わがままでさえ愛しい


大学三年の春、恋人である黛千尋の強い要望により、私たちは同棲することになった。

お互いに一人暮らしをしていたし、新しい家は大学により近くなるので距離的な問題はなかった。そして、私たちはとっくの昔に両親公認の仲だったので、そのあたりもすんなりといった。

そんなわけで、引越し初日の今日。朝、引越し業者に大きな荷物を運んでもらい、それからずっと荷物整理をしていた。そしてやっと少し落ち着き、先ほど夜ご飯を食べ終えたところだ。

「あー、疲れた。」

そう言って、洗い物をしながら首を左右に傾ける。朝からひたすら荷物を片付けていたからへとへとだ。
幸い今日は土曜日。残りの荷物整理は明日するとして、今日はもうお風呂に入って寝てしまおう。
千尋も珍しく疲れた素振りをしていたし、おそらく同じことを思っているはずだ。

ちなみに千尋は今お風呂に入っている。千尋があがったら私も即効入ろう。そして寝よう。


「………名前。」

「あ、お風呂あがった?」

ぼそり、と名前を呼ばれて振り向けば、そこには肩からタオルをかけて楽な格好をした千尋がいた。いつもどおりの死んだ目でこちらを見て立っている。
相変わらず気配の薄い人だ。声をかけられるまで居ることに気がつかなかった。まあ、急に声をかけられるのにはもう慣れたけど。


私と千尋は高校が同じだった。しかし、違うクラスであった1年と2年は一度も会話をしたことがなく、3年で同じクラスになった時に初めて千尋の存在を知った。
最初の席が近かったこととラノベという同一の趣味のおかげで、私たちはわりと早い段階で仲良くなった。

夏になる前のある日、明日試合に出るんだけど、と突然言われた。そう言えばこいつバスケ部だったなと思い、その日は特に用事もなかったのでその試合を見に行くことにした。

結果、惚れた。

普段はやる気なさげな態度の癖に、試合の時は真剣な顔をするものだから、まあ、あれだ、ギャップというやつだ。

千尋が部活を引退したあと、私は告白をした。完全にダメ元だったし、受験もあるし、付き合う目的というより気持ちを伝える目的だったのだが、返事はまさかの「まあいいけど」というものだった。

そんな感じで、私たちの付き合いは高3の夏から続いている。

のだが、

「おい。」

「ん?なに?」

「…膝枕。」

「へ?」

「膝枕。」


どうしてこうなった。

実はこの男、心を許した人間には普段と全く違う態度をとるのだ。それは私に対して特に顕著で、外で見せているようなクールな一面とはうってかわり、2人っきりになると凄くデレてくる。しかも真顔で。
そして今が、それだ。

千尋は相変わらず、真顔かつ無言でこちらを見ている。それでも3年も一緒にいればだいたいの感情はつかめるようになるもので。真顔は真顔でも、今はいつもとは少し違う。

私には分かる。その表情は、疲れたから癒せと物語っていた。


「…私も疲れているんですけど。」

「俺もだ。ソファでいい。」

「え、やる前提?」

「…。」

頑なにソファを指さす千尋に、私はため息を1つつく。早くお風呂に入りたいのに。

それでも、ソファの方に向かってしまうのは、完全に惚れた弱みというやつだ。正直、デレてくる千尋はとても可愛いからつい言う事を聞いてしまう。ギャップほんとたまらないです。

仕方なしね、と言ってソファに腰を下ろせば千尋もこっちへやってきた。自分の膝を軽く叩いて誘導する。

「どーぞ。」

「…。」

千尋はそのうえに黙って寝転がった。濡れて冷たい髪の感覚が直で伝わってくる。髪ぐらい乾かせ馬鹿。

「髪まだ濡れてるよ。」

「後で乾かす。」

「気分はどーですかお客さん。」

「…悪くない。」

千尋は少しだけ、満足そうに微笑んだ。その顔を見るだけで疲れが吹き飛んだ気がするから本当に不思議だ。さらに加えて、気持ちよさそうな顔までするもんだから……めちゃくちゃ可愛いです。

湿っている髪を撫でてやれば、千尋は気持ちよさそうに目を細めた。その姿はまるで猫みたいだ。髪も猫っ毛だし。
灰色のそれに指を通せば間を綺麗に流れていく。千尋の髪は細くてサラりとしていて、凄く触り心地がいい。いいなあこのキューティクル。

「千尋の髪はサラサラでいいね。」

「……。」

「ちょ、寝てる?」

「……。」

「おーい。」

「…おきてる。」

ポンポンと軽く頭を叩いて声をかければ、千尋はゆっくりと目をこすって小声でそう言った。え、なにその仕草可愛すぎでしょ。猫じゃん。

結局1時間近く、私の足が痺れで悲鳴を上げるまで膝枕をし続けた。足は本当に痛かったけど、千尋の可愛い姿をたっぷり見れたからまあよしとする。


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