「諏佐!」 「よお。」 ここはとある喫茶店。店に入って諏佐を見つけた私はその名前を思いっきり叫んだ。 ちょいちょいと諏佐が手で招いてくれて、私は諏佐の前の席に座る。やってきたウェイトレスに飲み物だけ注文して、先に出された水を一気に飲んだ。口の周りについた水滴を袖で拭う。周りの目なんて気にしない。今はそれどころじゃない。 「落ち着けよ。」 「これが落ち着いてられるか!」 そう、今、私の気持ちは荒れに荒れていた。もしここが公共の場じゃなかったら、思いっきり机を叩きたいぐらいには荒れていた。 諏佐はそんな私をどうどうとなだめてくれる。突然「会って話したいことある!会える?」っていうメールをしたのに、何も聞かず「わかった」と言って会ってくれるあたり本当に優しい奴だ。 「で、どうした。」 「翔一と喧嘩した!」 「またか。」 やっぱり、と諏佐は予想通りという顔で呟いた。 そう、私と翔一は結構な頻度で喧嘩をする。ほとんどが軽いものだが、大体いつも諏佐に愚痴っていた。その度に諏佐は嫌な顔一つせず聞いてくれる。 「それで今回の原因は?」 「そう!聞いてよ諏佐!」 「声がでかい。」 しー、と人差し指に口を当てる諏佐を見て、私は思わず口を押さえた。そうだった、ここは喫茶店だった。興奮しすぎてつい叫んでしまった。 私は少し声量を落として続ける。 「昨日私ハンバーグ作ってさ、結構自信作だったし実際おいしかったのよ。」 「ほお。」 「で、翔一においしい?って聞いたらさ、」 「展開が読めてきた。」 「まあ食べれんこともない味やな、って言ってきて!」 「声真似うまいな。」 「言いたいのそこじゃない!」 「わりい。」 「もうそれで私超怒って、出ていってやる!って言って、」 「おお。」 「そしたら、最近は物好き多いから襲われんようになーって言われた!なんなのあいつ!」 「引き止めないバターンか。」 「むかついたから、お前が一番の物好きだろーが!って怒鳴って出てきた。」 「突っ込むとこそこかよ。」 もう激おこである。激おこスティックファイナリアリティぷんぷんドリームである。昨日は友達の家に泊めてもらったけど、結局今の今まで翔一から連絡とか何もないし!今回は翔一が悪いんだからあっちから謝ってほしい。 「私悪くない。」 「まあそうだな。」 「なのに謝ってくれない。もうすぐ丸一日たつのに連絡もない。」 「泣くなよ。」 「泣いてなんかないやい…。」 そう言って私はズビと鼻をすすった。 泣いてなんかない、泣いてなんかないけど諏佐が差し出してくれたハンカチはありがたく借りることにする。てかさりげなくハンカチくれるとか諏佐ほんと紳士だな。 「諏佐優しい。もう諏佐に乗り換えようかな。」 「勘弁してくれ、俺が今吉に殺される。」 「その時は私が翔一ぼこってあげるよ。」 「ヤり返されるぞ。」 「変換!!」 「まあそれも悪ないわな。」 「…………は?」 突然、ここにいるはずのない人物の声が後ろから聞こえて、私は思わず振り返った。 「…翔一。」 「やっほ。」 「な、んでここに。」 「思ったより早かったな。」 「………………まさか!」 諏佐のほうを睨めば、なんのことだかとはぐらかされた。 し、白々しい顔して!くそ!ここにいることは誰にも言ってないんだから、翔一にチクったのはあんたしかいないってわかってるんだよ! 「じゃあ俺は帰るからあとは2人で。」 「おお、すまんな。」 「ちょっと諏佐!」 「まあ待ちいな。」 諏佐を引き留めようと席を立つ私の肩を、翔一は軽く押した。その勢いで私は椅子の上に戻される。 諏佐はそのまま店から出ていってしまった。 諏佐のいた席にはそのまま翔一が座る。翔一はいつものようなヘラヘラした顔をしておらず、至って真顔で、向かい合った席が少し気まずい。 「なあ。」 「…なに。」 「…昨日のハンバーグやねんけどな、うまかったで。」 思ってもないこと言って悪かったな、と言って翔一は私の頭を撫でた。そんなことしても騙されないんだから!と言おうとしたが、翔一が本当に申し訳なさそうな顔をしているので、結局何も言えなかった。 「…ずるい。」 「なにがや。」 「なんでもない。」 「なんやねん…、まあええわ。ほら、帰るで。今日の飯はわしが作ったるから。」 「……うん。」 そう言って翔一は手を差し出してきた。私はその手をとって大人しく立ち上がる。繋いだ手はとても暖かかった。 今まで、どれだけ怒ってもどれだけ喧嘩しても、結局この手は離せなかったのだ。 ← 戻る |