優しさを知る世界


「うわー!また負けた!」

くそーと私は後ろに倒れこんだ。そんな私を見て赤司先輩は人の部屋で寝るなと不機嫌そうに言った。ごもっともだ。私はゆっくりと体を起こした。
目の前には、王手を取られてなす術のなくなった将棋盤が存在を主張している。…くそ、また負けた。一体これで何敗目なんだろう。

赤司先輩とこうして勝負するようになってから約十日ほどたっていた。赤司先輩の寮の部屋で勝負するのはすっかり日常となった。まあ、大体は私が無理やり押しかけて始まるんだけど。さすがに毎日行ってるわけじゃない、とだけ弁明しておく。
それでも行った日には必ず勝負を受けてくれるので、つくづく赤司先輩が負けず嫌いでよかったなと思う。門前払いが一番辛い。

「じゃあ次はオセロだな。」

赤司先輩はそう言って、オセロ盤を出し始めた。

「あの、赤司先輩。」

「どうした。」

私は、勝負が始まる前に口を開いた。どうしても言いたいことがあるのだ。

「お願いがあるんですけど。」

「なんだ。」

「今からするオセロで、私が圧勝したら勉強教えてください。」

「は、」

赤司先輩は大きな目をくりっと動かして、目を丸くした。こたちゃん曰く、赤司先輩のこんな表情はレア顔らしい。でもぶっちゃけここ最近結構見てる。レアでもなんでもない。

洛山高校では、ちょうど一週間後から試験がはじまる。というわけで試験範囲の問題集を解いたりしたのだが、わからない問題がいくつもあった。てか洛山のレベル高すぎてちょっと私ついていけてない。そしてそのわからない問題をこたちゃんに聞いたのだが、いやそれ俺全然わかんねーわ! てか赤司に聞いたらいーじゃん!と言われた。
あの、これ高1の範囲なんですけどこたちゃんそれで大丈夫なの。受験生でしょ今年。

「…それは俺に何のメリットがある。」

「えー、赤司先輩が完敗しなければいい話ですよー。」

ね? と言って意地悪く笑えば、びきっと赤司先輩の額に青筋が走った。うん、性格悪い自覚はある。

「…いいだろう。」

「じゃあ、よろしくお願いします。」

ここで勝たないと私の成績はとんでもないことになるのだ。気を引き締めていかねば。
負けられない戦いが、ここにある。




オセロは、無事に勝てた。圧勝かそうでないかと言われれば微妙なところだったが、7割はとったしギリギリの勝利とも言わないだろう。そのあと不機嫌な赤司先輩に将棋でぼっこぼこにされたけど、とりあえずこれで勉強を教えてもらう権利は勝ち取れた。赤司先輩は学年主席らしいし、これで私の試験も安牌だろう。そう思ったのだが、

「なんでこんな簡単な問題がわからないんだ。」

「う、」

「さっき説明したものと同じようなものだろう。1回で理解しろ。」

「…はい。」

赤司先輩めちゃくちゃ厳しいんですけど、なんだこれ。
友達はみんな赤司先輩のこと紳士っていうから、もっと優しく教えてもらえると思ってたのに、なんだこれ。鬼コーチじゃないですかやだー。
でも、学年主席とだけあって教え方はとても上手かった。同じような問題をやってるにも関わらず、教師の何倍もわかりやすい。

「赤司先輩、将来先生になれますよ。」

「先生? …無駄口を叩いていないで、はやく次の問題にいけ。」

「…はーい。」

指示されたとおり次の問題に取り掛かる。
今やっているのは数学だ。数学は昔から苦手で、高校に入ってからは特にそれが顕著に現れた。授業中は先生の説明をちゃんと聞いているが、その時にしか理解出来ない。
でも、赤司先輩の説明はすごくわかりやすくて内容がしっかり頭に残る。すごい、本当にすごい。ただの数字の羅列だと思っていた数学が、はっきりと意味を持ったものに見える。まるでアハ体験だ。

「このままずっと教えてもらえれば、テストでいい点数取れそうです。」

「…毎日教えろとでも言うのか?」

「私がオセロで負けない限りは、そうですね。」

「絶対負かす。」

「え、困ります。」

他にも教えてほしい教科があるんですから、と言えば呆れたようにため息をつかれた。う、傷ついた。

でも私は、もし赤司先輩が本当に嫌なら、もっと全力で嫌がると思っている。ため息だけで済まされる、というのはきっとそういうことなんだろう。

「明日は国語を持ってきますね。」

「…勝手にしろ。」


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