星の骨組み

 ───なんてこった。

 舐めてたわ、犯罪発生率他県を抑えて堂々の首位に立つ米花町という町を。
 額に手を置き、歩みを止めて息を潜める。

「あの、人を待たせてるんです、どいてください」
「いーじゃん、その人って男? 俺らと遊ぼうぜ」
「ですから……」

 えええ…今どきこんな人いるんだ。

 高校の帰り道、一人鍋でもしようかとスーパーに向かおうとした途端に聞こえてきた制止の声に素でため息が漏れた。
 遊んでる人間の格好に、頬が引き攣る。

 ───典型的なナンパをする大の大人に数人、寄って集って華奢な体つきの女性が迫られているのを路地裏にて発見してしまい、無意識に二度見してしまう。明らかに女性は怯えの様子を出しているし、目の前にいる男たちが邪魔であると眼差しが顕著に言っていて、にやにやと素面さえも疑わしい言動を繰り返す男にあることが過ぎる。
 これまでは運と気まぐれが勝っていたのか、警察が駆けつける大きな事件には遭遇したことがなかった。
 ……うん、これは、なるほど? 補正ってやつだな?
 事件ホイホイと名高い少年と共にいなくても、米花町にいるだけでエンカウント率はすこぶる絶好調に上昇するらしい。私は工藤新一の双子である、確定すぎてぐぅの音も出なかった。

 とにかく、見て見ぬふりをする選択肢は元よりなく。現住所と最寄りの交番の電話番号を検索し、かける。端的に、的確な情報を伝えて角から顔を出せば、思わず舌打ちが零れた。たぶん、いやきっと、目の前の悪事を放っておけなかったり、自分勝手な行動に嫌悪感を顕にしてしまうのは自然に考えて元恋人の影響を多分に受けているなぁ。あ、でもあのひとの場合は笑顔を貼り付けて無言で制するか。
 その手段は肉体が鍛えられた者だけができて、私には無理。無鉄砲に無謀に飛び出して下手を打ったら余計に拗れて怪我を負わされるだけだ。遠慮したい。
 ……流石に暴力とか、振るわれそうになったら声はかける。振るうのも、振るわれるのも見るのはいやだ。

 ────それにしても。

 相手が拒絶の意を示してるのに、それを羞恥だと馬鹿丸出しの勘違いする男がいて、見ていて可哀想になる。男の頭が。
 はらはらと嫌な意味で鳴る胸に手を添えて耐え忍んでいれば、「あの女性では?」「そうね、住所的に彼女がそれっぽい」どうにも、…………、……どうにも聞き覚えがある声が約二つほど背後から聞こえるなぁ?
 献花の日の男性もそうだった。振り返ること多くない?

「通報した方ですね?」

 頷く。

「あなたはこちらに……高木くん」
「了解です」

 あれ、でも早くない? ここに着くの。
 電話に応答してくれた交番の人間と話し終えて数分程度しか経過していないはずなのに、こうも、容易く現職の警察官が現場に駆けつけられるもの?
 手際よく優しい動作で張り付いていた角から引き離され、思った以上に路地裏付近と遠ざけられた。見えなくなる瞬間、男たちの顔が高木刑事の方に向いていたので最悪の事態は免れたと信じたい。

 力任せに女性を無理やり連れていこうとするならば、軽犯罪に抵触する。詳しくは知らない。けど犯罪だと思うし軽い気持ちで相手を慮らず押し付ける男は、すこぶる反省してほしい。もしくは米花町より出て行って欲しいほどに好きじゃなかった。
 ……性格もある。誰かに迷惑をかけるのも、かけられるのも私は嫌いだったから。加えて、恋人が正義の代行を担う職業を目指していたからかもしれない。もしかしなくとも相当零くんに引っ張られてないか。

「……すみません」
「え? あ、いいのよ。私たちの仕事だし、あなたの通報で彼女も恐怖を蓄積せず済みました」
「いえ、いつもありがとうございます」

 頭を下げれば、佐藤刑事も薄く笑ってくれた。
 そっと佐藤刑事の肩越しを見遣れば青ざめた男たちの姿と高木刑事が連れ立って出てくるところで、あの女性もほっとした様子でぺこぺこと謝罪とお礼をしている。
 見た感じ、事件にはならずなのか女性と別れた高木刑事がこちらへ歩いてきて一言二言無線で話していた。スーツじゃないし、非番だったのかも。そう思っていたら名前を聞かれた。通報者だからそりゃそうか。日本警察の救世主と謳われるのは新一の方であって、血縁者でも捜査や事件に関わることがなかった私のことを彼らが知るはずないもの。
 なのでしっかり背筋を正し、「工藤ゆかりと申します」まっすぐ目を見て名乗り上げた。

「工藤……?
 失礼ですが、工藤新一くんのご家族ですか」
「双子の姉です。弟が何度かお世話になっているようで」
「と、いうことはあの藤峰有希子の娘さん?! あ、確かに似てる……」
「私は母親に似ているってよく言われますよ。えっと、佐藤刑事と高木刑事ですよね、新一から聞いています」

 うん、嘘じゃない。
 捜査情報はぺらぺら話す新一ではないにせよ、どこに行ってるのかとか聞けば割と出てくるお名前だったから。うん。コナンと関わるなら十中八九このふたりとも縁を持たざるを得ないし、親しくするのも一つの手かな。

「職業柄、頻繁に会うのは避けたいところだけど、何か困ったこととかあったらすぐに連絡してくださいね」
「はい。ありがとうございます」

 とはいえ。
 長く話をするほど私と彼らは付き合いがないため、本当に世間話の延長をしただけで今日はお開きとなってしまった。まあ、佐藤刑事と高木刑事にしてみたら新一の双子ってだけだから当然か。あ、非番だったのか聞けなかったー。
 非番だったらお礼も兼ねてカフェとかに誘えたのに。
 商店街へ消えていく背中を見つめながら、さて私も帰ろうかと踵を返しかけて。携帯が震える。

「噂をすれば」

 画面には江戸川コナンと表示されていた。
 特に躊躇いなく応答ボタンを押して、耳に当てる。

「はーい、ゆかりですよーっと」
『姉ちゃん、今すぐ阿笠博士んちに帰ってこられる?』
「今? 何かあった?」
『あったと言えばあった。いい? 早く来いよ!』
「あっちょ、…………了承を得ずに切るのやめなよ……」

 帰宅指示が出た。
 急ぎというか焦りは感じられなかったけど、それなりに早めの帰宅を心がけよう。

 そう、そう思っていた。
 だけどさ。まさか、そうだとは思わないじゃん?




「……え?」

 ───は、と掠れた声が口から出た。
 呆然。この言葉を体言してしまった。

 明るく、けれどどこか暗さを持った髪を有する少女の姿は、覚えがあるってものじゃない。
 口元が震える。驚愕すぎて指先から力が抜け、鞄が音を立てて落下した。そんなものに構う余裕はない。

 だって、どうして、なんで。

 私を見上げる顔に、冷たさを宿した眼差し、……用がなければ誰も訪れない阿笠博士の家にいる女の子。彼女は。

 ちがう、私が見落としていた?

「……ゆかり姉?」

 ハッと我に返り釘付けだった彼女から新一を見る。
 いつ、どこで、なんの事件が起きるのかなんて知らない。覚えていない。だから別にこうなる予想だって、立てられたはずだ。
 正常な判断ができなかった。
 激情に駆られたり、怒りに身を任せてもいない。
 しかし気づいた時には背を仰け反らせ、頬をひきつらせて私から後ずさるコナンの肩に両手を置いていて。

 そして、一言。

「────ほう! れん!! そう!!!」

 ゆかり史上最音量の叫び声が、阿笠博士の家へ響き渡った。




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