はじまるロマンス


「名字さんって明後日あいてますか?」

「明後日…って日曜日?」

「はい。あっ、僕なんかが名字さんの予定とか聞いちゃってすいません!」

「いや、いいけど…。日曜ならあいてるよ。」

金曜日である今日。家に帰る準備をしていたら桜井にそう声をかけられた。日曜日、日曜日、と頭の中でスケジュールを確認する。新しく出たDVDを借りに行くつもりだったが、まあそれは予定には入らないだろう。
遊びに行く約束を取り付けるのかと思ったが、よく良く考えれば桜井はバスケ部だ。桐皇のバスケ部が強いというのはよく話に聞くし、強豪というならきっと日曜は部活のはずだ。一体何のために予定を確認したんだ。

「で、どうしたの?」

「日曜日、うちで練習試合があるんですよ。もしよければ…見に来てくれませんか?」

練習試合、とはもちろんバスケのことだろう。わざわざ誘ってきたということは、桜井はその試合に出るのかもしれない。桜井がバスケしてる姿とか、なにそれ、見てみたい。

「うん、見に行くね。」

何時から? と聞けば桜井は嬉しそうにありがとうございます!と笑った。いや、何時から始まるか教えろって…でもまあ可愛いからいいか。



てなわけでやってきました体育館。日曜日とあって、学校には部活をしている人しかいなかった。帰宅部の私にとっては少し新鮮な光景だ。
体育館に近づけば、キュッキュとシューズのこすれる音が聞こえた。ああ、この中で桜井が練習しているんだろうか。何故か少し緊張した。

体育館の扉が開いていたので少し覗けば、中で練習していた人と目が合った。

「なんや自分。」

「え、あの、練習試合の見学に…。」

「ああ。それやったら二階のギャラリー行ってくれたらいけんで。」

「ありがとうございます。」

突然の関西弁でちょっとびっくりしたけどいい人だった。見た感じ怖いなと思ったけど人は見た目で判断したら駄目だな。反省します。

言われた通りに二階へあがれば、体育館全体が良く見えた。せっかくだし一番前の席に座る。
ギャラリーにはちらほら人が座っていた。見たことのない制服が結構いて、他校の偵察かもしれないと思い少しドキドキする。桐皇のバスケ部は強いと聞いていたけど、そんな偵察されるほどなんだな。そんなバスケ部でスタメンはってるとか桜井実はめちゃくちゃすごいんじゃ…?

「(あ、桜井いた。)」

1階を覗き込むようにして練習をする選手を眺めていたら、桜井を見つけた。ほかの選手と一緒に練習をしていて、ときおり額の汗を腕でぬぐっている。てか桜井、改めて見るとほっそいな。肉食え肉。今度焼肉でも連れていってあげようかな…って駄目だこんなことするから好きって勘違いされるんだ。

そんなことを考えている間に、さっき二階へ案内してくれた人が選手たちに集合をかけていた。もしかしてあの人がキャプテンなのかな。まあ確かに風格ある。
そんな彼らが集まって話をしている最中に、反対側の扉から見たことのないジャージを来た集団がやってきた。おそらく今日の試合相手なのだろう。なにやら監督同士が話し出して、試合の準備が始まった。

ユニフォーム姿でアップをする桜井をガン見して心の中で頑張れとエールを飛ばしていたら、なんと目が合った。少し驚いた、なんで気づいたんだろう。目が合っ瞬間、桜井はふっと微笑んでそしてコートへと走っていく。その笑顔に柄にもなくきゅんとしてしまった。なに、今の笑顔、ずる。

両校の選手が整列をして、審判が礼を促す。そこには桜井もいた。うわ、本当に出るんだ、試合するんだ。何故か私が緊張してきた。



私は、バスケについて細かいルールは全く知らない。ただ、体育でやったことがあるのでなんとなくのルールならわかる。
例えばスリーポイントシュート。体育のバスケの遊び試合で何回か挑戦したことがあるが、すごく難しかった。ボールは重いし、リングは遠いし、思ったところに飛んでいかないし。

なのに、

「すご…。」

思わず声が出る。目の前で繰り広げられている試合はそれはもう圧巻で。
桜井は、何本も何本も外すことなくスリーポイントを決めていた。いつもおどおどしているのに、今その顔は真剣で、ただリングだけを狙ってまっすぐにボールを放っている。ボールをパスされて、すぐにシュート。そしてそのボールはネットをくぐって、桐皇に3点が追加される。
待って、桜井すごすぎない? いつもの気弱な感じと今とでは、雰囲気が丸っきり違っていてほんとびっくりする。

ただ、この桜井を見てると謎の違和感を覚えた。…なんなんだろう、この違和感は。

まあ休憩中に肌の黒い男の子に謝りまくってたのはいつもの桜井だったけど。ちょっと笑った。てかあの肌の黒い男の子もすごすぎてびびった。なに、桐皇バスケ部やばくない? 今更か。

ビーと大きく笛がなって、試合が終わった。結果はもちろん桐皇の大勝だった。いやあ、それにしても桜井すごかったな。変な違和感はあったけど。うーん、なんなんだろう。

てか私このあとどうすればいいんだ。なにも声かけせずに帰るのもあれだし、桜井が部活終わるまで待つべきか? …いつ終わるんだろう。
そう思っていたら再び桜井と目が合った。すると、桜井は小さくちょいちょいと手招きをしだした。これは…降りてこいってことかな?

とりあえず階段を降りてみれば、そこには桜井がいた。うん、やっぱり降りろってことであってたみたいだ。

「桜井、お疲れ。すごかったよ。」

「ありがとうございます。…良かったら、外で話しませんか?」

「私はいいけど…桜井は大丈夫なの?」

「はい、今から30分休憩なんで。あっ、ユニフォーム着替えてくるんで、外で待っててもらってもいいですか! すぐ行くんで!」

「ゆっくりでいいよ…って足速っ!」

そう言った瞬間桜井はダッシュで更衣室の方へと去っていった。桜井の足速すぎてびっくりだわ。



言われた通りに外で待っていれば、すぐに桜井が走ってやってきた。乱れた息を少し整えてから私の隣に並ぶ。
先程まで試合をしていた桜井からは少し汗の匂いがした。でも不思議と不快感はなかった。懐かしいような、落ち着くような、そんな匂いだ。って私は変態か。

「あのさ、」

私は、桜井に聞きたいことがあった。試合中に感じていて、そして今、正体がなんとなくわかってきた違和感について。

「なんですか?」

こて、と首を少し傾ける桜井は本当に可愛いと思う。本人は狙ってやっていないからなおさらそう見えるのだ。じゃなくて。

「なんであんな本気だったの。」

「…なにがですか?」

「さっきの練習試合。」

そう、試合を見ていた時に感じた違和感。それは桜井があまりにも必死そうにシュートを打っていたことが原因だった。
桜井は、まるで本当の試合かのようにシュートを打っていた。絶対に外さない、と鬼気迫るような感じで。もちろん練習試合でも本気を出すべきだろうけど、あまりにも桜井とほかの選手に温度差があったのだ。桜井は真面目な奴だけど、練習試合であそこまで熱心にするのは少し変だと感じた。まるで、誰よりも目立ちたいというように。それこそ桜井らしくない。

「…だって、」

「ん?」

「名字さんには僕だけ見てほしかったんですもん。」

「え、」

思わず桜井の顔を二度見した。ぶすっと拗ねてるような照れているような表情をしている。なんだその顔、

「それに言ったじゃないですか。」

「…なにを。」

「絶対、好きになってもらうって。」

僕だって必死なんですよ、と赤い顔で睨みつけるように言われて、…ああもうなんなんだこいつは。その姿は本当に可愛く見えて、駄目だった。
果たして、こんなにも可愛い桜井を見て、気持ちがなびかない奴なんているんだろうか。少なくとも私はそんな奴いないと思う。

もちろん私も含めて、だ。


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