お願いぎゅっとだきしめて


※いたずら好きな赤司がいます

「おかえり千尋くん!」

今日は金曜日。二人とも明日は何も予定がないので今日は千尋くんの家にお泊まりすることになった。お互い大学生になり一人暮らしを初めてしばらくした頃、私は千尋くんの家の鍵をもらった。今日はその鍵を使って先に家に帰り、帰ってきた千尋くんを玄関で出迎えたのだ。あ、もちろん千尋くんの許可は得てます。

「…おう」

千尋くんはいつもの無表情でそう言い玄関で靴を脱ぐ。高校三年生の時から付き合って二年と半年。私達は大学二年生になった。付き合って結構な年月が経ったが私は相変わらず千尋くんにぞっこんである。だってかっこいいんだもん。

靴を脱いだ千尋くんが軽く手を広げる。ハグの合図だ。千尋くんは無表情で感情が分かりづらいとおもわれがちだが、彼女の私からしたらそこそこわかりやすい。こうやってよくスキンシップをとって来るしね。可愛いよね。わかる。
私は喜んでその胸の中に飛び込んだ。のだが、

……何この匂い

抱きついた瞬間、甘い匂いがした。
千尋くんは基本無臭だ。よくよく嗅げばかすかに柔軟剤の匂いがするかな?というレベルの匂いだ。匂いまで影が薄いってどういうこと。
しかし今、千尋くんの胸からほんのりと香水の匂いがするのだ。甘い匂いで、ふわふわした女の子が好きそうな匂いだ。思わず抱きついたまま固まってしまう。

いやいや、よく考えよう。香水なんて今まで千尋くんはしなかったけどもしかして気が変わってつけるかもしれないじゃないか。でもこんな甘い匂いを千尋くんがつけるかな?
しかも匂う位置がちょうど胸のあたりだ。千尋くんは身長が高いので私が抱きつくと胸に顔が来るようになる。香水をつけるとしてもこんな胸の位置につけるかな?

可能性としては、香水をつけた女の子が千尋くんに抱きついた……。

「……」

「…どうした」

固まったまま身動きをしない私を不審に思ったのか、頭上から千尋くんの声が聞こえた。これはあれだ、正々堂々と千尋くんに話を聞かないといけない。逃げちゃ駄目だ。付き合って二年半、初めての修羅場。

「……浮気した?」

「…は?」

今度は千尋くんが固まる番だった。

「香水の匂いがするんだけど」

「……」

「どういうこと」

そう言えば千尋くんは、あー…、と声を漏らした。そして軽くぐしゃっと自分の前髪を握りしめる。手で隠れて表情は見えない。私は千尋くんから一歩離れて真っ直ぐに彼の目を見た。この反応はどっちだ。ほかの女の子とハグをしたのか、してないのか。

「……いや、これは赤司だ」

しばらく待って絞り出されたのは、そんな言葉だった。




「どういうこと」

面倒なことになったと思った。

名前の目は少し潤んでいて、完全に浮気を疑われていることが分かる。最初は浮気なんて言われてもなんのことか分からなかったが、香水の匂いと聞いて全て把握した。

「……いや、これは赤司だ」

なにもかもあいつのせいだ。


「お久しぶりです、黛さん」

「おう」

大学近くのカフェに行けば、赤司が座って待っていた。出会った時はくそ生意気な一年生だったが、こいつももう三年生。受験生だ。
なんでも今日は俺の通っている近くの大学に見学に行ったらしく、そのあとに会えないかと連絡が来たのだ。学校を休んでまで何故金曜日に見学に行くんだと聞けば、学生がたくさんいる方が見学の価値があると赤司は言っていた。さすが赤司。

「お久しぶりですね」

「そうだな」

赤司の向かいの席につくと、ウェイトレスがやってくる。俺はブラックコーヒーを注文し赤司はカフェラテを注文した。案外可愛いもの頼むなこいつ。
しばらくして注文したものが届き、飲みながら雑談をする。部活がどうだ、大学はどうだ、なんてたわいのない話だ。

「名字は元気ですか」

お互い飲み物を飲み終えるという時、赤司はそう言った。

「ああ、元気だ。お前に会いたがってたよ」

「そうですか」

赤司は軽く笑った。

名前は元々赤司の知り合いだ。年は離れているが幼い頃からの知り合いというものらしく、俺が名前と関わるようになったのも赤司が原因だった。俺達が付き合った時、赤司は身内同士が付き合うと言うものは嬉しいですね、結婚式のスピーチは任せてください、なんて嬉しそうに言っていた。こいついわく、名前は姉のような存在らしい。

「せっかく黛さんに会ったものだし、今度は二人まとめて会いたいものですね」

「嫌だよ。お前変なちょっかいばっかかけるじゃねえか」

「まさか」

はは、と綺麗な顔でこいつは笑うが騙されては行けない。
高校では完璧超人として振舞っているこいつだが、何故か俺と名前に対しては変ないたずらをしてくるのだ。赤司いわく俺達が微笑ましいからとか黛さんは大事な人だからですとか言ってくるけど絶対嘘だ。こいつ絶対楽しんでるだけだし。迷惑極まりない。
まあ名前が引っかかる度に、少し嬉しそうに笑うから強くは言えないけど。

「そういえば話は変わるんですけど黛さん」

「次はなんだ」

「アロマに興味はありますか?」

「アロマ?」

急に言われるもんだから思わず聞き返す。今度は一体なんなんだ。

「最近はまってましてね、良ければ黛さんもどうかと」

そう言って赤司はカバンから一本、小さな瓶を取り出した。話の流れ的にこの瓶の中にアロマが入っているのだろう。え、お前いつもアロマ持ち歩いてんの。こっわ。

「少しお手を借りて良いですか」

「…ほい」

断る理由もないので手を差し出せば、瓶から1.2滴振りかけられる。匂うように促されたのでそのまま顔に持っていき匂いを嗅いでみる。

「甘い匂いだな」

正直、女がよくつけてそうな匂いだと思った。赤司がこんなのを使っているなんて意外だ。いや、俺が知らないだけでアロマって全部こんなものなのか?

「嫌いですか?」

「いや、嫌いではないけど」

「そうなんですね」

「うわっ! おい!」

そんなやり取りをしていたら、赤司が急に立ち上がって俺にアロマをかけてきた。何を言ってるかわからないと思うがもう1回聞いてくれ。赤司が、俺に、アロマをかけてきた。

「何すんだお前」

「たった数滴じゃないですか」

気にしないでください、と言われたがこれは気にする。確かに数滴だが、胸のあたりにかかってしまった。

「…なんでこんなことすんだよ」

「名字が喜ぶからですよ」

「はあ?」

「ははは」

「意味わかんねえ…」

赤司は楽しそうに笑うけど俺には全く理解が出来ない。なぜ俺にアロマをかけたら名前が喜ぶんだ…。

「今日は名字と会うんでしょう」

「なんで分かんだよ」

「それも黛さんの家で」

「だからなんだわかんだよこえーな」

「つまりそういうことですよ」

「いや分からん…」



そして今、この状況である。すっかり忘れていたが、あいつはきっとここまで見越したうえであんなことをしてきたんだろう。また手の込んだちょっかいかけてきやがって。大体アロマにハマってるとか絶対嘘だろ。このためだけに買っただろあの野郎。これだから金持ちのいたずらってもんはタチが悪い。赤司の笑っている姿がすぐに頭に浮かんだ。

「赤司につけられたんだよ、この匂い」

面倒くさいけど、浮気をしたと疑われるわけにはいかない。



赤司くん?

赤司だ、と聞いて思ったのが、赤司くんと千尋くんって案外仲が良いよねということだ。

赤司くんは幼い頃からの知り合いで、完璧超人だけど少し変わった子だ。私より年下なのにすごく大人っぽく見てるけど時々いたずら好きなところもある。そしてバスケに熱心で、同じくバスケ部だった千尋くんと仲が良い。ちなみに、私と千尋くんは赤司くん繋がりでこうやって付き合うことになった。

「赤司につけられたんだよ、この匂い」

そうだ、以前赤司くんが言っていたことを思い出した。

『黛さんは俺にとって大事な人だよ』

……大事な人ってもしかしてこういう関係のこと?
ま、まままじか。つまり、千尋くんは、赤司くんと、ハグしたの? え? 嘘でしょ?
でも、香水は首や手首につけるイメーがある。赤司くんがハグしたら千尋くんの胸のあたりに赤司くんの首がくる? え? でもこんな甘い匂いを赤司くんがつけるかな?
浮気を疑ったがまさか相手が男、しかも赤司くんとは思わなかった。

いやいや、分からない。決めつけるにはまだ早い。もしかしたら勘違いかもしれない。そうだそうだ、ちゃんと確認するんだ私。

「本当に赤司くんにつけられたの?」

「ああ」

「…マジか」

「だから浮気とかじゃない」

「いや、浮気じゃん?」

「は? 俺と赤司の関係は浮気じゃねえだろ」

真面目な顔でそう答える千尋くんに思わず言葉が詰まった。浮気じゃないってつまり本命ってこと? 待ってもう駄目だ冷静な判断が出来なくなってきた。赤司くんが本命ってなんだ。自分で言ってて不思議になってきた。
…なんかこの話、おかしくない? もしかして赤司くん、私たちのことからかってるんじゃ……。

「ち、ちなみにどういう状況だったの?」

「いきなりつけられた」

「ええ…」

赤司くんったら積極的ぃ!と思ったがそんなことを口にする余裕はない。

「そういえば、お前が喜ぶとかなんとか言ってたな」

千尋くんも私の反応で察してきたのか少し楽しそうにそう言った。こ、これは、

カンカンカン!!!

脳内で試合終了のベルが鳴り響く。どう思いますか名前さん。ええ、これは完全に赤司くんに弄ばれてますね、私が。なんなら千尋くんも少し楽しみだしましたね。これはいけませんねえ。そうですねえ。本当そうですよ。

脳内で解説と実況が話しだす。そして私は覚悟を決めた。

「赤司くんに電話してくる」

「おう」

少し笑っている千尋から離れて私は赤司くんへと電話をかけた。こうなったら正々堂々と勝負だ。いつまでも赤司くんに騙されっぱなしの私と思うな!

しばらくして、電話に出た赤司くんの声で私は全てを察した。ああ、やっぱり私の考えは間違っていなかったんだと。



結局その後、私は千尋くんに疑ったことを謝って、そして千尋くんがお風呂に入ったあとに沢山抱きしめてもらった。

「千尋くんは私の匂いだけつけてたら良いんだよ」

「その前に俺には俺の匂いがあるだろ」

「千尋くんは無臭だもん」

「……そうなのか」

じゃあお前の匂いにするしかないな、と優しい声で言われて、そのうえ頭まで撫でられたもんだから飛び上がりそうになった。普段無愛想なくせに、こういうとこでこんなことをしてくるんだよなあ。

「途中から千尋くん、面白がってたでしょ」

「そりゃ、お前が俺と赤司の浮気を疑ってんだから面白いだろ」

「……千尋くんきらーい」

「俺は好き」

そう言ってより強く抱きしめられた。嘘、やっぱ千尋くん大好き。


戻る
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -