喰らい尽くすけもの


3月ももうすぐ終わる。そんな今日、私は部屋の片付けをしていた。

先週、高校の卒業式が終わって、そのあと第一志望の大学の合格通達書が届いた。それにより、晴れて私は4月からかねてから行きたかった大学に通うことが出来るのだ。

ただ1つ難点をあげるとすれば、その大学は県外にあり実家から通うのは困難だった。というわけで、私は4月から大学生になると同時に一人暮らしを始めることになる。今はそのための荷造りをしているのだ。

「……入るぞ。」

「え?」

ノックの音が聞こえて、部屋の扉が開いた。目線をそちらにやればそこには真太郎がいた。え、

「どうしたの、私の部屋に来るとか珍しいね。」

「特に用はない。」

「なにそれ。」

相変わらずぶっきらぼうな物言いに少し笑ってしまった。

真太郎は、私の幼なじみだ。親同士が親友で家も近く、生まれた時からずっと一緒にいた。距離が近かったために、中学の時には付き合っているだなんて噂も流れた。でも私と真太郎は別にそういう関係になったことは一度もない。生まれた時から一緒にいたせいで、真太郎のことは同じ年の兄弟ぐらいにしか思えなかったからだ。恐らく、真太郎も私のことを出来の悪い妹と思っていたのだろう。
しかし高校生になると今まで近かった距離は少し離れた。私は勉強が得意だったから真太郎と同じ秀徳高校に進学したが、中学までのようにずっと一緒というわけではなかった。顔を合わせば会話はするが、一緒に登校したりお互いの部屋で勉強会をしたりといったものは次第になくなっていった。男女の幼なじみだから仕方ない、と言い聞かせつつも悲しい気持ちになったものだ。このまま疎遠になっていつか縁が消えてしまうのだろうか。そんなことも思ったりした。

だからこうやって真太郎が私の部屋に来るなんて本当に数年ぶりで、物凄く珍しいことなのだ。

「なに、荷造りの手伝いでもしてくれるの。」

「そんなこと自分でやるのだよ。」

真太郎は手伝う気配も見せず、我が物顔で部屋にある私の椅子に座った。ギシリと椅子が音を立てる。私の椅子は真太郎が座るには少し耐久性に欠けるようだ。壊されませんように、と心の中で祈った。

「……これは、」

少し驚いたような声が聞こえたので真太郎の方を振り向く。彼の手には、恐らく身近なダンボールから取り出したのだろう、1冊のアルバムが握られていた。

「ちょっと、荷物荒らさないでよ。」

「懐かしいな、幼稚園の頃のものか。」

「人の話聞いてる?」

真太郎はペラリとアルバムを捲った。そう、彼の言う通り、それは幼稚園を卒園する時に貰ったアルバムだった。
真太郎の自由さは今に始まったことではない。なので私はアルバムを見る真太郎を無視して引越しの準備を続ける。静かな部屋に、アルバムを捲る音と荷造りの音だけが響いた。


「…幼少期に、結婚の約束をしたことを覚えているか。」

それから何分たっただろうか、真太郎がそう口を開いた。
結婚の約束、そう言われて思い浮かぶのは幼少期の懐かしい日々。今よりずっと小さな真太郎が、同じく小さな私と一緒に結婚の約束をした、そんな記憶。

「うん、覚えてるよ。懐かしいね。」

思わず口元が緩んでしまう。
そう、あの時はお互い身長も同じで、よく手もつないだりして、いつも一緒に遊んでいた。懐かしい記憶だ。昔の真太郎は、名前ちゃん名前ちゃんと私のあとをついてくるような子で、とても可愛かった。こんなおは朝信者の変な奴になったのはいつからだっけ。時の流れは残酷だ。

懐かしい過去に思いを馳せつつも、私は片付けの手をとめない。段取りよく行わないと引越しの日に間に合わないからだ。

しかし

「その約束は、まだ取り消されていないな。」

「え、」

ポツリ、そうつぶやかれた言葉。それは私の動きを止めるには十分な役割を持っていて。

「…何言ってるの。」

「そのままの意味だ。」

振り返って真太郎の顔を見る。その表情は真剣で、緑色をした目は真っ直ぐに私を貫いていた。

「無効でないのなら、あの時の約束を使わせてもらおう。」

そのまま真太郎は言葉を続ける。一方、私の体は動かない。

「女々しいと笑うかもしれないが、お前を失いたくはない、つなぎとめていたいのだよ。離れるのならなおさらに。」

「…結婚って、そんな、私たち付き合ってもいないのに、」

「ならば付き合うのだよ。」

淡々と、紡がれていく言葉。私は、今、告白されているのだろうか。それにしては真太郎の表情に照れがなさすぎる。お付き合いの申請って、こんな堂々とした態度でされるものだっけ。

「真太郎は、私のこと、…好きなの?」

素直に、そう聞いてみた。真太郎は真顔なのに何故か私の頬が熱くなってくる。おかしい、どこかおかしいぞ。なんとか冷静を保とうとするが頭の中はパニック状態だった。
そもそも、真太郎と付き合うとかそういうの、想像ができない。だって真太郎は幼なじみで、真面目だけどどこか抜けていて、いわゆる電波ってやつで、女には全く興味ありませんって顔でずっと生きてたくせに、急にお付き合いとか結婚とか、しかも私と、そんなの想像が、


「当たり前だ。18年間、ずっと焦がれていたのだから。」


その言葉の破壊力に、私の思考は停止した。真太郎は椅子から立ち上がって私の方に歩いてくる。そして私の前に立ったかと思うと、しゃがんで私と目線を合わせた。その目があまりにも真っ直ぐで、綺麗な緑色から視線が外せなくなる。

「お前のことが好きだ。」

「あ、の、」

「結婚を前提に、付き合ってほしいのだよ。」

手を握られながらそう言われて。手を通じて熱い体温が伝わってくる。
……こんなに真剣に私のことを思われて、果たして、断るという選択肢があるのだろうか。

「……よ、ろしくおねがいします。」

私の小さな言葉を聞いて、真太郎は満足そうに微笑んだ。そう、断るとかそんなもの、あるはずがないのだ。


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