従順なフリしてあげる


「え、なにこれ?」

引っ越してから数日がたった。金曜日である今日は1限から授業があるので、授業が2限からだから今はまだ寝ている千尋のために朝ごはんにラップをかけた。さあ家を出ようかと思ったその時、いつの間にか起きてたらしい千尋に呼び止められた。
どうしたの?と聞けば、いつも以上に死んだ目を眠そうに瞬かせながら「………これやる。」と包装された箱を差し出してきた。…なにこれ。

「あけてみろ。」

「あけたいところなんだけど、今から学校なんだよね。中身なに?」

「…じゃあ帰ってから見とけ。」

そう言うと千尋は振り返って廊下を進み出した。え、用件これで終わり?結局これなに?
私は慌てて千尋の後ろ姿に声をかけた。

「ねえ!なんで急にこんなのくれたの?」

「……引越し祝い。」

「へ?」

「……。」

「…いやいや、私たち一緒に引越してきたじゃん。」

なんなの引越し祝いって。恐らくとっさに言ったのだろうけど、いくらなんでもその理由は苦しすぎない。てかもう引っ越してから1週間ぐらいたってるし。
言った本人も、その理由の無理くりさを自覚しているのか、なんとも言えない表情をしていた。

「…あ、時間やばいかも。ごめん、帰ってから見るね!」

「ああ。」

時計を見ると結構ぎりぎりな時間だった。いってきます、と言って急いで家を出る。箱の中身を見るのは帰ってからのお楽しみにしておこう。





「…………なーるほどね。」

夕方、授業が終わってすぐに直帰し例の引っ越し祝いとやらを開けてみた。するとそこに入っていたのは、真っ白で少しフリルのついた可愛らしいエプロンだった。

わざわざこれをプレゼントしてきたのは着ろということか。どうせ、裸エプロンとか考えたのだろうあのムッツリめ。
だがしかしそうはいかせない。てか裸エプロンなんてそんな恥ずかしいこと出来やしない。せっかく貰ったものだし普通にエプロンとして使わせてもらう。

千尋の授業が終わって帰ってくるまでまだ1時間ほどある。夜ご飯の支度でもしとこうか。さっそくこのエプロンの出番だ。





鼻歌を歌いながら今日の夜ご飯であるカレーを煮込んでいると、玄関の鍵が開く音が聞こえた。千尋だ。
急いで鍋の火を止めて玄関まで迎えに出る。おかえり、と声をかけた先にはやっぱり千尋がいた。

千尋は私を見ると、少し目を見開いて固まった。何か変なとこある?と千尋の目線を辿れば自分の着ているエプロンが目に入る。

「あ、これ、さっそく使わせてもらってる。ありがとね。」

「……。」

「千尋?」

千尋は額に手を当てて黙りこくっている。俯いた顔からは表情が読み取れなかった。

「ねえ、」

「……予想以上にきた。良い。」

「え?下に服着てるけど。」

「お前は俺をなんだと思っている。」

ムッツリだと思っています。

さすがに声に出しては言わなかった。

「おい。」

「なに?」

「…あれ言ってくれ。」

「?」

「定番の。」

「……今夜はカレーよ?」

「違う。てか、そんなもん匂いで分かる。」

「金曜といえばカレーでしょう。」

「そうか。……じゃなくて。」

千尋は首を振りながらそう言った。珍しく少し焦ったような顔をしている。
いったい何を言えというのだろう。さっぱり分からない。

「分からないのか。」

「全く。なに?」

「………飯か風呂か、ってやつ。」

「え、」

千尋の意図していることがわかって、かっと顔が熱くなった。

「…ムッツリ。」

「うるさい。…いいから早く言え。」

もしかして、わざわざ引っ越した直後じゃなくて明日が休日である今朝に渡してきたのは、これを見越してのことだったのかもしれない。策士というか、なんというか…。うん、やっぱりムッツリだ。

それでも、結局、言いなりに言おうとしている私も相当なのだろうけど。


「……ご飯とお風呂と私、どれにする?」


馬鹿だな私。わざわざ聞かなくても答えなんてわかっているのに。

「…お前。」

そう返されるのと、千尋の指が私の頬に触れたのは、ほぼ同時だった。


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