私が今吉の家に来るようになってから1年がたった。 料理を教えてもらうようになってからはもう随分と経つ。私の料理の腕は、今吉の指導によりなんと人並み程度にまでなった。おかげで今では交代で夜ご飯を作っている。昔のことを考えれば、ものすごい進歩だ。 「はい、出来たー!」 「おお。」 今日は私が作る番だった。今吉に、何食べたい?と聞けば、なんでもいい、と返ってきたので、なんとなく食べたくなったラーメンを作った。 今吉は、腹減ったわと言いながら食器の準備をしてくれる。もうすっかりなれた作業だ。二人とも安定の定位置について、いただきます、と手を合わせて、食べ始める。 しばらく、お互いがラーメンをすする音だけが部屋に響く。 すると、ふと今思いついたかのように今吉が口を開いた。 「名字って彼氏とかおらんのか。」 「急になに。てか、いたら今吉と毎日ご飯食べてないよ。」 「それもそやな。」 「…このやり取り昔しなかったっけ。」 「した。」 確かあの時は今とは逆で、私が今吉に訪ねたのだったけど。 「懐かしいね。」 「せやな。てかあん時、お前突然来たからビビったわ。」 「サプライズ!ってやつだよ。」 「そんな驚きいらんわ。」 アホか、とため息をつきながら今吉が言うので、人生驚きも大切だよ、と返した。 それに対しては何も言わず、今吉は箸を置いてこちらを見てくる。え、なに、まだラーメン残ってるでしょ。 「なあ、名字。」 「ちゃんとそれ最後まで食べてよ。」 「後でな。それよりや、」 そろそろ一緒に住むか。 そう、さらりと世間話をするように話す今吉に、私は一瞬思考が停止して瞬間ふきだした。汚いなと今吉が文句を言うが私はそれどころではない。 …え?は?今なんて言った? 「…いやいやいや!なにそれ!?」 「なにって、同棲?」 「おかしい!おかしいよ!そういうのは付き合ってる人達がするもんだよ!」 「じゃあ付き合えばええやろ。」 「じゃあ!?」 「なんや嫌なんかい。」 「嫌とかじゃなくて!」 そういう問題じゃないじゃん! 焦りまくる私とは対照的に、今吉は平然とした顔をしている。なんでそんなに余裕そうなのよ。 やれやれといった表情で今吉は言葉を続けた。 「じゃあ考えてみーや、お前、わし以外の男と付き合えんのかい。」 「…へ?」 「無理やろ。」 「……なにその自信。」 なんて言いつつも、実際、自分が今吉以外と付き合っている姿なんて想像できなくて。 料理の腕は今吉の舌の好みに合わせて上手くなったし、今吉とご飯食べない日は自分でも驚くぐらい違和感あるようになったし、ほんと、なにこれ。 答えなんて1つしかないじゃん。 「…てか、私でいいの。」 「まあしゃーなしやな。」 「妥協!?」 「嘘やんか。名前やからいいんやろ。」 相変わらずさらりと言い放つ目の前の男に、私は惑わされてばかりだ。しかも、名前呼びとか、ほんとずるいし。 「そんじゃ、これから改めてよろしく。」 「…ラーメン食べながら告白されるとか思ってなかった。」 「食い意地はってる名前にピッタリやろ。」 馬鹿にしたようなその言葉に私は反論しようとしたが、今吉の手が私の手に重ねられたことによって、それは叶わなかった。大きくてゴツゴツした手に似合わぬ優しい触れ方に、思わず顔が熱くなる。 堪らず今吉のほうを見れば、真っ直ぐな鋭い目と視線が交わった。 「好きやで、名前。」 …きっともう、私はこの手を離すことはできないのだろう。 ← → 戻る |