私は、昔からボードゲームの類が大の得意だった。特に将棋が得意で、自慢じゃないけど今まで大人にすら負けたことがなかった。 勉強はそこそこだったけど、こういったゲーム系の頭の回転は人一倍早い自信がある。運動神経抜群の幼なじみみたいにスポーツは出来ないけど、それでもボードゲームは私が誇れる特技だった。 「後輩ですげえ賢い奴いんの。名前より将棋強いかもねー。」 必死に勉強してなんとか洛山高校に受かり、入学してから約一ヶ月。 食堂にて偶然出会った幼なじみのこたちゃんと一緒にお昼ご飯を食べていたら、突然聞き捨てならないことを言われた。 目の前にあるカレーからこたちゃんの方へ目を向ければ、相変わらずの眩しい笑顔だった。少なくとも嫌味とかではなく本心で言っていることが伝わる。 「それ、ほんと?」 …私より強い? 大人ならともかく同年代ではあまりいないと思う。特に将棋とか、私、結構自信あるし。 その時は、そんなことないでしょーと思っていたけども、機会があれはいつかその人と一局やってみたいなと思った。 そんな会話から数日たったある日。授業もすべて終わりさあ帰ろうと思ったのだが、外はザーザー降りの大雨だった。…しまった、傘忘れた。 まだそんな相合傘をするような友達が出来ていない私は、昇降口のところで途方に暮れていた。寮住みだから実家から通っている子より家は近いけれども、それでも10分ぐらい歩かないといけない。どうしよう…。 そんな時、携帯がなった。画面を見るとこたちゃんからラインが来ていた。 『今日体育館整備で練習がなくなってミーティングだけなんだよねー! 名前どうせ傘ないでしょ? 』 わお、どんぴしゃだ。 「なんでわかったの?」と返せば「勘!」と返ってきた。こたちゃんらしい。さすが野性の勘持ってるだけある。返事を返す間もなくすぐに「30分ぐらいで終わるからまた連絡する!」と追撃メッセージが来た。うわあこたちゃん寮まで送ってくれるんだ、ありがたい。 「りょうかーい」と返事をして、待ち時間の30分は図書室で潰すことにした。 30分と少したって、こたちゃんからどこにいる?というラインが来た。図書室にいると返せば、昇降口で合流しようとのことだ。 「やっほー。」 「こたちゃんありがと。」 「てか雨やばくね?」 「やばい。」 昇降口に行けばもうこたちゃんがいた。こたちゃんの言う通り、外の雨は一層勢いが強くなっている。この調子じゃ相合傘をしてもびしょ濡れになるだろうな。 「雨やむまでちょっと待とうよ。」 「いいよー、…てか、どうせなら部室で待っとかね?」 「部室…ってバスケ部の?」 「うん! 赤司いるよ!」 「…あかし?」 にこにこと笑っているこたちゃんに対して、私は首をひねった。あかし、というのは人の名前だろうか。誰だろう。 「この前言ったじゃん。」 「?」 「名前より将棋強いかもーって奴!」 「え、」 それを聞いて、そわっと思わず浮き足立った。 実際強いかどうかは置いておいて、洛山に来てから私は一度も将棋をさしていない。そりゃそうだ、女子高生で将棋が好きですなんて子はあまり聞かない。 「そ、赤司将棋好きらしいよー。」 「…会ってみたい!」 だから私は食いついた。久々に将棋ができるかもという期待で胸が踊った。 「はじめまして。」 「どうも。」 赤司先輩とやらは確かに部室にいた。赤司先輩が軽く頭を下げると同時に、赤色の髪がサラサラと耳の前でなびく。 なにやら次の練習相手の資料を読んでいたらしくて、背筋よくベンチに座る姿はとても綺麗だった。年は1つ上らしいけど、正直それより大人っぽく見える。おまけにキャプテンもやっているらしくて、なに、超人かな。 「でねー、これ俺の幼なじみなんだけど将棋とか超強いの! 赤司1回戦ってみてよ!」 「へえ、おもしろそうだね。」 ふっと赤司先輩は微笑んだ。目を細めて笑うその姿はとてもじゃないけど同年代には見えなくて。うわあ大人だ、これはすごくモテるんだろうな。とそう思った。赤司先輩の周りだけキラキラと発光して見える。 確かここに将棋盤あったよね〜とこたちゃんはロッカーをごそごそいじり始める。…なんであるんだろう、ここバスケ部の部室なのに。 「君は1年かい?」 「はい。赤司先輩は将棋、よくするんですか?」 「まあそうだね。」 頭の体操にもなるしね、と赤司先輩は続けた。頭の体操、か。顔よし、バスケ部ということで運動神経もよし、でさらに頭もよかったらどうしよう。 「あった!」 こたちゃんが将棋盤を掲げるようにして叫んだ。うわ、本当にあるんだ。 「あとオセロ盤もあった!」 「ここバスケ部だよね?」 「もち!」 私の質問に対してこたちゃんはグッと綺麗に親指を立てて答えてくれた。2つ上とは思えないぐらい無邪気だ。赤司先輩の方が余裕で年上に見える。 てか、随分ボードゲームが揃ってる部室なんだね…。 「じゃあ一局お願いしようか。」 「…お願いします。」 将棋の駒を盤上に並べながら、私は軽く頭を下げた。 「…投了です。」 数十分して、私は唸るようにそう呟いた。目の前には私の王を囲むようにして赤司先輩の駒が並んでいて。…う、嘘でしょ。 赤司先輩はそれを見て、満足そうに口を開いた。 「なかなかやるね、いい試合ができた。」 柔らかく微笑んでそう言う赤司先輩を見て、思わず心の底から激しい感情が湧いてきた。自分で言うのもあれなのだが、私は負けず嫌いなのだ。 「あ、終わったー? 結局赤司が勝ったの?」 こたちゃんは将棋のルールがわからないので暇だったらしく、ずっとベンチで寝そべりながらバスケの雑誌を読んでいた。顔をむくりと上げて私たちのほうを見る。 …やだ、このまま終わりたくない、負けたくない、勝ちたい。そんな駄々っ子のような感情が胸を占める。つい、私は口を開いていた。 「…もう一回やりましょう。」 「いいよ。」 意外と赤司先輩も乗り気なようだ。まだ雨は激しく降っているしね、と言って楽しそうに頷いてくれた。 …よし、次こそ勝つ。 「………投了です。」 この台詞を言うのは、最初から数えて3回目だ。そして私の王が逃げ道なく囲まれている盤を見るのも3回目だ。……さんれんぱい、さんれんぱい。 「やっぱ赤司が最強なんだねー。圧勝?」 「いや、名字も善戦していたよ。」 なかなか手ごわかった、と赤司先輩は続けるがその表情にはどこにも焦りがなかった。余裕綽々。そんな言葉が脳内に浮かんだ。 目の前で済ました顔をする赤司先輩に見当違いな怒りが湧いてくる。思わず奥歯がギリっとなった。完全に八つ当たりというやつだ。 悔しい、と目でこたちゃんに訴えればこたちゃんは何か思い出したように口を開いた。 「あ、そーいえば名前ってオセロも強いよねー。」 …確かに私はオセロも得意だ。でも、将棋と比べるとそこまで好きではない。 だけど今はそんなことを言っている場合ではなかった。 「…赤司先輩、よろしければオセロもやりませんか?」 「いいよ、やろうか。」 赤司先輩は相変わらずな笑顔で答えてくれた。さっきまではその笑顔が綺麗と思っていたが、今では余裕そうだと癪にしか思えない。駄目だ心が荒んできている。 とりあえずこれで勝って、気分を立て直そう。いかんせん3連敗のダメージが大きすぎるのだ。 「…私の、勝ちですね!」 「……っ!」 よかった、勝てた、と思わず安堵のため息を吐いた。それから、心の中で大きくガッツポーズをする。 本当に良かった、もしこれで負けたらどうしようかと思った。 目の前には、白が7割ほど占めているオセロ盤があった。もちろん、私が白だ。思わず得意げな声が漏れる。よし、勝った、勝ったぞ! ふん、と鼻息をもらしつつオセロ盤から正面へと目を向ければ、目をわなわなと震わせている赤司先輩がいた。オセロ盤をじっと見つめていて、ぴくりとも動かない。 …あれ、なんかさっきと雰囲気違うくない? 瞳孔がかっぴらいていて正直ちょっと怖い。 「あれ、赤司負けたの?」 ひょいと顔を出したこたちゃんが呑気そうに、珍しいこともあるもんだねーと笑いながら言った。 そんな人の勝利をまぐれみたいに言うのはやめてほしい。これは正真正銘私が掴みとった勝利なんだから。 さあ、勝って気分も立て直ったところでさっそく将棋を挑もう。そう思ったんだけど、 「もう一回だ。」 赤司先輩がピシャリとそう言い放った。 最初出会った時に感じた大人っぽさはどこへやら。赤司先輩は、まるで負けず嫌いな子供のような顔をしていた。眉を寄せて口を若干尖らせている赤司先輩は完全に同年代にしか見えなくて。いや実際そうなんだけど、同年代なんだけど。 こたちゃんはそんな赤司先輩をにやにやしながら見ていた。 「もう一回だ。」 赤司先輩は再びそう言った。むすっとした顔でオセロの石を半分ずつ分けていく赤司先輩を、私は慌てて止める。ま、待って、なんで自然とオセロをもう一回する流れになってるの。 「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。」 「…なんだ。」 「将棋再戦したいんですけど。」 「将棋はもう3回しただろう。」 「う、」 そう言われると反論できなくなる。そうだ、確かに私は赤司先輩に3回将棋に付き合ってもらった。これは仕方がない。あと2回オセロに付き合うしかない。 じゃああと2回ですよ、2回したら次は将棋ですからね、と言って私は赤司先輩から石を受け取る。 「次は負けない。」 赤司先輩の目は静かに燃えていた。…私だって、負けられない。 「…これで、3戦全勝です!」 私はにこっと笑顔で言い放つ。よかった、やった、全勝だ! 最初の将棋の鬱憤もすっかり消え去って、随分機嫌が良くなった。もう気分は最高だ。今なら絶対将棋で赤司先輩に勝てる。 約束の3回も済んだし、さあ将棋の準備をしようと思ったら、赤司先輩が再びオセロの準備をしているのが見えた。その顔は大変不機嫌そうで。ちょ、…は? 「赤司先輩?」 「…もう一回だ。」 「もう3回やりましたよ、次は将棋しましょう。」 「もう一回だ。」 「そればっかじゃないですかー。」 赤司先輩は全く聞く耳を持ってくれない。なんだこれ、負けず嫌いにもほどあるでしょ。私も人のこと言えないけど。 「ほら、約束したじゃないですか。」 「…オセロがいい。」 赤司先輩がむっと拗ねたようにそう言った。まるで本当に子供だ。 が、私だってずっと将棋を我慢していたのだ。ここは譲るわけにはいかない。 「そんな拗ねた顔しても駄目ですよ。」 「拗ねてない。」 「拗ねてますよ。」 「うるさい。」 「…はい?」 その言葉のせいで、睨み合う私たちの間にバチバチっと火花が飛んだ気がした。 「駄目です、将棋します。」 「絶対にオセロだ。」 「勝手に決めないでください。」 「いや、俺が決める。」 「何の権限があってそんな。」 「俺の方が年上だろう。」 「………。」 「年功序列だ。」 「………こたちゃんも将棋がいいと思うよね!! 」 「なんでここで俺に振るの?!」 年功序列と言われたらそりゃこたちゃんに頼るしかない。 そう思ってこたちゃんに話を振れば、二人とも殺気バチバチで超怖いんだけど!最初すごい友好的な感じだったじゃん!なんで!?と嘆きはじめた。 そりゃあ最初は赤司先輩がこんなに負けず嫌いでこんなに子供っぽいとは思っていなかったからね。 結局、そのあとすぐにこたちゃんが「雨やんできたから帰ろ!今のうち帰ろ!早く!」と言ってきたので、将棋もオセロも再戦はできなかった。 …このリベンジ、必ず果たす。 ← → 戻る |