しあわせを照らす


「桜井ってもしかして二重人格だったりして。」

放課後、私と桜井は日直だった。桜井が日誌を書く係だ。椅子を前後逆さに座って正面から桜井を観察する。桜井には、みられると書きにくいですと言われたが特にそれ以上拒否される事は無かった。
それにしても桜井の字は丸くて可愛いな、女子顔負けだ。

「え、」

茶化すように冒頭の台詞を言ったのだが、桜井は少し目を広げて固まってしまった。
私がそう思ったのにはもちろん理由がある。だって桜井普段はおどおどしてるのに私を口説こうとする時だけ強気だし、なんかグイグイ来るし、うん、二重人格っぽいよね。

「…違いますよ。」

「まあそうだろうね。」

ふざけて言っただけだし、否定されるだろうなとは思っていた。
でも、桜井は何故か真剣な目で私の方を見てきて、え、なに。何気なく言ったんだけど、そんなに気に触った? あれ、もしかして怒らせたとか?

「なんかごめん。」

「いいですよ。あと、…僕はあなたに一直線なだけですから。」

「え、」

なんだその少女漫画まっしぐらな台詞は。実際言うと寒いよ。と、ちゃかしたいのにときめいてしまったのはどうしてだろう。え、嘘だろ。なんでドキドキしてるの私。
その言葉の意味を考えて、そしたらじわじわと顔に熱が集まってきた。なに、その顔、その言葉。なんでこういう時はいつもみたいにすいませんとか言わないの。どうしてそんなに自信満々なの。

「…ずるい。」

「好きになりましたか?」

そう言ってどこかいたずらっ子のように微笑む桜井を見て、あ、やっぱこいつ二重人格だわと思った。もうなにこいつ。おどおどするだけじゃなくて、強気で、さらにそうやって笑ってくるとか、ほんとなに。
私は照れくさい気持ちを隠すように桜井から視線をそらした。耳が火照っているのを感じる。馬鹿じゃないの、私。そんな耳とかすこし熱い頬とかを隠すように、私は平然を装った。絶対に表情に出してやるもんか。もう意地だった。

「でも、名字さんは全然意識してくれませんよね。」

「…なにが?」

してるけど? と思ったが、悟られるのも癪なのでなんともないという顔をして答えた。

「今だって、こうやって、2人きりなのに。」

「っ、」

そう言って、なんと桜井は私の手を握ってきた。私の手の上に重ねるようにして桜井の掌が置かれて。女子みたいとは言いつつも、その手は私よりも大きくて、ゴツゴツしている。一回り大きいそんな手にギュッと包み込むように触られて、思わず桜井の顔を見つめ返してしまった。その顔は案の定男のもので、見たことを後悔したのだった。
もうやだ。心臓が、うるさい。そんな顔で見られたら、平然でいられるわけがない。握られた手が、とても熱かった。

「…そう言えば、今日で1週間ですよね。」

「え?」

「僕があなたに告白してから。」

そう言うと桜井は私の手を握る力を少し強くした。

「返事、もらってもいいですか。」

手を通してドクドクと聞こえる脈は、いったいどっちのなのだろうか。


「…私、桜井のこと友達としては好きだったけど、男としては好きじゃなかった。」

私は桜井から目をそらして、ぽつりぽつりとそう言った。

私は、気の強い男が好きだ。だから、気が弱い桜井は友達としては好きでもそういう対象としては見れないと思っていた。
でも、告白された時に意外と強気な発言をすることを知った。バスケでは負けず嫌いなことも知った。私が今まで知らなかっただけで、桜井は確かに男だったのだ。

「なのに、」

今、桜井はどんな表情をしてこの言葉を聞いているのだろう。桜井の顔は、見れない。


「……なんで好きになっちゃったんだろうね。」


私はそう小さな声で続けた。
するとその瞬間、握られてた手を斜め上に思いっきり引っ張られる。

「わっ…!」

その勢いで思わず立ち上がってしまった。椅子が倒れる音が教室に響く。
私の手を引っ張った張本人である桜井も、同じように立ち上がっていた。つい顔を上に向けてしまい桜井と目が合う。その顔は真っ赤だった。

「あ、なたが僕のことを好きになったのは、」

桜井の目は、所在なさげにあちこちうごいていた。

「僕が、あなたのことを、好きになったからだと思いま、す…。」

桜井は、今にも消え入りそうな声でそう言った。目は伏せられているが、真っ赤な顔は隠せていない。
その姿が私のよく知っている桜井で思わずにやけてしまった。なに、さっきまで自信満々だったくせに、ああもう!

「可愛いな!!」

「なっ、可愛くないです!」

「あんな強気だったのにどうしちゃったのもう! 可愛いなあ!」

「そ、そりゃあ好きとか言われたら照れますよ!」

「自分は散々言ってたじゃん!」

そう言って私は握られたままの手を逆に引っ張り返してやった。その勢いで少し前のめりになった桜井の首に腕を回す。すると軽く抱きつくような体勢になった。桜井があからさまに慌てているのが少し面白い。

「え、あの、」

「好きだよ、桜井。」

「…あ、りがとうございます。」

拗ねたようにそう言う桜井が本当に可愛くて、髪がぐしゃぐしゃになるまで頭を撫でる。

そして腕を離して、髪がボサボサになった桜井を見て笑った。なにするんですか、という桜井の顔も少し笑っていた。


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