番外編


私と氷室は体育館にいた。他に人はいない。

「ほらほらほら…。」

「く…、ふ、あはははは!」

私は氷室を一心にくすぐっていた。

私は体中に力が溢れているのを感じていた。それはもう、レギュラーでダブルエースの一角である氷室を、力で取り押さえることが出来るぐらいに。

私のくすぐりに対して氷室は声を出して笑っている。そうだ、私は、この光景を待ち望んでいて…、



ジリリリリリリ!!!

その音で目が覚めた。……え、なに、今の、

「…夢?」

まさかまさかの、氷室をくすぐる夢……!?

以前、氷室くすぐり悪戯計画に失敗してからもう半年近くたつ。なのに今更こんな夢を見るなんて…。
なんなの、私。もしかして欲求不満なの。

いや、でも、これは、



「突然ですが、悪戯同盟を再結成しようと思います。」

昼休み、私は同じクラスである劉と1つ下の学年の紫原の前でそう宣言した。紫原はお菓子で釣って呼び寄せた。

「再結成って…、ゴリラいないのに誰に悪戯するアルか。」

つまらなそうな顔で劉はそう言った。
私たちが3年に進級してはや一ヶ月。確かに、悪戯対象である岡村主将どころか悪戯同盟代表の福井先輩も卒業してしまった。だがしかし、

「氷室がいるでしょ。」

「は?」

「新しい悪戯対象は氷室にしよう。」

「うわ、失敗しといて懲りてなかったのー。」

「うるさい、あれは紫原が裏切ったから失敗したんでしょ。」

「そうだっけー?」

ボリボリと私が買い与えたポテトチップスを食べながら、紫原が他人事のように言う。何だその態度。あの裏切り、忘れたとは言わさんぞ貴様。

「てか、随分今更アルな。」

「実は夢を見てさ…、」

そう前振りをして、朝に見た夢の内容を軽く説明する。
話し終わった時、劉も紫原も心底引いた顔をしていた。え、なんで。

「うわ…。」

「なに。」

「お前欲求不満すぎアル。引く。」

「うるっさいな!」

確かにあれ?私って欲求不満?って思ったけども!自覚あるからいいんだよ!

「氷室をくすぐるとかお前には無理な話アル、諦めるアル。」

「私も諦めたつもりだったけどさー、夢で見たらやりたくなっちゃうじゃん!」

これぞ天啓ってやつ?と続ければ劉は馬鹿アルとため息をついた。なんだよ劉、ノリ悪いな。乗れよ。

「天啓とかみどちんみたいなこと言うねー。」

「みどちん?…てか、紫原今回こそちゃんと協力してよね。」

「えー、やだ。めんどい。」

「そんなあなたにー?」

パンパカパッパッパーンと某青色猫のBGMを口ずさみながら、私はリュックからとあるものを取り出した。

「なにそれ。」

「私セレクトお菓子コレクション。」

「お菓子!」

一瞬にして目を輝かせた紫原に、お菓子の詰まったスーパーの袋を渡す。大量に買い込んだせいで地味に出費はかさんだが、こいつの裏切りを防ぐためにはこのぐらいの量が必要だろう。
氷室をはめるうえで、氷室に可愛がられている紫原の存在は必要不可欠なのだから。

「よし、じゃあ紫原が仲間入りしたところで、改めて対氷室悪戯会議をはじめ、」

「面白そうだね。俺も混ぜてよ。」

ふと、後ろから声をかけられた。その瞬間、ぞわりと背中に鳥肌がたつ。目の前にいる劉と紫原は私の真後ろを見ながら目を見開いていた。

…最強に嫌な予感がする。て、いうか、今の、声は…。

恐る恐る振り返れば、そこには綺麗な笑顔を浮かべた片眼の男が立っていた。

「ひ、ひむろさん…。」

「やあ。」

そう、そこにいたのは、現在話題に上っていた男、氷室であった。

「どうしてここに、」

「クラスの子に、隣のクラスでバスケ部集まってるっぽいよ?氷室くんは行かなくていいの?って言われてね。それで来てみたら、俺抜きで随分楽しそうな話をしてたじゃないか。」

「ちょっと便所行ってくるアル。」

「俺もう教室帰るね。」

「ちょっと待て!2人とも逃げるな!」

そう言って席を立つ劉と紫原に手を伸ばして訴えかけるが、薄情な2人はそそくさと教室から出ていってしまった。
てか、紫原てめえちゃっかりお菓子持って帰ってんじゃねえよ!協力しないなら返せ馬鹿!!
紫原を追いかけようとしたが、氷室に優しく肩を押されて席から立つことが出来なかった。あれっなんだかデジャブ。

氷室はニコニコと笑っているだけだった。そんな氷室と自然に目が合う。

「あの…、」

「…。」

「えっと、」

「…。」

「…すいまっせんした!!」

ぶんっと勢いよく頭を下げて謝ってみたが、当の氷室はただただ笑顔を浮かべていた。
…笑ってるだけなのにこんなに怖いとかなんなの。帰国子女だから?あれ?帰国子女にそんな能力あったっけ?そもそも帰国子女ってなんだっけ?とりあえず怖い。
クラスのみんなもどうしたの?みたいな興味津々な顔してないで誰か助けてマジで。へるぷみー。

「本当にこりてないんだね。」

「…。」

「あんなにお仕置きしたのにね。」

「それはあんたが無理やり部屋に連れ込んだからでしょーが!」

「もう一度してあげようか?」

「勘弁!てか氷室力強すぎてあのあと手首にすごいあざついたんだけど!」

「君が暴れるからだろ。」

この時はお互い言い合いに必死で、私たちの会話を聞いた周りがざわついていることなんて全く気づかなかった。


あの2人ってやらしい関係らしいよ、という噂が広がって2人して頭を抱えるはめになるのはまた別の話。


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