今吉のスパルタ指導が始まって数週間。基本的なことなら、私はもう十分人並みに出来るようになっていた。 もうひとつ、変わったことがある。今まで材料費を支払うのに使われていた貯金箱が使われなくなったのだ。その代わりに、今は私と今吉、時間があるどちらかが食材を買うようになった。これは今吉からの提案だった。なにかもやりとしたものを感じたが、結局それが何なのかはわからなかった。 今日は私のほうが授業が終わるのが早かったので、私がスーパーに買出しに行った。必要なものがリストアップされたメモを見ながら買い物をしていると、自分が小さい子になってお使いをしているように感じる。なんだか少し悔しい。いつか私が献立を考えて、今吉にこの気分を味あわせてやりたい。 「あ、今吉。」 「おう。」 スーパーから今吉の家に向かう途中で、今吉と出会った。 今吉は私の姿を見ると、何かを思い出したようで、ポケットをごそごそといじり始めた。なんだなんだ、なにかくれるのか。 「…これ、やるわ、さっき作ってきてん。」 「鍵?」 「ワシんちのや。あったほうが便利やろ。」 「…そう?」 「だってお前、ワシおらんかったらドアの前でずっと待ってるやん。」 もう冬やし凍死されてもかなわんからな、そういって渡された鍵を私は受け取る。 合鍵、それを見て、私は胸の奥に何かつっかえるのを感じた。まただ。また、もやもやする。 「あのさ、今吉。」 「なんや。」 「……いや、なんでもない。」 「?」 なにか、言わなければならない気がするのに、いざ言おうとすると何を言えばいいのか分からなくなる。なんなんだこの気持ちは。 ← → 戻る |