居候をすることになった。 きっかけは両親の海外出張だった。海外に行くことになったと言われたのが去年の夏。最低でも三年は日本に帰って来ないと言われた。 その時高校二年生だった私は海外に行くことに猛反対した。英語なんて話せないし、慣れない土地で暮らすのは嫌だし、友達と離れるのも嫌だし、何よりも行きたい大学があったのだ。一人暮らしでも良いから日本に残りたい、と毎日のように親に訴えた。 その結果親が折れた。私が一人で日本に残ることを許してくれたのだ。ただ、防犯上の問題から一人暮らしは駄目だと反対された。私を預かってくれるような親戚はおらず、どうすれば良いのかと途方に暮れた。 半年間何度も何度も親と話し合って、最終的に父親の友人の家に居候させてもらうということで折り合いがついた。私はその人と直接の面識はないけれど、海外に行くよりはマシだと思った。 というわけで現在、高校三年生の春。私はその人の家に来た。 「こんにちは」 「…うっす」 事前に教えてもらった住所に来てみたら、大きな家があった。そしてがたいの良い男の子が私を出迎えてくれた。私の父親の友人の息子、火神大我くんだ。ちなみに今日が初対面である。 聞いた話によるとこの子は高校一年生だそうだ。つまり私の二つ下。そんな年頃の男の子がいる家に私が住んで良いのかと心配になったけども、父親いわく彼も了承してくれているらしい。居候とかあまり気にしない性格なんだろうか。 「一年間お世話になります。よろしくね」 そう、私がこの家にお世話になるのは一年だけだ。私が行きたい大学には寮がある。なので大学に合格して高校を卒業したら、その寮に住むと親と約束したのだ。 「お、おう」 私の長所は人見知りしないことだ。笑顔で手を出せば、火神大我くんは戸惑ったように手を合わせてくれた。これからよろしくという握手をする。手でかいなこの子。 「…じゃあ、家案内するから」 そう言う彼についていく。ここがキッチン、ここがトイレ、ここがお風呂、と簡単に家の中を案内してくれた。めちゃくちゃ広いなこの家。年下の男の子と一緒に暮らすなんて、と思っていたけど、ここまで広ければ気にならない気がする。 「で、ここがあんたの部屋、です」 あんた呼ばわりが気になったが、お世話になる身として文句を言う訳にもいかない。指し示された部屋は八畳ほどの部屋だった。中を覗けば、事前に送ったダンボールが積み上げられてるのが見える。あ、中に運んでくれたんだ。 「荷物、中に運んでくれたの?」 「ああ」 「ありがとうね」 別に、と照れたように火神大我くんが言った。無愛想に見えるけどめちゃくちゃ良い子そうだ。良かった、この子となら仲良くできそう。 「…そういえば、お父さんは?」 私の居候を許可してくれた、父親の友人である火神大我くんのお父さん。はじめましても兼ねて挨拶をしたいと思った。 しかし、火神大我くんは言いづらそうに口を開いた。 「あー、親父は仕事が忙しくてあんま帰ってこねえ」 「え?」 話を聞けば、どうやらお父さんが帰ってくるのは週に一、二度だけらしい。家事など家のことはほとんど火神大我くんがこなしているそうだ。なんてこった、それならほとんど彼の一人暮らし状態じゃないか。そんなところにお邪魔するなんて、改めて考えると本当に申し訳ないな。 「一人でいるの大変じゃない?」 「まあ慣れた」 住まわせてもらうし家事とか手伝うね、と言えば別に気にしなくて良いと返ってきた。年下なのにすごいしっかりしてるな。 「それにしてもこれだけお家が広かったら、夜に一人とか怖そうだよね」 私は冗談のつもりでそう言った。はは、と笑いながら言ったんだけど、火神大我くんは私の発言にピタリと固まってしまった。あれ、こういうノリ苦手? 嫌な気分にさせてしまったかな。 「ごめん、気悪くした?」 「いや……」 火神大我くんはもごもごと口を動かし言い淀む。何か言いたそうに見えたから私は彼が口を開くまで待った。しばらくして、小さな声で彼は言った。 「へ、変なのがいるんだ」 「変なの?」 「おう」 聞き返せば、火神大我くんは顔を真っ青にして頷く。 「……少し前から、誰もいないのに物音がすんだよ」 顔色が悪くして、ぶるりと少し震えてそう言った。まじか。この子、こんなに強そうな体をしておいて幽霊が怖いのか。…ちょっと可愛いな。 「親父はあんま帰ってこねえし…、だからあんたが住むのに賛成したんだよ、です」 「そうなんだ」 とってつけられたような敬語にツッコミそうになったが我慢する。なるほど。そういう理由で居候に了承してくれたのか。確かに、幽霊が怖いなら一人でいるより誰かいたほうが安心出来るよね。 私は幽霊が見える体質だ。そして、幽霊がいるかどうか、その幽霊が悪いやつかどうかも大体わかる。この家から特に嫌な感じはしない。良いやつはいるかもしれないけど、悪いやつは確実に居ないだろう。 「だから、な、なるべく音を立てて生活してくれないか」 「分かった」 真剣な顔でそう言う姿は、とても可愛かった。 居候生活が始まり一週間。なにもかもが順調だった。 「お風呂入ったからお湯抜いたよ」 「おう」 「じゃあ部屋戻るね、おやすみ」 お風呂あがり、リビングに行けば大我くんはバスケの番組を見ていた。そんな彼に声をかけて私は自分の部屋に戻る。 大我くんとの生活は快適だった。彼はあまり干渉しないタイプで一緒に暮らしていて気楽だった。しかも家のことをほとんどしてくれる。さすがに申し訳なくて自分の部屋の掃除や自分の洗濯、そして洗い物とお風呂掃除は私がするのだけど、それを差し引いてもありあまるぐらい大我くんはよく働いてくれた。バスケ部に入っていて忙しいのに、なんとちゃんとしたご飯まで作ってくれる。しかもめちゃくちゃ美味しい。出来る子すぎる。お婿さんに欲しいよ大我くん。 この間初めてお父さんに会ったけどお父さんもとても良い人だった。居候生活、こんなに快適で良いんだろうか。 「……寝ようかな」 髪は洗面所であらかた乾かした。居候の身で一番風呂を奪う度胸はないので、お風呂は私が後に入るようにしている。入ったついでに掃除もするから、どうしてもお風呂あがりは疲れて眠気がくるのだ。もう寝てしまおう。 部屋の電気を消して布団に入る。寝付きは良い方なので、すぐに眠りについた。 『……あの』 夢の中で声がした。か細くて今にも消えてしまいそうな声だ。 『起きて…』 「……」 『起きてください……』 「……うわっ!」 夢の中、と思ったけど現実だ。頭の中に直接声が響くような感じがして、咄嗟に飛び起きた。 「…え?」 『こんばんは』 私の隣にいたのは幽霊だった。透き通った体にはっきりしない足。幼い顔立ちをしているけど背格好的は私よりも少し大きい。黒い着物を身にまとい、ちょこんと私の隣に座っていた。 驚いた。幽霊には気配の強いものと弱いものがいるけど、ここまで弱いものは初めて見た。今、目で見てやっと認識出来たぐらいだ。目をつぶってる状態だとそばにいるかどうかすらわからないんじゃないかな。 「どうしたの?」 この子から嫌な気配は全くしない。私を見つめてくる目を真っ直ぐに見て質問をした。 『僕が怖くないんですか』 「だって悪いものじゃないでしょ?」 『分かるんですね』 なら良かったです、と彼は続けて言った。気配は薄いけど姿は普通の人間に近い。大我くんが言っていた、物音の正体はこの子なんだろうか。 「あなたはなんの霊なの?」 『ぼくは座敷童です』 「あ、そうなんだ」 幽霊じゃなくて妖怪だった。座敷童、詳しくは知らないけど家を守る妖怪とかだったかな。とりあえず良いやつだった気がする。 「たしか家を守る妖怪だっけ」 『そうです。今日はあなたに頼みがあって来ました』 「頼み?」 座敷童の真剣な顔を見て、私もベットの上にきちんと座った。妖怪からの頼み、一体なんだろう。 『僕は、ずっと昔から火神家につかえてきました』 「へえ」 『今の主人は僕の姿が見えません。ただ、息子の大我くんはどうやら僕のことが見えるようです』 「だろうね」 なんか変な音がするって言ってたよ、と伝えればそれはつい悪戯心でやっちゃいましたと悪びれもなく言われた。やっぱり正体はこの子か。てかつかえる身なのにそんなからかうようなことして良いんだろうか。 『僕は彼と話をしてみたい』 「話してみれば良いじゃん。大我くん、君のこと見えてるんでしょ?」 『何度か試みてるんですけど、姿を現そうとするだけで逃げられます』 「ああ……」 私は全てを察した。大我くんはこの座敷童のことを見えるし感じるんだろうけど、良いやつか悪いやつかの区別まではつかないんだろう。だから気配や物音に怯えてしまう。良いやつと分かっていればそこまで驚かないはずだ。 「君すごい気配薄いしね。急に現れたみたいで驚いちゃうのかも」 まあそれだけじゃないと思うけど。多分だけど大我くんはめちゃくちゃ怖がりだ。 『貴方が見える人で良かったです。僕が大我くんと話せるように協力してくれませんか?』 「もちろん良いよ」 『ありがとうございます』 目の前の座敷童は深々と頭を下げた。なんとも律儀な妖怪だ。礼儀正しくて好感がもてる。 座敷童は幸運を呼ぶと聞いたことがあるし、この子のためにも大我くんの幸せのためにも私が仲介役ぐらいしてあげようじゃないか。そう思った。 「昨日さ、幽霊、てか妖怪見たんだけど」 ドンガラガッシャン!! そんな派手な音を立てて大我くんが椅子から転げ落ちた。 座敷童と遭遇した次の日の朝。大我くんと向かい合って朝食を食べながら、とりあえず座敷童の話をしてみようと思った。のだが、 「そ、そういう話は、やめてくれ!」 言葉にしただけでこれだ。倒れた椅子のそばで小さく丸まって大我くんはそう吠えた。威嚇をされている気分になる。 「いや、そんな怖い話とかじゃなくて、」 「俺は聞かねえぞ!!」 なんとか諭そうと大我くんのそばにまで行き優しく声をかける。だけど大我くんは耳を塞いで全く話を聞いてくれなかった。怯えて興奮し切っている大我くんを見て、野生動物みたいだなと心のどこかで思った。毛を逆立てて今にも噛み付いてきそうな雰囲気だ。いや、まだ何も話してないんだけど? 「…ごめん、気のせいだったかもしれない」 「……本当か?」 「うん、ごめんね」 結局、宥めるのに時間がかかり肝心の話は出来なかった。 それから二日後。 「もう荒療治で良い?」 『早くないですか?』 ベットの上で正座をしてそう言えば、座敷童は呆れたようにそう答えた。いや待って、そんな顔しないで。私だってこの二日間すごい頑張ったんだから。 「だって大我くん、幽霊、とか妖怪、とか単語出しただけで威嚇モードにはいるんだよ?」 『こっそり影で見てました』 「ほんと? じゃあ知ってるだろうけど、とにかく本題に入れないんだよね」 この二日間、私はあらゆるタイミングで彼に座敷童ことを伝えようと頑張った。学校で今日習ったんだけど座敷童っていう良い妖怪がいてね、とか、幽霊って良いやつもいるんだよ、とかそんな感じの話から始めたのだ。しかし、 『僕、長年妖怪してますけど、あんなに怖がる人初めて見ました』 そんな感じの話でも大我くんは怯えに怯えまくった。耳を塞いで小さく丸くなる時もあれば部屋から飛び出して扉の影からびくびくこっちを覗いてきたりする。ぶっちゃけ可愛い。けれどここまで拒絶されると、さすがに手に負えない。 「なんか長期戦にしたら余計に駄目になりそう。荒療治でサクッといこうよ」 『あなたが疲れただけですよね』 「まさか」 座敷童のじとっとした目は気付かないふり。彼、気配は薄いのに目だけすごい訴えかけてくるな。 『まあでも、短期戦にするのは賛成です』 僕も早く大我くんと話してみたいですし、と座敷童は続けた。ならば話は早い。私は早速、とある作戦を座敷童に伝えた。 作戦は簡単だ。まず、大我くんを狭めの部屋に呼び出す。今回は脱衣所を使うことにした。そして脱衣所に大我くんを入れたら、私は直ぐに部屋を出て扉を閉める。そして開かないように頑張って扉を押さえつける。 「おい! なにすんだ! なんだって……ぎゃあああああああ!!!!!!」 そしたらそこに座敷童が現れる。以上だ。 「うわああああああ!!!! 開けてくれ!!!」 すごい叫び声とともにドンドンドンドンドンと扉が叩かれる。あまりの勢いに扉が壊れそうだ。私は気合いで押さえつけた。ここで負ける訳にはいかない。頑張れ私、そして頑張れ座敷童。 「あ、開けてくれええ……!」 「悪い妖怪じゃないから! 良い妖怪だから!!」 あまりにも悲痛な声が聞こえて少しだけ良心が痛んだ。せめてもの援護にと思い外から声をかける。悪いやつじゃないんだよ。ちょっと透明で気配が薄くてビックリするけど良い妖怪なんだよ。だからそんなに怖がらないで仲良くしてあげて。 扉からの振動に耐えつつしばらく抑えていたら、中から聞こえる悲鳴がだんだんと小さくなり、そして聞こえなくなった。座敷童が話す声が聞こえるけど、何を言っているかはわからない。 もういいかな? そう思った私はゆっくりと扉を開けた。そしたら、 「うわっ!!」 空いた扉の隙間から大我くんが出てきた。すごい速さで私に飛びついてくる。その勢いが半端なくて私は後ろに吹っ飛びそうになったがなんとか堪えた。大砲が飛んできたのかと思った。そんな大砲こと大我くんは、私の後ろへ移動してブルブルと震えている。小さく縮こまって隠れているつもりなんだろう。いやいや、絶対隠れきれないから。私たちの体格差考えて? はみ出しまくってる。 「大丈夫だよ大我くん……」 マナーモードのように震えている大我くんを宥めつつ、脱衣所を覗く。そこには真顔で噴き出す座敷童がいた。 『か、可愛いですね大我くん…』 「笑いこらえきれてないよ」 「な、なんで俺の名前を……!」 私の肩越しに座敷童を見つめながら大我くんが言った。いや、私の肩越しに顔を出すって相当な中腰でしょ。しんどいでしょその体勢。普通に立ったら良いのに…。 「彼は座敷童、良い妖怪だよ」 「ザシキワラシ……?」 なんだそれ、と大我くんが首を捻る。待って、そこから説明しないといけないのか。さっき脱衣所から聞こえてきた座敷童の話し声はなんだったんだ。何を伝えたんだ。そういう念を込めて座敷童を見れば、彼は笑いを堪えつつため息をついた。器用だ。 『僕はちゃんと説明しましたよ。でも彼が聞いてくれなくて……』 「だってこいつ、なんかよくわかんねえこと言うから!」 『大我くんが耳を塞ぐからですよ』 「なるほど」 中で起きていたことが何となく分かった。耳を塞いだら意味ないじゃん。ちゃんと会話してくれないと。 「座敷童ってのはね、家にいる妖怪で幸運を運んでくるんだよ」 「幸運……」 『僕はずっと火神家につかえています』 「たまに悪戯もするけど、とても良い妖怪」 良い、を強調して言った。大我くんは恐る恐る私の背中から体を出して、半歩後ろに立った。手は私の肩に添えられているけど、さっきよりは恐怖心が和らいだみたいだ。 「……怖いやつじゃないのか」 「全然、本当に良いやつ」 「そうか……」 「ほら、仲良くしてあげて」 私の肩に置いてある手を外し、大我くんを前へと引っ張る。座敷童は大我くんをまっすぐに見つめていた。 「う、」 「ずっと大我くんと話したかったらしいよ」 『はい、話をしてみたいと思ってました』 「………や、」 「や?」 大我くんを引っ張って座敷童の方へ押しやったから、私からは彼の背中しか見えない。や、っと言ったきり大我くんは何も言わなくなった。どうしたんだろうと思い彼の顔を覗きこむ。その瞬間、 「や、やっぱ無理だ!!!!!!!」 『あっ』 そう叫んで彼は走り去ってしまった。すごい速さだった。バタバタバタと階段を上がる音がして、そのあと扉が派手に閉まる音が聞こえた。あ、自分の部屋に入ったな。 「あーあ…」 『残念です』 「逃げちゃった…」 取り残された私達は顔を見合わせた。まじか、ここまでしても逃げちゃうか。 「どうする? 私が大我くんの部屋の扉を外から抑えて、もう一回部屋に現れてみる?」 『そうしたいのは山々ですけど、彼、失神しそうな気がします』 「たしかに」 とりあえず、座敷童は悪い妖怪じゃないってことを知ってもらえたから良いのかな? 『…もう少しだけ、協力をお願いしても良いですか』 「…うん」 残念そうな声で座敷童はそう言った。彼らが話せるようになるまでまだまだ道のりは長そうだ。 ← → 戻る |