きらびやかな密室


とんでもないことが起きた。

「え、そうなの?」

「らしいよ。良かったじゃん!」

今はお昼休み。さっきまで小声で話していた友達が、キャーと言いながら私の背中を叩いた。その叩く勢いがすごくて私は思わずむせる。でも、それどころじゃない。さっき、目の前の友達がとんでもないことを言ったからだ。

どうやら、氷室が私のことを好きらしいと。

え? やばくない? もはや事件だろこれ。友達はテンションが上がったようにキャーキャー言っているが私はそんな気持ちにはなれなかった。だって下手したらこれ私の高校生活終わるでしょ。

「全然良くないんだけど」

氷室という男は、私と同じクラスで今年アメリカから転校してきた帰国子女だ。綺麗な顔、良いスタイル、王子様のような性格、さらにバスケ部ではエースをしているという。そんな氷室はとにかくモテる。本当にモテる。なのに私のことを好きだって? どういうこっちゃ。

目の前にいる友達は、一年生の時からの仲でバスケ部のマネージャーだ。時折ミーハーなところはあるけど、嘘をつく様な子ではない。ということはその氷室が私のことを好きという話はおそらく本当なのだろう。嘘であってほしかったんだけど。

「なんで? 嫌なの?」

「だってファンに殺されるじゃん」

「あー…」

そう、これが問題だ。氷室はとにかくモテるしファンもたくさんいる。もし私みたいなその辺にいる女子生徒C的な存在が氷室と付き合ったりしてみ? 直ぐに抹殺される。氷室ファンの方々によって存在を消されるに決まってる。怖い。

そんな女子生徒E的な立ち位置の私だが、氷室とはかなり仲が良い。きっかけは生徒会だ。私と氷室は生徒会役員で、最初の方はまだ日本になれていない氷室と生徒会以外でも絡んだりしていたのだ。そんなことを繰り返しているうちに、氷室とはまあまあ話す仲になっていた。しかしそれが氷室に好かれるまでになるとは誰が予想できただろうか。

「じゃあどうするの?」

「とりあえず噂になる前に氷室に話つけてくる」

「言い方が怖い」

こういうのは先手必勝が肝心。はやめにケリをつけるのが一番なのだ。



放課後、今日は運が良いことに生徒会の活動があった。活動が行われる教室まで、たわいのない話をしながら氷室と一緒に移動をする。氷室は背が高いので横に並ぶと顔をあげる必要があり大変だ。相槌を打つ時に目を見れば、ニコッと笑顔を返してくる。このモテ男め。相変わらず綺麗な顔をしている。

「氷室さ、」

「なんだい?」

「生徒会の仕事終わったあと、時間ある?」

「部活に行くつもりだけど、少しだけなら大丈夫だよ」

「そう」

二人っきりじゃないと出来ない話があるの、と言えば氷室は笑顔のまま少し固まった。でもすぐに動きを取り戻して分かったよ、と答える。が、なぜか冷や汗をかいていた。ん? どした?



そして生徒会の用事が終わったあと、空き教室に氷室を連れてきた。こっち来て、と言えば黙ってついてきた氷室。途中で後ろを見れば何故かガチガチになって口をつくんでいた。どうしたんだろう。

空き教室に氷室を先に入れ、私は後ろ手に扉を閉める。周りや廊下に人がいないことを確認して私は氷室に近づいた。そしたら何故か氷室が一歩引いた。なんでだ。

「どうしたの」

「い、いや」

見上げるように氷室を真っ直ぐ見たら、氷室の視線は私から逃げるように泳いだ。その頬は心無しか少し赤い。

「氷室、」

「…話ってなんだい?」

「あ、うん」

その事について突っ込もうとしたら、氷室が被せてくるように私に質問を返した。そうだ、バスケ部で忙しい氷室には時間が無いしさっさと本題に移る必要がある。

「氷室って、私の事好きなの?」

時が止まった。

「…………………………えっ!!!」

「わっ!」

電源が切れたかのように全ての動きが無くなった氷室だったが、しばらくして大きな叫び声をあげた。突然の大声に思わず声が出てしまう。びっくりした、氷室ってそんな大声出せたんだ。

「な、んでそのことを、…知ってるんだい」

かと思えば氷室の顔が徐々に赤くなっていく。そして腕を前にやって顔全体を覆うように隠してしまった。

「どうしたの」

覗き込むように氷室を見れば、やめてと手で制された。耳まで真っ赤になっていて、今度は私が固まる番だった。さすがに察した。まじか。

「照れるから、見ないでくれ……」

その台詞を聞いて、体に稲妻がぶち当たったかのような衝撃が走った。え、嘘でしょ。これはやばい。
私の頭の中を占める言葉は、ただ一つだけだった。

可愛い!!!!



「というわけで氷室が可愛い」

「何言ってるアルかお前は」

次の日、教室で劉に話しかけたら呆れた顔でそう言われた。そんな顔しないでよお。

「なんでそんなことワタシに言うアル」

「劉しか聞いてくれる人いないんだよ…」

「なんで?」

「女の子に話したら噂を流しそうで怖いし…」

「ワタシが流すかもしれない」

「突然の裏切りやめて?」

劉と私は一年の時から同じクラスの仲だ。どうも波長が合うらしく、こうやって恋愛相談するぐらいには親密なつもりである。

「それにしても昨日の氷室、本当に可愛かった」

「じゃあ付き合えよ」

「それは違う」

それは違う、違うんだよ劉。氷室の可愛さはなんていうか、こう、

「愛でたい?」

「氷室にちくってくるアル」

「うわあああ劉ううう」

席を立とうとする劉を何とか食い止め私は劉にまとわりつく。やめてやめて、女の子にはこんなこと相談できないし劉を失ったら私は一体どうしたら良いのか。

「お前の話の着地点がわからないアル」

なんとか劉を席に着かせれば、劉はそんなことを言った。

「着地点?」

「氷室とどうなりたいアルか」

「どうなりたい?」

ふむ、と考える。劉は何を考えてるのかよくわからない目で私のことを見てきた。なんだその目は。
それにしても、氷室とどうなりたいか。私は氷室と付き合いたいわけではないけど、それでも可愛いところは見てみたいと思った。

「もっと可愛いところを見てみたいかな」

「じゃあもっと絡め」

「絡む?」

「氷室と関わればその分その可愛いところとやらがたくさん見れるアル」

名案という風に劉は言った。たしかに、絡めばその分可愛いところはたくさん見れるだろう。しかし

「周りの目が怖い」

「どういうこと?」

「氷室に絡んでるのを見られたら、氷室のファンに殺されそうじゃない?」

「じゃあ二人っきりで絡めば良いね」

周りに見られなきゃ良いアル、と続けた。な、なるほど! !それならファンのことも気にしなくて済む。天才かよ劉。

「いいね、そうする!」

「ちなみにひとつ良いか」

「ん?」

「ワタシは氷室の味方アル」

「?」

劉の言っている意味がわからなくて私は首をひねった。

結局その意味を知ったのは、氷室と二人っきりで会うことを繰り返しているうちに、いつの間にか噂がまわって氷室と公認カップル扱いになってからの事だった。なんだこれ。劉の作戦勝ちなのか。


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