恋を知ってもいいですか


「おはようさん」

体を起こしたら、目の前には今吉がいた。えっ、なにこわっ。
凝り固まった体を思いっきり伸ばせばバキバキと音がする。あー、変な姿勢で寝たからだ。机に突っ伏して寝るといつもこうなってしまう。眠たい目をこすって時計を見ればもう昼休みの時間だった。授業終わってるし。

「よお寝てたな」

「いやー、もうね、抗えなかったよね」

四時間目は化学だった。私はただでさえ化学が苦手だし、さらに化学の先生が淡々と話すタイプなもんだからどうしても眠たくなってしまう。机に開いたままのノートを見れば数行書いた状態で放置されていた。あんまり記憶にないけど結構序盤に寝ちゃったんだな。

「てかなんで今吉がここに?」

「なんでやと思う?」

目の前でにこにこと笑う今吉が私を見ている。今吉とは昨日まで席が前後だった。私が今吉の後ろで、今吉が私の前の席。でもそれも昨日までの話だ。今朝席替えがあって、私と今吉は離れ離れの席になってしまったのだ。なのになんでまた目の前にいるんだ? なに? 部活関連? ちなみに今吉はバスケ部で私はそのマネージャーをしている。

「なんで?」

「ええこと教えにきたったんや」

「……なに?」

「次の化学の授業、小テストあるらしいで」

「えっ、うそ、知らない」

「さっきの授業の最後に言うてたんや。あと小テストの範囲もな」

部活は関係なかった。てか、そんな小テストとか聞いてない。いや寝てたから当たり前なんだけど。化学の先生は時たま小テストを出すから厄介だ。ちゃんと勉強をしたうえで臨まないとすぐに再試験になってしまう。

「い、今吉」

「…しゃーないなあ」

縋るような目で今吉を見れば、今吉はさらにニヤリと笑ってそう言った。

「範囲はここからここやって」

「なるほど」

今吉は結構私に甘い。こうやって縋り着けば勉強のことや、部活に関しても色々と手助けをしてくれるのだ。ありがたやありがたや。

「あとあの先生の好み的に、この辺の範囲も出るんちゃうか」

「神様……?」

「崇めてくれてええんやで」

「ねえ神様、私、ここの範囲分からないから教えてほしいな」

「めっちゃ基礎やんけ」

ここ、と教科書を指させば呆れた声が返ってきた。

「お前今年入試やのに大丈夫なんか」

そう、私達は高校三年生。受験生だった。真剣に勉強しないととは思うけど、いまいち勉強に身が入らない。そんな季節だ。まあまだ部活も忙しいしね! 言い訳である。

「今吉に教えて貰ったらなんとかなるよ」

「あほか」

そんなことを言いつつも、今吉は私によく勉強を教えてくれる。今吉の教え方はとてもわかりやすく、私は一年の時から試験勉強とかは今吉を当てにしていた。今吉ってすごい面倒見良いんだよ。みんな知ってた?

「まあお前ほっといたらすぐ留年しそうやしな」

笑いながら今吉はそう言った。



「てなわけで、今吉のおかげで次の小テスト、なんとかなりそうなんだよね」

部活終わり。ビブスを洗っていたら諏佐が手伝うぞと声をかけてくれたので大人しく甘えることにした。洗いながら、今日行われた化学の小テストのことについて諏佐に話してみたのだが、諏佐を見ればすごい引いた顔をしていた。なぜ?

「……お前らさあ」

呆れた声で諏佐が言う。

「席が離れてもそんなことするの、変だと思わねえのか」

「え? そう?」

まあ確かに寝起きで今吉の顔どアップはめちゃくちゃびっくりしたけど。でも私が今吉に勉強を見てもらったり色々手助けしてもらうのは今に始まった話じゃない。一年生の時からずっとそうだった。そんな感じのことを諏佐に言えば、まあそうだけどよ、と返ってきた。

「今吉も同じようなこと言うんだよな…」

「まああいつは手のかかる妹みたいなもんやしな!」

「突然の声真似」

「似てた?」

「そこそこ似てた」

「やったね」

三年も関わっていたら物真似の一つや二つ、出来るようになる。それにしてもそこそこ似てたのか、今度から持ちネタにしようかなこれ。バスケ部にしか通じないネタだけど。

「私から見ても今吉は兄ちゃんみたいな感じだなあ」

「そうか…」

ビブスを絞りながら私はそう言う。伊達に面倒見てもらい続けてないし? 今吉は時折厳しいことも言うけど基本優しいから、本当に良い兄貴って感じだ。

「こういうのって案外、離れてから自覚するもんかもな、お互い」

諏佐は独り言のようにそう呟いた。

「なんのこと?」

「いや別に」

「気になるなあ」

この時は諏佐の言ってることの意味がよくわからなかった。

結局、意味に気づいたのは大学に進んでからで、しかも諏佐の言う通りになったのだった。


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