友達に誘われて肝試しに行った。どうやらそれがいけなかったようだ。 私たちが行ったのは古い病院だった。友達と三人で行ったのだが、着いてすぐに友達のうちの一人が気分が悪くなり離脱した。私ともう一人の子も、病院に入ってしばらくするとめまいのような感覚に襲われたので、怖くなって急いで帰ったのだった。 次の日、学校に行く途中で車に跳ねられた。目が覚めたら病院で、私は骨折など目立った怪我はしていないけど三日間意識不明の状態だったらしい。暫く入院した後、退院して家に帰れば昔友達に貰った大切なアクセサリーが粉々になっていた。家族に問いただしたけど誰も触っていないそうだ。さらにその日の夜、階段から携帯を落とし携帯が真っ二つになった。夜寝ているととんでもない悪夢を見て何度も目が覚めた。次の日、携帯を直しに行くために外へ出たら、寝不足で階段から落ちたし川に財布を落とした。 この辺りから、肝試しが頭をよぎるようになった。慌てて友達に連絡してみたけど、こんな状況になっているのは私だけらしい。 もう何もかもが最悪だ。祟られているとしか思えない。お祓いに行った方が良いのだろうか。 怪我も治り、携帯も直り、ニ週間ぶりに学校に行くことになったが気分は憂鬱だった。行き道のどこかで、また怪我をするかもしれない。怪我だけでなくもしかしたら死んでしまうかもしれない。親が心配して送ると言ってくれたが、親まで怪我をされたら最悪なので、その申し出は断った。私は周りに気をつけながら慎重に通学路を歩いていていく。 「おい!!」 「え?」 もうすぐ学校に着く、というところで大きな声とともに急に腕を掴まれた。振り向けば、同じクラスの森山が真っ青な顔をしてそこにいた。 「お、お前、なにしたんだ」 「……なにが?」、 「背中のだよ!」 怒鳴るようにそう言われて私は思わず萎縮した。普段の森山は、女好きで飄々としていて、女子に怒鳴るような奴じゃない。いつもと違うその態度に、なにか深刻な雰囲気を感じ取った。 「…最近、悪いことばかり起きてないか」 「お、起きてる!」 悪いこと、すぐにピンと来た。私はすがりつくように森山の手をにぎりしめる。なにが分かるの、なにが見えているの森山。なんだって良いから助けてほしい。 「…とりあえず、学校が終わったら連れて行きたいところがある」 森山は救世主だった。 「俺の知り合いに神社の息子がいるんだ」 放課後になり、私たちはタクシーの中にいた。急いだ方が良いと言って、森山が手配してくれた。神すぎる 「そうなんだ」 「そこなら確実にそれをどうにかしてくれる」 それ、と言い森山は私の後ろを指さした。振り返って見るがなにもいない。森山には何が見えているんだろうか。 「しかもその知り合いは、今日は親がいない代わりに神社にいる。話を通しやすい」 「へえ」 「俺らと同じ歳なんだけどな、祓う系はそいつがいる時が一番良いんだ」 森山は霊や妖怪が見えるらしい。元々見えるうえに、女子にモテるために色々と調べたから、大体のことは知っているそうだ。確かに女子は霊とかスピリチュアルとか好きだもんね。私もどちらかというと好きな部類だったけど、こうして自分の身に災難として降り掛かってるせいでもう嫌いになった。 「祓う、ってことは私になにか取り憑いてるの?」 「ああ、かなりやばいやつが憑いている」 「…そんなにやばいんだ」 森山は真面目な顔で頷く。 「そいつはお前にしか興味を持っていない」 お前にしか興味を持っていないから、そばに居ても俺には何も無いんだ、と森山は続けた。 なるほど、道理で私だけ嫌なことが起こり続けるんだな。友達に嫌なことが起きてほしいとは断じて思ってないけど、なんで自分だけなのか不思議だった。 「お前が死ぬまで取り憑き続けるだろうな」 「え、私、死ぬの?」 さらっととんでもないこと言われた。驚いている私を見て、大丈夫だ、と森山は言う。 「そうならないために祓いに行くんだよ」 「なるほど」 「そもそも、元々惹きつける体質みたいだな」 「惹きつける、ってなに?」 「霊的なやつに憑かれやすいってことだよ」 「えっ」 「今まで何も無かったのか?」 思い返してみるが心当たりは全くない。霊感なんてないし、霊の姿どころか気配すら感じたことがなかった。 「じゃあ、今まで気づかれてなかっただけだな」 「気づかれる?」 「霊にお前の体質が知られてなかったってことだよ」 「へえ」 「一回気づかれたら、こういうのはめんどくさいんだ」 「そうなの?」 「いま取り憑いてるやつを祓ったあとも、色々と気をつけた方が良いぞ」 …え、今取り憑いてるやつをどうにかした後も、こんなことが起きるかもしれないってこと? 最悪。気をつけるって何を気をつけたら良いんだろう。とりあえず一生心霊スポットには行かない。 「お、着いたぞ」 タクシーから外を見れば、そこには立派な神社があった。森山にはかなり抵抗されたが、さすがに私がタクシー代を払ってタクシーを降りた。 「ここに俺の知り合いがいる」 「立派だね」 「だろ? ここの狛犬が上手く祓えるんだよ」 「狛犬?」 狛犬が祓える、ってなんだろう。 神社に向かって歩く。大きな鳥居をくぐった瞬間、少しだけ肩が軽くなったように感じた。え、すごい。なにこれ、気持ちの問題? 思い込み? いや、でも、本当に肩が軽くなった。 「お、笠松」 森山がそう言って、奥へ小走りで進んだ。そのあとについて行けば、私たちと同じ歳ぐらいの男の子がほうきを持って立っていた。黒髪短髪で目のはっきりした男の子だ。笠松、というのが彼の名前なんだろうか。 「よお、森山。……ってうわ! お前!」 「なんだよ」 「なんつーもん連れてきたんだ!!」 笠松くんは私の方を指さして、でも視線は森山に向けてそう叫んだ。声の大きさに少し驚く。発言から察するに、私の背中にいる霊のことを言ってるんだろう。神社の子が叫ぶほどのやつなんだ…。 「俺に言わずこの子に言えよ」 「うるせえ!」 二人はしばらく言い合っていたが、私が笠松くんと目が合うことは無かった。もしかして嫌われた? そんなやつ連れて来んなよって思われてる? 不安げに森山を見れば、私の訴えに気づいたようで悪い悪いと言った。 「こいつ、女子とまともに喋れないんだよ」 「そうなんだ…」 一向に目が合わない笠松くんを見て私は色々と納得した。女子と喋れないなんて、神社で働いていて苦労しないのかな? 「とりあえず、頼むよ笠松」 「…わかったよ。こっちに来てくれ」 笠松くんは私と目を合わせることなく、神社の中へと進んで行った。私と森山もその後に続く。案内されたのは神社の中でもさらに奥、普段なら絶対立ち入れないような所だった。 「ここだ」 そう言って笠松くんは目の前の扉を開ける。中は小さな部屋だった。広さはだいたい四畳ぐらいだろうか。天井は低く壁には数枚御札が貼られていた。 「……怖い」 そう呟いた瞬間、肩がずんと重くなる。嫌な重さだった。 「そういうこと言わない方が良いぞ」 「え?」 「後ろにいるやつが反応する」 後ろにいるやつ、というのは私に取り憑いている霊のことだろう。そう思うと一気に気分が悪くなった。ああ、やっぱり本当にいるんだな。 「真ん中に座ってくれ」 部屋の中央には黒い座布団が置かれていた。部屋の雰囲気は怖く感じるが、ここで怖気づくわけにはいかない。荷物を森山に預けて私は恐る恐る中央の座布団へ座った。相変わらず肩は重い。 「良いか、今からそれを祓う」 笠松くんは器用にも私と目が合わないようにしつつ、私へと説明をしてくれた。 「まず祓うのは俺じゃない」 「え、」 てっきり笠松くんが祓ってくれると思っていた。てことは誰だろう。別の人が今から来るんだろうか。 「ここの守り神が祓うんだよ」 「…守り神?」 守り神。非現実的な話が出てきた。それでも今この身に降り掛かっていることを思えば、信じられない話では無かった。 「守り神って言ってもうるせえ犬みたいなもんだけどな」 はは、と笠松くんが笑う。その笑顔は馬鹿にしたものではなくて、その守り神のことを大切に思ってるんだろうなあ、と思える笑顔だった。 「森山はその守り神のことが見えるの?」 「ああ、今もいるぞ」 「うそ!」 そこ、と森山が指をさしたのは私の左側だった。驚いて顔を向けるが何も見えないし、何も感じない。 「お前は見えないもんな」 たしかに私には何もわからない。守り神なんでそんなすごい存在、正直言って見てみたかった。少しだけ、見える人だったら良かったのになと思った。 「…じゃあ始めるか」 笠松くんにそう言われ、私は改めて姿勢を整える。座布団の上に正座をして背筋を伸ばした。 「今からこの部屋に一人にするから、目をつぶって待っててくれ」 「…うん」 「そしたらそいつが祓う。苦しいかもしれないけど我慢するんだ」 この部屋に一人にされるのは怖い。でもここは踏ん張りどころだ。てか、祓うことって苦しいんだ。昔心霊番組で見た悪魔祓いの様子が頭の中に浮かんだ。あんな風に奇声をあげたり暴れたりするんだろうか。…嫌だな。 「準備は良いか」 「……うん」 でも、耐えるしかない。ここ最近の不幸を思い返せば耐えれるはずだ。大丈夫、と頷いて返せば森山が頑張れよと言ってくれた。そして二人は部屋から出て、ゆっくりと扉が閉められる。私も目を閉じてその時を待った。 どれくらい時間が経ったのだろう。目を閉じているから分からないけど、相変わらず真っ暗で何も感じなかった。隣にいるらしい守り神の気配も、背中にいる取り憑いている霊の気配もしない。いつまで待てば良いのだろうか。そう思ったその時、 『…………ス……』 「う、っ!」 突然首を絞められる感覚がした。咄嗟に自分の首に手を触れる。しかし触れる感覚はなにもない。何も私の首を触っていない。それでも絞められ続けて、私は苦しくて座布団から崩れ落ちてしまった。 「や……うぅ……!」 『……殺……ス………………』 頭に血がのぼってガンガンと脈打ち始める。血管が爆発しそうだった。体を転がして抵抗するけどなんの意味もない。首はどんどん絞まっていく。苦しさのあまり目を開いた。 「ひっ!」 『殺、ス……!!』 目の前には顔があった。いや、顔と言って良いのか分からない。頭は崩れていて皮膚もところどころ剥がれ落ちていた。本来目があるはずのところは空洞で黒い闇が広がっている。こ、怖い! 怖すぎる! 口の端からは血が滴っていて、その奥から地響きのような低音で、殺す、と聞こえてきた。あまりの恐怖に涙がこぼれ落ちてくる。こんなものに憑かれていたのか、私は。 首を絞める力がいっそう強くなり、いよいよもう駄目だと思った。そんな時、 『どけ』 目の前から顔が消えた。と同時に締められていた首も解放された。 「げほっ、うえ、……!」 反射的に咳き込んでしまう。苦しい。本当に死ぬかと思った。私は首を押さえながら体を起こす。一体、何が起こったんだ。 前を向けば、人がいた。…え、いつのまに現れたんだ。私からは後ろ姿しか見えない。暗闇の中なのにこの人は全身がきらきらと輝いていた。髪は綺麗な黄金色で、頭には角と耳がある。背にはくるりと丸まった尾が生えている。神主のような服装をしていた。 『……』 「……あ、」 目の前の人は振り向いて、私の顔を見下ろした。男の人だった。とても綺麗な顔をしていて、私は息を呑んだ。口からは牙が覗いている。 耳、角、牙、そして丸まった尾。森山が言っていた狛犬という言葉が頭の中に浮かんだ。彼がきっと、この神社の守り神なんだろう。光っているその姿はとても神々しかった。 彼は私を一瞥したあと、再び前を向く。その視線の先には、さっきまで私の目の前にいた酷く恐ろしい霊がいた。 『……消えろ』 『ア、ア、アアアアアアアア!!!!』 彼はそう言って右手をサッと横に振る。その瞬間、霊の断末魔が響いた。その声の大きさに私は耳を塞いでしまう。地獄の底から響くような、嫌な声だった。 彼はそんな声に構いもせず今度は右手を上から下に、縦に振り下ろす。するとより一層断末魔が酷くなり、そして、 「消えた……」 まるで粉々になるように、霊は霧散して消えてしまった。…ああ、本当に祓ってくれたんだ。 私は目の前の守り神にお礼を言いたくて声をかけようとする。しかしその瞬間、視界が真っ暗になった。 「大丈夫か?」 目を開けると目の前には森山がいた。体を起こしてあたりを見渡す。さっきと変わらない部屋だ。どうやら、部屋の中央で眠っていたみたいだ。 「上手くいったみたいだな」 笠松くんがそう言う。確かに体が軽い。嫌な気だるさもなくなっていて、空気が何倍も澄んだように感じた。 「あ、お礼を…」 さっきこの身に起きた出来事を思い出す。そうだ、私、ここの守り神に助けて貰ったんだ。 「お礼?」 「祓ってもらった時に守り神の姿を見たの。お礼を言いたいんだけど…」 「あいつならもういねえよ」 「え?」 「終わったからもう戻るとか言ってたな」 「どこにいるか分かる?」 そう聞けば二人は困ったような顔をした。さすがにこのまま帰る訳にはいかない。そんな失礼なことはできない。ずっと悩んでいて、苦しんでいたことから助けてくれたんだからお礼を言わないと。 部屋から出て、神社の外ヘ行く。森山にあいつならあそこにいるぞ、と神社の屋根を指さされたが何も見えなかった。 「わからない…」 「やっぱ見えないままなんだな」 「あのー! ありがとうございます!」 姿は見えないけどそこにいるなら声は届くだろうと思い、声を張ってそう言った。横で笠松くんがぎょっとしているが気にしない。だって周りに人いないし。 「何回か来たら見えるようになるかもな」 帰り際、森山に言われた言葉が頭に残っていた。 「お前に礼を言いたがってたぞ」 『どうせすぐ忘れるでしょ』 めんどくさい女が帰ったあと、笠松さんに声をかけられた。俺は神社の屋根に腰掛けたまま返事をする 本当にめんどくさいやつだった。取り憑いていた霊がそこそこ力のあるやつだったせいで空気は乱れるし、仕方なしに祓ったらありがとうと叫んできてうるさいし。 『人間は薄情なんすよ』 この神社に居着くようになってから数百年。俺は人間のことが好きではなかった。 ここ十数年は笠松さんが俺の事を見えるおかげで楽しく過ごしている。笠松さんは厳しいし怖いけど俺にまっすぐ向き合ってくれる良い人だ。他にもさっき来ていた森山さんとかも好きな人間の部類に入る。でも、ほかの人間は信用出来なかった。自分が苦しい時だけ縋ってきて、いざ助ければそんな恩も忘れすぐに去ってしまう。昔からそうだだ、つまらない。 「めんどくせえなお前」 『誰がめんどくさいんすか!』 笠松さんに文句を言えば、はいはいと受け流された。 「そえは何回も行くしかないだろ!」 「ん?」 祓ってもらった後、森山とわかれて家に帰ってきた。私の気持ちは晴れやかだった。もう、怪奇現象に悩まされる必要は無いんだ。最高の気分だ。 「お前も今帰ってきたのか?」 「あ、早川」 家に入ろうとしたら、同じタイミングで家に帰ってきたらしい早川に声をかけられる。彼は私の隣の家に住んでいて、私たちは幼なじみだ。私の一つ下で昔は充洋と下の名前で呼んでいたが、今はどうも気恥ずかしくて名字で呼んでしまう。それでも仲は良かった。 「なんかすっきいしてんな!」 開口一番にそう言われたもんだから、私は早川をちょいちょいと招き今日起きたことを伝えた。早川は私が入院していたことも知っているから、それが全て霊の仕業だったと知ると驚いていた。と同時にもう祓われたことをとても喜んでくれた。嘘みたいな出来事なのに何も疑わず信じてくれる、この素直なところが早川の良いところだ。 そして全てを話し終えたあとに言われたのが、冒頭の台詞だ。 「何回も行く?」 「何回も来たら見えうようになう、って言わえたんだお?」 早口でラ行があまり言えない早川だが、幼なじみの付き合いもあり何を言っているのかだいたい分かる。何回も来たら見えるようになる、というのは最後に森山に言われた言葉を指しているんだろう。 「じゃあ何回も行けば良い!」 「……確かに」 自信満々に言う早川。私はその通りだと思った。あんな辛いことから解放してくれたんだ、姿を見てちゃんとお礼をしたい。あの綺麗な姿をもう一度見てみたいという個人的な願望もある 「うん、そうしてみる!」 「おう! あとおえも行っていいか?」 「え?」 何故か早川も着いてくることになった。 「てなわけで今日の放課後も行ってみようと思う」 「まじか」 次の日のお昼休み、森山の元へ行きそう伝えた。 「真剣なんだな」 「もちろん」 深く頷けばすげえなと返ってきた。目標は守り神の姿を見えるようになってちゃんとお礼を言うことだ。 「ちなみに私の幼なじみも着いてきたいって」 「そいつは霊とか見えるのか?」 「聞いたこと無いけど、どうだろう」 早川と霊が見えるかどうか話したことがない。早川も見えないと思うけどどうだろうか。実は見えるとかありそうだな。 「じゃあ見えるやつがいた方が良いな」 「森山着いてきてくれるの?」 「俺、今日はパス」 森山は指で小さくバツを作ってそう言った。この言い方的に女の子関連だな。でも神社に行く度に森山に着いてきてもらうのは申し訳ない。今日は早川と二人で行くかな。 「その代わりほかの見えるやつに声掛けとくわ」 「えっ、いいよ別にそんなの」 申し訳ないと手を振る。が森山は気にせずスマホを開き、メッセージアプリで誰かに連絡を取り始めた。しばらくして、森山は私にメッセージアプリの画面を見せてきた。 「大丈夫だってよ」 「誰が?」 「小堀」 「え、小堀?」 温厚な笑顔を浮かべる小堀の姿が思い浮かぶ。小堀は去年同じクラスで、背が高くとても人が良い男だ。え、小堀も霊の姿とか見えるの? 「俺と小堀と笠松は中学が同じなんだよ」 「へえ…」 「お前とその幼なじみ? だけでいっても笠松が困るだろうし、小堀と行ったほうが良いと思う」 「本当にありがとう…」 私は森山に向けて両手を合わせる。本当に良いやつだ。なんでモテないんだろう? 「よお」 「あ、小堀」 放課後。早川と一緒に正門で待っていたら小堀が来た。片手を上げてそれに応える。 「ごめんね、急に」 「いや、俺も笠松のあいつに久々に会いたいと思ってたから、ちょうど良いよ」 笑顔でそう言ってくれる小堀はあまりにも優しい。人が良すぎる。 「紹介するね、私の幼なじみの早川。この高校の一年生なの」 「よおしくお願いします!!」 「おお、よろしく」 忘れてはいけない。早川のことを小堀に伝えれば、早川は背筋をビシッと伸ばして挨拶をした。 「おえもその守り神を見てみたいです!」 「私も見てみたい」 「あいつの機嫌しだいだろうなあ」 はは、と小堀が笑う。この様子だと小堀は守り神のことをよく知ってそうだ。とても心強い。 今日は神社までバスで行くことにした。タクシーより時間はかかるけど、値段はぐっと安くなる。 バスの中では小堀が中学時代の話をしてくれた。小堀と森山と笠松くんは霊が見えるもの同士でとても仲が良かったらしく、神社にも何度か遊びに行ったそうだ。そこであの、守り神とも知り合ったとか。 「笠松はすげえぞ、あいつをしっかり従えてる」 「神様なのに? すごいね」 「あいつらには信頼関係があるからな」 バスから降りて少し歩けば、昨日ぶりに神社に着いた。昨日歩いた道を同じように進むと、境内をほうきで掃く笠松くんがいた。お仕事中に失礼します。 「笠松!」 小堀がそう呼べば、笠松くんがこっちを向く。もちろん私と目線を合わせないように。 「来たか」 「久しぶりだな、笠松」 「はじめまして! おえ、早川って言います!」 「森山から話は聞いてるよ、こっちだ」 森山が事前に連絡してくれたらしく、笠松くんはスムーズに神社の裏道に案内してくれた。つくづく森山は気配りがすごい。本当になんでモテないんだろう? 「なんで裏道に?」 「あいつが人が多いとこは行きたくねえって駄々こねんだよ」 『こねてないっす!』 「おお、よお」 笠松くんがそんなことを言ったあと、小堀が突然何も無い空間に向かって手を上げた。え、なに? 「どうしたの?」 「あそこにいるぞ」 「え! 見えない!」 「うおお! すげえ、本当に狛犬がいう!!」 「え!!」 「お前も見えるのか」 とんでもないことになった。小堀だけじゃなく、早川も見えているらしい。小堀に指差さされた先を目を凝らして見るが何も見えない。影や気配すらわからない。ただの砂利が広がっているだけだ。早川がほあ!あそこ!と興奮した様子で言ってくるけど、待って、本当に何も見えない…。 「お前その耳ほんとうに生えてうのか!? 角も!? 尻尾も!?」 『なんすかこの人…テンションたか……』 「すげー! 輝いてう!」 「いいなー! 私も見たい!」 『うるさ…』 守り神がいる(らしい)場所を早川がグルグルと回って話している。耳と尻尾、という単語を聞いてあの時に見た彼を思い出した。耳と尾と角があり、キラキラと輝いていた。間違いない、そこに彼がいるのだ。見たい、見てちゃんとお礼を言いたい。 「まあ何度か来たら見えるようになるだろ」 『ちょ、余計な事言わないで!』 落ち込んでる私に気づいた小堀は、昨日の森山と同じことを言った。 ほんとにうざい。うざすぎる。 目の前でぐるぐる回る男と近くに居る女を見て心の底からそう思った。小堀さんはまあ良い。この人は良い人だし、人間の中でも森山さんと並んで好きな部類だ。でもこの二人、特に女の方が好きではなかった。わざわざ二日続けて来るなんて白々しい。恩とか感謝とか、どうせすぐ忘れるくせに。こう言う人間は、昔から散々見てきた。 「ありがとうな、笠松」 「ああ」 「あ、これ昨日のお礼です。またお礼をしに来させてもらいます」 「おえもまた来ます!!」 また来るだって? 冗談じゃない。三人が帰ったのを見て、俺は笠松さんのところに近づく。 『笠松さん〜、もう来んなってあの女に言ってください』 「あ? 自分で言え!」 『いて!』 こそっとそう言えば思いっきり蹴飛ばされた。ちょ、痛い! 仮にも神様である俺の事蹴ってくるとか、そんな人間絶対この世にこの人しかいない。乱暴だ! 『だって見えるようになるまで来るとかいうんすよ! 邪魔でしょ!』 「じゃあ姿見せてやれば良いだろ」 『嫌っすよ!』 余計にめんどくさそうじゃないっすかあ、と訴えればうるせえ!とさらに怒られた。ひどい人だ。 俺はわざと人間に姿を見せることが出来る。特別霊感のある人間だけが俺の姿を見ることが出来るが、俺だって立派な神なのだ。あえて姿を見えるようにするなんて簡単なことだ。でも、そうしてまであの女に姿を見せてやろうとは思わない。 「おい」 『なんすか』 「お前は素直だから、あの体質には気をつけた方が良いぞ」 『俺には関係ないやつでしょ』 あの女の体質は知っていた。霊を惹き付ける体質。祓った時に気づいたが、今まで眠っていた体質が今回取り憑かれたことによって目覚めていた。良いものから悪いものまで惹き付けてしまう体質。まあ俺には関係ないけど、神様だし。 「いや、わかんねえぞ」 『…なんでそんな顔するんすか』 笠松さんはニヤリと笑ってそう言った。だから俺、仮にも神様なんですよ!? あんな女に惹かれるとか、万が一にもないない。 「こんにちは」 「……どうも」 あれから一ヶ月。毎日とは言わないけど週二回か三回ぐらいのペースでこの神社に来ていた。最初は全く目が合わなかった笠松くんも最近は少しだけ目が合うようになってきた。慣れてきてるなあ。嬉しい。 毎回姿の見えない守り神にありがとうございましたと伝えて神社を出る。初日は長居してしまったけど、基本的に笠松くんたちも忙しいから短い時間で帰るようにしていた。のだが、 「あ!」 「……どうした?」 いつも通り裏に行けば、ぼんやりと人影が見えた。姿かたちははっきりしないけど、その人影には耳と角と尾が生えている。 「見える! すごくうっすらだけど!」 「おー、良かったじゃねえか」 『げ、まじか』 「声はどうだ?」 「いや……」 声は聞こえなかった。姿は影のようにぼんやりとしていて表情は全くわからない。でも、ちゃんと見える。守り神がここにいるのが分かる。森山や小堀が言っていたことは本当だった。繰り返し来れば見えるようになる、と。 「それにしても、綺麗だなあ」 「うっすらでも分かるのか?」 「なんとなく。綺麗な姿しているなあって」 「へえ…だってよ」 『だからなんだって言うんすか!』 影の方を見ながらニヤリと笑い笠松さんがそう言った。途端に守り神の影の動きが激しくなる。一体なんて言ってるんだろう。 女は一度だけじゃなく何度も何度も来た。その度になにか手土産を持ってきて、俺の事見えてもないくせに丁寧にお礼だけしてすぐに帰っていく。なんだこいつ。たった一回祓っただけなのに、こんな律儀に何度も何度も。恩着せがましいやつ。 「お前のこと綺麗だって」 『聞いてましたけど』 「良かったじゃねえか」 ニヤニヤと笠松さんが笑っている。何が面白いんだこの人は。俺が綺麗とか、そんなん俺が一番分かってるし。 何回も何回も来て、たったちょっと見えるようになっただけで綺麗綺麗とか騒いで馬鹿みてえ。 『……めんどくさいっす』 でも、何故か嫌な気分はしなかった。 森山と小堀、早川にぼんやりだけど見えるようになった!と伝えれば、面白がった森山が次は俺も行くと言った。なので数日後、二人で神社に来てみた。すると、 「すごい……!」 この間は人影しか見えなかったのに、今日ははっきりと見ることが出来た。 神主のような白の服を見にまとい、黄色に輝く髪が風でなびいている。頭には立派な耳と角が生え、背中にはくるりと丸まった尾。目が会った瞬間、あの時のことを思い出した。私に取り憑いた悪霊を祓ってくれた、あの時のことを。 「……」 『……』 彼と目が合った。見えるようになったら直接伝えたいことが沢山あった気がするのに、言葉が何も出てこなかった。影でも充分綺麗だと思ったけど、格が違う。立ち姿、オーラ、顔、全てが私を動けなくさせた。本当に、綺麗だ。 『……じろじろ見んなよ』 彼が口を開く。隙間から牙が見えた。その声を聞いて、私ははっとして声を出す。 「あ、あの!」 『なに』 「助けてくれて、ありがとうございました!」 『……別に良いけど』 ツン、と彼は顔を背ける。肩を叩かれて横を向けば、何故か笑いを堪えている森山がそこにいた。え、なに? その顔。 「なに?」 「…良かったじゃねえか、気に入られて」 『は!? 気に入ってなんかないんすけど!』 「あはは! お前、無理あるって!」 『うるさいっす!!』 耐えきれず笑い出す森山に対して、彼はギャンギャンと吠えだした。さっきまでツンとしていた彼はどこへやら。落ち着けってと笑う森山に文句を言い続ける彼は全く印象が違って見えた。なんというか、本当に仲が良いんだなあ。そう思って笠松くんの方を見れば、何故か笠松くんも少し笑っていた。 「で、見えるようになった感想は?」 『ちょ! 俺の話聞いてます!?』 「すごい綺麗……」 『う、』 「ぶはっ!」 そりゃもうとても綺麗だから、そのことを伝えれば森山が噴き出した。だからなんでそんなに大爆笑?守り神の彼は焦ったような表情で笠松くんの方を見た。 『笠松さん、なんとか言ってほしいっす!』 「お前わざと見えるようにしただろ」 『そうじゃなくて!』 彼は再び吠えだした。笠松くんと森山は相変わらず楽しそうに笑っているし、私だけが取り残されている。わざとってなんの話だろう。 「あー、おもしろ! お前やっぱ惹きつけやすいんだな」 「なにが?」 『もー! 黙ってて!』 森山の言葉の意味を理解したのは、それからずっと後のことだった。 ← → 戻る |