われても友達にならなければ良い話だ。知り合いで留めておけば何も害はない…はず。

てな感じのことを高尾くんに伝えたらすごい笑い出した。

「いやー、肝すわってんね。ほんと最高」

「そう? なんか変だった?」

「いや! 全然! 俺はそういうの良いと思うぜ」

妖怪とのハーフだと知っても高尾くんの印象は特に変わらなかった。高尾くんは怖くないなあ。



放課後、俺は部活の先輩に遅れる旨を伝えて、教室をでる。廊下をキョロキョロと探せば緑頭が遠くに見えた。俺はそのあとをこっそりついて行く。

今日の朝は驚いた。昨日の夜、真ちゃんが何かゴソゴソと作業をしていたのは知っていたけど、まさか人間に化けてしかも転校までしてくるとは思わなかったからだ。せめて俺には教えてよ真ちゃん。

というわけで、俺は真ちゃんになんで転校までしたのかを聞き出そうと思い後をつけている。さすがにこんな人前でそんな話をする訳にはいかないからな。一人になった瞬間を狙ってゴーだ。
真ちゃんは靴箱に向かうかと思いきや階段をのぼり始めた。ん? 帰んねえの? 意図が察せず俺も階段をのぼっていけば、真ちゃんは屋上に入ってしまった。待ってくれ、まさか飛んで帰るとか言わねえよな? さすがにそんな不用意なことしねえよな?

扉を少しだけ開けて屋上を覗けば、そこには真ちゃんの他に大坪さんもいた。俺はゆっくりと扉を閉めて聞き耳を立てる。大坪さんが真ちゃんを呼び出したんだろうということが察せた。

「緑間、なぜ来た」

大坪さんの声は怒りに満ちていた。

「山の管理はどうする。今の主はお前なんだぞ」

大坪さんは先代の山の主だ。山の主は基本的に山を離れてはいけないため、大坪さんも山の主の座を譲るまでは人間社会に出たことがなかったと聞いたことがある。秀徳山は天狗の総本山とも呼ばれるため、山の管理には特に注意を払う必要があった。いつ何時、他の天狗にその地位を狙われるか分からないのだ。

「俺は両方完璧にこなします」

緑間は凛とした声でそう言った。

「人間に化けながらか」

「はい」

「…そんなことをしながら山を守れば、寿命が削れるんだぞ」

分かっているのか、と大坪さんは続けた。俺はガン、と頭に鈍器を叩きつけられたような気分になる。……寿命が削れる? そんな無茶をしていたのか。どうりで俺に黙っているはずだ、と思った。そこまでして人間になるなんて。すぐにでも止めるべきだ。それでも、

「俺が好きなんです」

緑間の声は揺るがなかった。

「…あいつは、お前のことを思い出さないだろう」

「ならば、また一から関係を築くのみでしょう」

俺は真ちゃんに初めて会った時のことを思い出す。偏屈で意固地で占い狂でとんでもない変わり者。それでも昔の想い人を探すために自分の生活を犠牲にして人事を尽くし続けてきた。俺はその姿を見て心を打たれてしまった。なんて一途なんだ、と。

「……そこまで意思が固いなら、俺はもう何も言わない」

大坪さんのその言葉で俺は決めた。簡単なことだ。はやくあの子と真ちゃんをくっつけたら、真ちゃんの寿命も削れずに済む。俺が出来ることはそれだけだ。

真ちゃんの想い人であるあの子の顔が頭に浮かぶ。ごめんな、俺は真ちゃんの味方なんだ。あんたの味方にはならねえよ。



その日の夜、清志兄ちゃんに緑間さんがうちのクラスに転校してきた、と伝えたら学校に電話をしようとしたから慌てて止めた。両親は今日も出張でいないし清志兄ちゃん的には私の親代わりの気持ちなんだろうけどモンペをするのはやめてほしい。

「だってお前、わざわざ学校に来たんだろ!? あぶねえだろうが!」

「でも割と普通だったよ?」

「そう見せかけてってやつだろ!」

「うーん、まああんまり関わらなかったら良いかなって思ってる」

高尾くんもいるしね、と付け足せば清志兄ちゃんはぐぐぐと唸った。納得はしていないようだった。

「高尾くんも身内が犯罪者になるのはまずいって言ってたし」

「そりゃそうかもしんねえけどよ…」

「昨日みたいなことはもうないんじゃないかな」

「……お前、」

楽観的に話したら清志兄ちゃんが真面目な顔をして私の方を見た。肩をがっしり掴まれ、目線が合う。

「流されるなよ」

「え?」

「お前は人が良いし流されやすいから、それが心配だ」

ひどいこと言うなと思ったけど図星なので黙った。そうだ、私は結構流されやすい。たしかにこのままなあなあにしてたらいつか緑間さんのペースに引きずり込まれるかもしれない。気をしっかり持たないと。昨日の恐怖を思い出すんだ。

「わかったよ清志兄ちゃん」

「わかったか」

「うん、関わらないようにする」

「それで良い」

二人で見つめあってうんうんと頷く。なにかあったらすぐに連絡しろ、と何度も言われてその日は終わった。そうだ、私がしっかりしていたら大丈夫だ。



『真ちゃん、俺がアドバイスしてやるよ』

『いらん』

『ひどっ!』

ここは夜の秀徳山。昼間に大坪さんと真ちゃんの話を聞いて覚悟を決めた俺は、人間の社会で暮らし続けてきた身としてアドバイスをしようと提案した。が、速攻拒否された。答えるの早くね? 高尾くん泣いちゃう。

『どうせくだらん話だろう』

『いやいや、本気のやつだって! 俺真ちゃんのこと超応援してるもん』

『信憑性がない』

『ひでーなおい!』

真ちゃんがかかたくななのは今更だ。聞く耳を持ちません、というような真ちゃんへと近づき隣に腰を下ろす。お互いの翼がぶつかった。

『邪魔だ』

『いーじゃん! てか真ちゃんなにしてんのそれ』

『あいつの花嫁衣裳を縫っている』

『おっも!』

なにしてんだこいつ。やけにきらびやかな布を扱ってるなと思ったらそんなことをしてんのか。いやいやいや、それはさすがにまずい。せっかくあの子が真ちゃんへの警戒心を解きつつあるのに、そんなものを見せればまた不審者へと逆戻りだ。それだけは阻止しなければならない。

『いやいや、駄目だよ真ちゃん』

『なにがだ』

『真ちゃんはちゃんと、一から関係を築くって宣言しただろ』

『……確かにしたが』

『なら、その行動は矛盾してるんじゃねえの』

『む、』

真面目な真ちゃんが嫌いなこと、それは筋の通っていない行動だ。今の行動はおかしいと注意すれば、真ちゃんは自分の矛盾に気がついたみたいだ。

『やっぱ物事には順番ってものがあるでしょ』

『…一理ある』

その通りだ、と言って真ちゃんは花嫁衣裳を片付け始めた。よしよし、危ないところだったけどなんとか回避できた。さすがにいきなり花嫁衣装を用意させる訳にはいかない。

まずはあの子と普通に仲良くなり、友達になる所から始めるべきだ。そう言えば真ちゃんは分かったと頷いた。そう、それで良い。真ちゃんがまともに振舞ってくれたら後は俺の仕事だ。俺があの子に真ちゃんに関して良いイメージをつけさせれば良いのだ。

『友人になる前の人間と、何を話せば良いのだよ』

『世間話とかで良いんじゃね』

『…なるほど』

変なことを言わなければそれで良いよ。



私がしっかりする、と意気込んでから数日。今のところは順調だ。緑間さんは何回か世間話には来たものの前みたいに強引な感じはなかった。思った以上に普通である。
緑間さんは受け答えが少し変だけど、話してみたら案外しっかりした人だった。自分の考えを持っていてはきはきとものを言う。キリッとした顔で美形だし、話しかけられると少しドキドキした。清志兄ちゃんと木村先輩以外の男の人と喋らないから仕方がない。

あともう一つ。

「そんでその時に真ちゃんが助けてくれてさ〜」

「へえ〜」

高尾くんからの緑間さん良い人キャンペーンがすごい。

休み時間、緑間さんが来ない時は高尾くんが話しかけに来るんだけど、ほとんど緑間さんの話だ。高尾くんと緑間さんの出会いから、仲良くなるまで、そして今に至るまでの歴史を何故か全て聞いてしまった。天狗とか妖怪という単語を伏せてるから周りに聞かれても問題ないんだろうけど、こんなに何もかも打ち明けて良いんだろうかとこっちが心配になる。

高尾くんがあまりにも話しかけにくるもんだから、友達に高尾くんと付き合ったの?って言われて本当に困った。断じてそんなことはないしあるとしたらせめて緑間さんだ。いやまあないけど。あくまでもこの距離を保っていくつもりだけど。

「真ちゃんってツンツンしてるけどああ見えて優しいんだよな」

「そうなんだ」

「面倒見も良いし」

言葉とは不思議なもので、高尾くんからずっと緑間さんの話を聞いていると緑間さんが本当に良い人みたいに思えてくる。高尾くんの話し方が上手って言うのもあると思うけど。まるで自分が緑間さんに優しくされたような気持ちになる。

「まあ悪い人じゃないしね」

「! だろ? そう思うだろ!?」

「うん」

高尾くんの同意の仕方がやたら派手に感じたが、確かに緑間さんは悪い人ではなかった。それがここ数日の感想だ。むしろ良い人なのかもしれない。友達ぐらいにはなっても良いんじゃない?と思う自分がいる。そんなことを考えながら、あの日から毎日私のことを心配してくれてラインを送ってくる木村先輩と清志兄ちゃんに返信をした。友達ぐらいにはなるかもしれない、と。



「やめとけ」

「考え直せ、な? な?」

そしたら放課後に木村先輩と清志兄ちゃんが教室にまで来た。

「でも悪い人じゃないし……」

「おい」

「俺は本気なのだよ」

「真ちゃんの気持ちは本物だぜ」

今どういう状況だと思う? 教室に木村先輩と清志兄ちゃんが乗り込んできて、このままだと目立つからと思って空き教室に移動した。そしたらなぜか緑間さんと高尾くんもついてきた。そんな状況だよ。…なんだこれ。

「流されたら駄目だ」

木村先輩にガッと肩を掴まれる。痛っ、と思った瞬間緑間さんが間に入ってその手を解いてくれた。

「痛がっているのだよ」

緑間さんの真っ直ぐな声に少しだけキュンとしてしまった。ん? 私ってちょろい? …やっぱり清志兄ちゃんと木村先輩以外の男の人の免疫が少ないのが問題だ。

「よく考えろ、こいつは明らかに不審者だったろ」

「……確かに最初の出会い方は俺が悪かったのだよ」

「ほら」

「怖がらせてすまなかった」

緑間さんに目を見て謝られて胸が高なる。緑間さんを後ろから応援している高尾くんが目に入った。

「俺は、少しずつで良いからお前と仲良くなりたいのだよ」

「お…、お友達で良いなら……」

木村先輩と清志兄ちゃんの叫び声が聞こえる。ごめんね二人とも。結局流されてしまった。

でも、この先、ここから結婚に持ち込まれるなんて、誰が予想出来たというのか。


戻る
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -