嘲笑ってあげよう


あの熱戦から数日。あれから私は、眈々と赤司先輩との再戦を狙っていた。オセロはともかく、将棋で負けっぱなしなんて嫌だ。
ただ赤司先輩はとても多忙らしく、朝は朝練、昼は生徒会の集まり、夕方は言わずもがな部活ということでなかなか仕掛ける機会がなかった。

仕方ない、最終手段だ。私はこたちゃんにバスケ部の予定を聞いて、練習が少し早く終わる日に狙いを定めた。
そしてその当日、部活が終わるまで適当に待つ。バスケ部の練習が終わる時間になりそのまま部室へと行くと、部室の前にはこたちゃんがいた。私と目が合った瞬間ぶんぶんと手を振るこたちゃんは可愛い。

「こたちゃん!」

「名前! もうみんな着替えて帰ったから入っていけんよ!」

負けじと手を振り返して近づいていったら、笑顔のこたちゃんに腕をつかまれてそのまま部室へと押し込まれた。ちょ、ちょっと雑かな…?!

よろつきながらもなんとか部室に入れば、誰かと話している赤司先輩の後ろ姿が見えた。そのまま振り向いて目が合うと、少し驚いた顔をする。

「…名字か。」

「赤司先輩、この間の再戦しましょう。」

「…いいだろう。」

赤司先輩の顔はすぐに好戦的なものに変わって、ふんと鼻を鳴らしながら頷いてくれた。よし、この間のリベンジ果たしてみせる。

「あなたは誰かしら?」

赤司先輩と話していた男の人にそう声をかけられた。誰だろう、部員の人かな。
こたちゃんに目を向けて視線で訴えかけてみればこたちゃんは、あっそっかーレオ姉とは初対面か!と思い出したように叫んだ。やった、目線でのアピール通じた。

「初めまして、1年の名字です。」

「ああ、小太郎の幼なじみね。話はよく聞くわ。3年の実渕玲央よ、よろしくね。」

「よろしくお願いします。」

そう言って実渕先輩は綺麗に笑った。うわあ、すごい大人っぽい人だし私より全然女性らしい。いろいろ負けた気がする。

「で、再戦って何なの?」

「この間赤司先輩と将棋して負けまして。そのリベンジをしに来ました。」

「ちなみにオセロは名前が勝ってたよん。」

「征ちゃんが負けるなんて珍しいわね。」

「今回は勝つ。」

意外とノリノリな赤司先輩は、ロッカーから将棋とオセロを取り出してくれる。私と赤司先輩は向かい合って座り、左右にはこたちゃんと実渕先輩が腰を下ろした。どうやら実渕先輩も見ていくみたいだ。

「じゃあやろうか。」

そのまま赤司先輩はオセロ盤を広げて石を並べ……ってちょっと待って。

「なんでオセロの準備してるんですか。」

「今日はオセロからだ。」

「嫌です、将棋しましょう。」

「オセロだ。」

「将棋です。」

「オセロ。」

「将棋。」

「オセ「またそのやりとり?!」

こたちゃんが、もう!と叫んだ。実渕先輩の方を見ればなにか物珍しそうな顔をしている。やっぱりムキになってる赤司先輩というのは珍しいんだろうか。

「拉致があかないからじゃんけ…アミダで決めよ! ね!?」

「…まあいいだろう。」

「…それで決めましょうか。」

それにしてもアミダって。じゃんけんでいいじゃん。なんでこたちゃんはわざわざ言い直したんだろう。

じゃあ準備するわね、と実渕先輩はなにかのプリントの裏に2本の線を引きはじめた。そしてその紙を私たちの方へと差し出す。

「じゃあ2人とも好きな方を選んでちょうだい。あ、小太郎はうしろむいてて。」

「なんで?」

「いいから。」

「まあいいや、はいよー。」

そう言ってこたちゃんは勢いよく後ろを向いた。
赤司先輩に「先に選んでいいよ」と言われたので直感で右の線を選び名前を書く。赤司先輩がその左隣に名前を書いて、紙を実渕先輩に返した。実渕先輩は右側の線の下に丸を書き、そしてその部分が見えなくなるように3回折り込む。

「小太郎、」

「そっち向いていける?」

「いいわよ。ほら、これに好きなだけ横線を書いてちょうだい。」

「あー、おっけ!」

こたちゃんは実渕先輩の考えていたことを理解したみたいだ。私も今わかった。なるほど、これならズルとかなく公平になる。
紙を受け取ったこたちゃんは、鼻歌を歌いながら2本の線の間にたくさん横線を引いていった。…書きすぎじゃない?

「じゃあ先に赤司から〜。」

こたちゃんは赤司先輩がさっき選んだ線を、指でなぞって下へと降りていく。横線が多くて左にいったり右にいったりとなかなか下までたどり着かなかった。ほら、やっぱ書きすぎだって。
やっと下までたどり着き、折り込んだ紙を開けばその先に丸はなかった。

「あー、じゃあ将棋からだね。」

「やった!」

赤司先輩が舌打ちをしていたが聞こえなかったことにする。てか顔やばいですよ、素直に認めてください。
なんか赤司先輩のイメージがだんだんと変わってきてる。思った以上に年相応だよなこの人。

赤司先輩はどこか不満そうだったけど渋々といった感じで将棋盤を準備し始めた。ちなみになんでじゃんけんじゃないのかこたちゃんにこっそり聞いてみた。すると返事は「だって赤司絶対勝つもん。」というもので。そんな馬鹿なと思いつつもまあアミダで私が先と決まったんだから余計なことは言わないことにする。

「始めようか。」

よし、今度こそ私が勝つ。



「…これで終いだな。」

「な、」

パチリと赤司先輩の一手で、私が抵抗できることはなにもなくなった。…また、負けた。嘘だ、また、負けた。

「……投了です。」

私のその言葉を聞いて、赤司先輩は満足そうに鼻で笑った。ぐ、完敗だ、完敗だった。完全に赤司先輩の圧勝と言える一局だった。

「じゃあ次はオセロだな。」

「もう一回だけ将棋してください!」

「嫌だ。」

「なんで!」

「勝った方のいうことを聞け。」

「なんですかそのルール!」

むきー!と怒るが赤司先輩は聞き入れてはくれず、そのままオセロの準備を始めた。く、悔しい…!
え、なんなのこの子たち? と実渕先輩が言うがこたちゃんは諦めたような顔で首を振っていた。な、なんだその反応は。なんだその顔は。なにを諦めている。

「黒と白、どっちがいい。」

「…じゃあ黒で。」

赤司先輩が私に色を選ばせてくれるというので黒を選んだ。
仕方ない、将棋じゃなくてオセロだとしてもやるなら全力でやるだけである。うん、真っ黒にしてやろう。



「はい、これでおしまいです!」

最後の1枚を置いて、白を数枚ひっくり返す。最終的には、真っ黒とはいかなかったが盤の7割ぐらいが黒に染まっていた。枚数を数えるまでもない、私の勝ちだ。
ギリっと奥歯が軋むような音が聞こえたので目線を上にあげれば、赤司先輩が苦虫を噛み潰したような顔をしていた。ふふん、そんな顔をしても私の勝ちは覆されないんですよ!

「…もう1回だ。」

「……はい?」

振り絞るように赤司先輩がそう言って私は思わず聞き返してしまった。はい? 今、なんて言った?

「…いやいやいや、なんでまたオセロなんですか。」

「俺がやりたいからだ。」

「駄目ですよ、将棋です。レディファーストしてください。」

「レディ? どこにいるんだ。」

「辛辣!! 」

あれ? めちゃくちゃ厳しい事言われたんだけどあれ? 赤司先輩ってこんなキャラだっけ? あれ?
この間友達が、赤司先輩って紳士的で優しいし本当に完璧だよね!って言ってたんだけど? こんな顔してこんな横暴な事言ってる人のどこが紳士的なんでしょうか。
前もこの2人こんなだったからね、とこたちゃんが実渕先輩に小声で言っているが聞こえる。こんなってなんだこんなって!

この後、変に空気を読んだ実渕先輩がそろそろ部室閉めましょ? ね? と提案してきたせいで、今日の私たちの戦いはこれで終わった。う、せっかく来たのに全然勝負できなかったし。

しかも結局、将棋で赤司先輩に勝つことは出来なくてかなり悔しい。でもオセロは負けずに勝てた。喜んでいいのか悲しむべきなのかはちょっとよくわからない。


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