「…名字。」 「ん?」 「………はよ。」 「ああうん、おはよう。」 私が返事をしたと同時に笠松くんはそっぽを向いてしまった。あっちから挨拶してきたのに、解せぬ。 笠松くんは女子と話すことが出来ない…らしい。ただしそれは私以外の女子との場合だ。 私は笠松くんの中では打ち解けている女子の部類に入ると思う。結構目も合うし、さっきみたいに笠松くんから挨拶もしてくれる。ほんの少しだけど。 私と笠松くんは同じクラスという接点しかないので、最初の方はなんで私にだけちゃんと話ができるのだろうと思っていたけど、最近とある仮説を思いついた。 笠松くんは、私で女子慣れしようとしてるのではないか、という仮説だ。 だって私…可愛くないし。その証拠に、クラスの女子全員を口説いてる森山くんに私は今まで一度も口説かれたことがない。 だから笠松くんは、私を相手に女子と話す練習をしてるのではないか、という説が最近の私の中ではもっぱら有力だった。 今日、笠松くんは休みだった。どうやら風邪を引いたらしい。体とか強そうなのに少し意外だった。 「なあ、」 放課後になり、帰ろうと教科書を鞄にしまっていたら森山くんに声をかけられた。 「なに?」 「名字って家どのへん?」 「…なんで?」 「いいから。」 「〇〇駅の近くだけど…。」 そう返せば森山くんは何故かニヤと笑った。えっ、なんで。 「これさ、」 「なに?」 そう言って差し出されたのはプリントの束。受け取ってパラパラと見てみると、今日授業で使ったプリントたちだった。 「笠松んちに届けてくんね?」 「えっ?」 思わず聞き返してしまった。え、今なんて言った? 「笠松今日休みだろ? 地図なら後でラインで送っとくから、よろしく。」 「ちょ、ちょっと待って!」 そのまま鞄を持って教室を出ようとする森山くんを慌てて引き止める。 「なんだよ。」 「なんで私が!」 「だって名字んちと笠松んち近いし。」 「え、そうなの?」 「そうだよ。てなわけでよろしく。」 「じゃなくて! 森山くんが届けたらいいじゃん!」 「俺部活だし。」 「そ、そうだとしても絶対森山くんが持っていった方がいいよ! 私が行っても笠松くん嫌がるだろうし!」 「…名字それ本気で言ってる?」 「え?」 「まあいいや、頼むよ。」 結局、森山くんは無常にも教室を出ていってしまった。……なんてことだ。 森山くんが本当に地図を送ってきたせいで、私は今笠松くんの家の前に来ている。のはいいけど、もう帰りたい。てか怖くてインターホン押せないんだけど…。 でも、押さないとこのプリント届けられないし…ええい女は度胸だ! えい、とインターホンを押せばピンポーンと音が響いた。 しばらくして『…はい』という声がインターホンから聞こえる。笠松くんの声だ。 「あの、名字だけど。」 『……は?!』 驚いたような叫び声が聞こえた。…うん、そりゃそうだよね。そういう反応にもなるよね。 「森山くんに頼まれてプリント持ってきたの。」 『…あいつ!』 ほら、怒ってるよ森山くん。私知らないからね。私のせいじゃないからね。 「ポストにいれとくね。」 そうした方が笠松くんにとっても私にとってもいいだろうと思ってそう言ったのだが、 『…いや、あがってけ。』 「へ?」 『今玄関開けるから。』 「へ!?」 なんで。 わざわざあがってと言ってくれたのを断るわけにもいかず、笠松くんの家なう。しかも玄関から本人に招かれるままついて来たせいで何故か笠松くんの部屋なう。なんで。本当になんで。 ちなみに親は仕事でおらず今は家に笠松くん1人らしい。これ私あがったらダメなやつじゃないの。 笠松くんの部屋は物が少なくて綺麗だった。座れよ、と促されたのでおずおずと部屋の中心に腰を下ろす。なんとなく、正座だ。 笠松くんはスウェット姿でおでこには冷えピタを貼っていてちょっと可愛い。そして顔はほんのりと赤い。やっぱり熱があるんだろうか。 私の目の前に笠松くんも腰を下ろした。私は鞄からプリントの束を出す。 「はい、これプリント。」 「…ああ、さんきゅ。」 プリントを手渡し、それを受け取った笠松くんは中身をペラペラと確認し、そして 「……。」 「……。」 無言。 き、気まずい…! 笠松くんは女子とそんなしゃべるタイプじゃないし、こうなることは予想できてたはずなのに。改めてなんで私は部屋まで招かれたんだろう。 「…あ、ごめんね、じゃあ私もう帰るね。お大事に。」 とりあえずもう早く帰ろう。そう思って立ち上がったのだが、 「いや、……待て!」 そう言って思いっきり腕をつかまれた。そしてそのまま再び座らされる。えっ。 「ど、どうしたの…?」 「……なあ、」 笠松くんは恐る恐るというように口を開いた。私は少しドキドキしながらも続きの言葉を待つ。いや、だってまだ腕つかまれたままだし。男の子に触れられる機会なんてめったにないからそれだけでも緊張する。 「なんで、…部屋まで呼んだと思う。」 「え…?」 「なんでだと思う。」 なんでって、そんなの…私が聞きたい。なんで私を部屋まで招いたの。 「…なんで?」 「俺のわがままだ。」 そこまで言って、笠松くんは私の腕から手を離し、私の手を握ってきた。 「っ、」 その行動に思わず肩がはねる。びっくりして笠松くんの顔を見たけど、笠松くんは下を向いていて表情がわからず真意は読めなかった。な、なに、なんなの。 「単に、会いたかったから。」 「……へ?」 「顔を見て、名字と、喋りたかったから。」 「ちょ、ちょっと待って。」 「…あのさ、」 なにか覚悟を決めたような顔をして、笠松くんは私の顔を見た。 「お前気づいていないだろうから、はっきり言うけど、」 笠松くんはそこで一息つく。顔は赤いが目は至って真剣で。見つめているとその目に吸い込まれそうになって頭がくらくらした。 繋いだ手を少し強く握りなおして笠松くんは口を開く。 「好きだ。」 その言葉を聞いて、息が詰まるような感覚になった。手にうっすらと汗がにじむ。 頭が真っ白で何も考えられないけど、でも、 「……うん。」 私は、手を握り返した。 ああどうしよう。心臓が、痛い。 ---------- 実は笠松は黒バスキャラの中で一番好きなのですが、好きすぎて逆に今まで夢を書けずにいました。しかし! 今回あみだでこのリクエストが当たった瞬間に!は…天が私に書けと命じてる…!となり!無事に笠松夢を書くことに成功しました! 私を新たなステージに導いてくれる(大袈裟)リクエストをくださった青春様、本当にありがとうございます! ← → 戻る |