肺の中は愛でいっぱい


「だりー…」

「どしたの宮地」

今は昼休み。この間の席替えで隣の席が宮地になったのだが、その席で宮地が死んでいた。正しくは死人みたいな顔をして体を突っ伏していた。どうした、推しアイドルが引退でもしたか。いやそれなら宮地は学校を休んでそうだし号泣するだろうから違うな。宮地がアイドルに注ぐ熱は尋常じゃない。

「見てくれよこれ」

ピラ、と渡されたのは一枚のちらしだ。受け取って目を通せば、一番上に大きな文字で「秀徳祭! ミスター&ミス秀徳コンテスト!」ときらびやかな文字で書かれていた。

「あー、そう言えば今年から文化祭でミスコンするって言ってたね」

季節は秋。来月に我が秀徳高校では文化祭が行われる。文化委員の友達いわく、今年からミスコンを開催するらしい。どうやらこれは、そのチラシみたいだ。で、これと今の宮地の死にっぷりになんの関係が?

「……出ることになったんだよ」

「ミスコンに?」

「おう」

宮地の口から出てきた言葉は予想外のものだった。え、宮地ミスコン出るんだ。

「珍しいね。こういうの、出たがらなさそうのに」

「出たくねーよ」

「じゃあなんで」

「各部活から一人出すやつを決めろって言われてんだよ。であいつら面白がって俺にしろとか言いだしてる」

そういう仕組みなのか。たしかに文化委員の子がエントリーする人が少なくて困ってるとか言ってたけど、そういう仕組みにしたのなら大丈夫だろう。まあ宮地の顔かっこ良いしね、妥当じゃない?

「なんで俺なんだよ…普通一年が出るだろ」

「宮地がよく話してるあの電波くんが出たら面白そうだよね」

「あいつが出たらコンテストが破壊されるわ」

「そんなに?」

宮地とはまあまあ仲が良いので部活の話もよく聞く。その話の中でも、一年の電波野郎とうるさい奴という二人の人物が本当によく出てくるのだ。しかも話の内容から推測するに電波くんはどうやらモテる?そうなので、ミスターコンに提案してみたけどこの反応的に駄目みたいだ。電波くん一回生で見てみたいけどなあ。

「出たくねえ…」

「出たら良いじゃん」

「なんでだよ」

「かっこ良いじゃん」



「つーわけでミスコン出ることにしたわ」

「待て話が見えない」

俺が部室で宣言したら木村にそう突っ込まれた。後ろで高尾が爆笑している。あとで轢き殺す。

「だから今説明しただろ」

「説明されたけど、なんでかっこ良いって言われただけで出るんだよ」

「応援するよとも言われたからな」

「お前ほんと単純だな…」

木村は呆れ、高尾は笑いすぎて死んだ。そのまま死ね。
俺には好きな奴がいる。同じクラスで今隣の席の女だ。二、三年と同じクラスでありまあまあ喋る仲なのだが、いまいち進展していない。そんなあいつとミスコンについて話したのだが、あいつの言葉に後押しをされて俺はミスコンに出ることにした。

「出るからには一位とるわ」

「その真意は?」

「あいつが、私の友達がミスターコン一位とったらすごい自慢できそう、って言ったからな」

「目がガチすぎる」



下校中に教室に携帯を忘れたことに気がついた。地獄か。
教科書ならまだしも携帯を一晩教室に放置するわけにはいかないので、慌てて学校へと引き返す。一度通った道を戻り無事教室にまでたどり着いたのだが、そこには何故か自撮りをしている宮地がいた。地獄か。

「なにしてんの宮地……」

「げ、」

顔が合った瞬間顔を顰められた。見られたくないところを見られちまった、みたいな顔してるけど私だってこんな事故現場見たくなかったわ。

「…ミスコンの写真撮ってんだよ」

「へえ」

そういえば私が宮地とミスコンについて話した次の日、出ることに決めたとか言ってたな。すっかり忘れてた。ミスコンって自撮り写真が必要なんだ。

「見せてよ」

「…ん」

どんな写真を撮ったのか見たくて催促すれば、宮地は簡単に携帯を渡してくれた。宮地と一緒に携帯を見ながら写真フォルダを開くと、宮地の顔写真が山ほどでてきた。こっわ。これ、事情を知らない人がみたらめちゃくちゃナルシストだと思われるんだろうな。

「ポスター用の顔写真がいるんだよ」

「…宮地って写真盛るの下手だね」

「あ?」

宮地の写真をざっと見て行ったが、自撮りに慣れてない人が撮った写真だとわかるものばかりだった。下からあおって撮ってるやつとか真正面からのやつとかなんか二重アゴに見えるやつとか。自撮り下手あるあるすぎる。まあ宮地が自撮りに慣れてる方が嫌なんだけど。

でもこの写真を使うのは駄目だ。宮地はせっかく顔が良いのだからそれを全面に出していかなければならない。だって私、宮地にミスターコンで一位をとって欲しいもん。知り合いに一位の人と友達って自慢したいもん。ごめんね私欲にまみれてて。

「つーか盛るってなんだ」

「かっこよく撮ることだよ」

宮地の正面に立ち、カメラを構える。そして指示を出していくことにした。

「まずあご引いて、目線はあえて逸らして、」

「……」

「前髪ちょっとととのえて、……そうそう」

割と大人しく指示に従ってくれるので楽しい。そんな感じでいろんな指示を出しつつ何枚か写真を撮った。
そして宮地に見せる。

「ほら、これとか良くない?」

「……おお」

全然違うな、と宮地が嬉しそうに言った。喜んでくれると私も嬉しい。

「超かっこ良いよ宮地」



「うわびっくりした! お前なんで自分の自撮りを待ち受けにしてんだよ!」

「あいつが撮ってくれたからな」

「こえーよ!」



「明日から投票期間なんだよ」

「へえ〜もうそんな時期か」

朝学校に行くと宮地が席にいて、そう声をかけられた。あと文化祭まで二週間だしな。クラスの出し物であるやきそば屋の準備も進み出してるし、ミスコンもそりゃあ進むか。

宮地いわく、ミスコンの投票は事前にネット投票があり、当日にも別で投票があるらしい。そしてその両方の投票を集計した結果でミスター&ミス秀徳を決めるそうだ。

「じゃあ今晩投票しとくね」

「おー頼むわ」

「何回まで投票できるんだっけ?」

「一日一票」

「おっけー。ちなみに自信のほどは?」

「あ? 後輩共が面白がって俺を優勝させてこようとしてくるからあんじゃねーの?」

「すごいなバスケ部」

バスケ部は上下関係が厳しいイメージだったけどそんな後輩が面白がって応援してくることあるんだ。まあ最近仲良さそうだもんな。一学期のころは生意気な一年を轢くだの焼くだの物騒な発言が目立ったけど、夏休み明けから比較的マシになった気がする。比較的ね。

「宮地が一位になってほしいなあ」

「自慢できるからか?」

「まあね」

「お前の都合じゃねーか」

はっと宮地が笑った。その通りでございます。私の都合です。ごめんね宮地頼むよ宮地。

「…頑張るからよ、一位になったらなんかくれよ」

「なんか?」

宮地の方を見れば目線は合わなかった。宮地がこんなこと言ってくるなんて珍しいな。まあミスコン出るの嫌がってるのに背中押したのは私だからな。なんか見返りをくれ的なやつか? なんだろう、なにあげよう。思いつかないな。

「特に思いつかないから宮地が決めてよ」

「…は?」

「なんでも良いよ、宮地の好きなものあげる」

そう言えばここで宮地と目が合った。目を大きく開け、驚いた顔をしている。なに? そんな驚かれるようなこと?

「で、なにする?」

「……一位になってから決めるわ」

「そっかあ」

アイドルのライブチケットとかだったらどうしよう。お金貯めとかないとな。いや、その前に運を鍛えておく必要があるか? 運を鍛えるってなんだ??



「宮地やべえ! あいつ今日何本ダンク決めるんだ!?」

「なんか良いことでもあったのか?」

「さっき緑間に向けて笑ってたぜ」

「こええ」

「緑間が怯えてたわ」



ミスコンの投票が始まってから一週間。ちゃんと毎日宮地に投票しているから褒めてほしい。そう思って宮地に報告をした。

「あのね、宮地」

「なんだよ」

「私毎日投票してるよ」

「…さんきゅ」

「日付が変わる瞬間まで起きて、一番最初に投票してる」

そう言えば宮地は、胸を抑えて目を閉じてしまった。そしてそのまま噛み締めるようにありがとうと言われた。すっごい独特な喜びかただな。



文化祭当日になった。私は自分のクラスの焼きそばを作ったり、ほかのクラスの友達のところへ行ったりと割と楽しく過ごしていた。最後の文化祭だしね、楽しまないと。宮地とはクラスの当番が被らず、今日一日会っていない。だけど今から会える。否、今から宮地の顔を見れる。
そう、私は今ミスコン会場に来ていた。結構早めに来て、一番前を死守している。開始まであと五分。

「宮地出るの楽しみだなあ」

「ほんと宮地のこと好きだね」

「そう?」

同じクラスの友達も一緒に来てくれた。
ほらこれ見て!と持っていたうちわを友達に見せたらハイハイと流される。みなみにこれはただのうちわではない、この日のために頑張って徹夜して作ったうちわなのだ。普通の百均のうちわに、派手な画用紙で『ウィンクして』とハートマーク付きで書いている。アイドルっぽくて良いでしょ。

「最近ずっと宮地の話ばっかりしてるよね」

「まじ?」

「まさか自覚なし?」

私ってそんなに宮地の話ばかりしてたっけ。最近たしかに前よりは絡んでるなとは思ってたけど、そのことを周りに喋っていたとは。自覚は全くなかった。

「宮地の気持ちはばればれだし、てっきり両思いかと思ってたわ」

「え、宮地って私の事好きなの?」

「え、気づいてないの?」

友達とえ? え? と顔を見合わせていたら大音量で音楽がなり始めた。ミスコン開始の合図だ。慌てて私は前を向くけど頭の中はそれどころじゃない。え? 宮地って私の事好きなの? まじ? まじで? いや、そんな素振り今まであったっけ? 言われたらあったようななかったような……あったっけ?

『それではまずはミスターから! エントリーナンバー一番、サッカー部の……』

視界の声が聞こえて、男の人が前の道を歩いていく。ユニフォームを着て髪を整えた笑顔の男の人。あ、この人知ってる。隣のクラスのサッカー部のキャプテンじゃん。かっこよくて有名だしまあ出るわな。サッカー部のキャプテンはキャーキャーという女子の声を受けながらポーズをとる。カメラのシャッター音が客席から何度も聞こえた。割と楽しいなこれ。私も一枚だけ写真を撮った。ミーハーでごめん。

そんな感じで、色々な部活の代表者が紹介されては歩いていく。服装も各部活ごとに色々工夫されていて見ていて面白かった。そう言えば宮地、なんの服着るんだろう。聞いてなかった。

『それでは次! バスケ部三年の宮地清志!』

そしていよいよ、次は宮地の番だ。うわあ、何故か私が緊張してきた。さっきの宮地が私を好きかもしれない、という話は一旦頭の中から追いやって、私はミスコンを楽しむことに専念しようと思った。

「かっこい……」

宮地はなんとスーツを着て出てきた。シンプルに顔が良いから似合いすぎて半端ない。髪の毛もしっかりセットされていていつもとは別人だった。笑顔(あれは多分作り笑顔だ)で歩いていき、ニッコリとお辞儀をする。すると女子の歓声が一際大きくなった。やっぱ顔が良いからなあ。あと男子の歓声も尋常じゃない。あれ絶対バスケ部の声だよね。特定の場所から聞こえてくるもん。宮地の笑顔が一瞬引きつったように見えた。

ふと、宮地と目が合う。さっき友達に言われた、宮地が私のことを好きかもという話を思い出し顔が思わず熱くなった。駄目だ駄目だ、一旦忘れろ。今はミスコンを楽しむことに専念するんだ。それでもなんだか恥ずかしくて、私はその恥ずかしさを誤魔化すためにうちわを前に出した。

「え、」

そしたら、宮地がウィンクをしてくれた。なんで? …あ、そうだ、うちわに書いてたんだった。私が自分でうちわにウインクして、って書いたんだった。宮地がしてくれたウィンクは、アイドルみたいにバチコーンという効果音が付きそうなやつだった。それを見て何故か胸がキュンとした。てか割とノリノリじゃん宮地…。咄嗟に写真を撮った私を誰か褒めて。

そのまま宮地は男からも女からも大歓声を集めながら戻っていった。人気者すぎ。



『今年のミスター秀徳は、バスケ部の宮地くんです! そしてミスは、』

ミスター候補とそのあとにミス候補の女の子も同じように登場して、投票が行われた。その結果、なんと宮地が本当に一位をとった。すごいな。ちなみにミスは学年で一番可愛いと言われている三年生の女子がとった。妥当。

宮地はステージ上にあがると、これまた作り笑顔で「応援してくれてありがとうございます」と言った。とりあえずその姿を写真に収めておく。優勝出来て良かったね宮地。



「おめでとう宮地!」

ミスコンが終わりしばらく経ち、文化祭が終わる間際。私は宮地に呼び出された。

「おう」

スーツ姿の宮地は疲れ切った顔をしていた。そりゃそうだ。だって宮地はあの後、部活の人たちや女の子達に囲まれてたんだから。その対応で疲れたのだろう。

「で、どうしたの? 急に呼び出して」

さてここで二つ問題がある。それは宮地が私のことを好きかもしれない問題、そして宮地が一位をとったらなんでも好きなものをあげると言ってしまった問題だ。
でも前者の、宮地が私のことを好きかもしれないというのはまだ確定の話じゃない。もしかしたら友達の勘違いかもしれないからだ。そうそう、大丈夫大丈夫。気にする必要はない。

「…いや、一位をとったらなんかくれるって言ってただろ」

「うん」

とか考えてたら二つ目の問題が来た。そう、宮地が何をねだってくるかだ。私のお財布事情で買えるものなのかどうか。それが心配。

「あれって物じゃなくても良いか」

宮地は私と目を合わせることなくそう言った。てかスーツ着てる宮地って改めて見たらめちゃくちゃかっこ良いな…惚れそう…。あれ? 私単純すぎるのでは? さすがに単純すぎ。でもウィンクは本当にかっこよすぎて心臓に来た。

「だ、大丈夫だよ」

思わず吃った。物じゃない、ってことはなにをねだられるんだろう。

「……今度、どっか出かけねえか」

小さな声で宮地はそう言った。宮地の顔は見えないけど、耳が赤くなっているのが分かる。
これはもしかして、

「…良いけど」

友達の言っていたことは本当なのかもしれない…???


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