馬鹿な子ほどいとしい


季節はすっかり冬になった。

「うわ!ふきこぼれた!」

「アホ、はよ火弱めんかい!」

最近、今吉は私にも料理を作るのを手伝わせるようになった。私は自分の料理下手を自覚しているので、何度も断り続けたが結局は押し負けて、最近は簡単な手伝いをするようになった。
沸騰する鍋を目の前にあばばばばばと慌てる私を尻目に今吉は火を弱める。瞬間、鍋は落ち着いた。

「こんな地獄釜みたいな肉じゃが、始めて見たわ。」

「やっぱり火加減見るのは難易度高いね。」

「んな難しいことちゃうやろ。」

「今吉鍋見ててよ。私食器出すから。」

「自分でやれ、練習や練習。」

大体鍋見るのに難しいもなにもないわ、と今吉は続けた。いやいや私にとっては超難しいことなんだって。料理を手伝うように言われて1週間ほど経つが、野菜を切れるようになっただけでも私から見れば凄い進歩なのだ。まあ今吉がスパルタだったから気合で覚えたんだけどね!包丁で手を切ることより今吉の威圧の方が怖かった。

「皿はワシが出すから続きよろしく。」

「えっ待って私を1人にしないで!」

「大袈裟か。」

アホと言いながら今吉は私の頭を小突く。こんな火にかけられた鍋を前にして私をおいていくとか今吉の鬼畜め。全部こげて今日の夜ご飯無しになっても知らないからな!
恨みがましい目で今吉を見るが、今吉は何処吹く風という顔で食器を出していた。

あれから、ここには私用のお茶碗とコップとお皿が増えた。ちなみに全部今吉セレクトだ。今吉のセンスは好きなので物自体に文句はないが、全部今吉が買ってくれているのでなんだか申し訳のない気持ちになる。代金を渡そうとしたが結局受け取ってくれなかった。
お金といえば、最近、私が今まで払っていた材料費も受け取ってくれないことが多くなった。なんだろう、今吉、いいバイトでも見つけたんだろうか。お金持ちになったのかな。

「おい、もう火とめてええんちゃうか。」

「うわほんとだ!」

少し考えにふけっている間に、鍋は再び煮立っていた。今吉に声をかけられ急いで火を止める。

「あっぶなー、また沸騰するところだった。」

「鍋見とくことも出来へんのか名字は。」

「まあね!」

「自信満々に言うなボケ。ほんまそんなんで、ワシがおらんなったらどないすんねん。」

餓死するんちゃうか、とため息と一緒に今吉は言った。

…今吉がいなくなる?

よくよく考えれば確かにそうだ。こんなご飯を一緒に食べる関係がいつまでも続くとは限らない。いつかは終わるだろう。その時、私は、どうなる?

私が固まっていると、笑う声が聞こえた。今吉の方をバッと振り返るとなにやら満足げな顔で笑っている。

「…何その顔。」

「なんでもないで。」

「嘘だ!」

「嘘ちゃうわ。ほら、はよ食べるで。」

「はぐらかさないで!」

「うるさいやつは飯抜きや。」

「え、なんで!それ私作ったやつじゃん!」

「あんなん作った言わへんわ。ボーッとしてただけやん。」

「いやいや、ちゃんと作ったし!」

「はいはい。」

そう言って今吉はヒラヒラと手を振った。…くそう、絶対に料理うまくなってやる。いつか今吉をギャフンと言わしてやる。私はそう固く心に誓った。


「…ほんまお前はアホやなあ。」

「え、なんか言った?」

「いや、別に。」


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