ゆくては果敢ない

 葦原ゆかりという女がいる。

 良くも悪くも年頃の性格をし、大学に通い、幼馴染たちとばかをやって、友人にも恵まれ、初恋の相手と結ばれるなど平凡であたりまえの、平和な日常を送り───そして死んだ女。

 ルックスは平均並で、勉強も並。誰かに恨みを買われるようなことは一切せず、幼馴染のひとりであり恋人の男とも良好な関係を築いていた。たまに、たまに妙な妄想が爆発して猪突猛進さを見せることはあれど、それでも常識の範疇だった。

 では、なぜ死んだのか?
 ……通り魔だ。念入りに仕組まれた事件ではなく、単なる快楽のための通り魔殺人に巻き込まれ、下腹部を三回刺され、救急隊員が駆けつけるよりも早くに息を引き取った。奇声を上げ通りがかる人に対して凶器を向けた犯人は周りの尽力もあって取り押さえられ、あえなく御用。
 この日、葦原ゆかりは恋人の誕生日プレゼントを買いに駅前にやって来ていた。事前にリサーチをしていたために同行者はつけず、ひとりで。それが仇となった。もしも恋人やもうひとりの幼馴染、友人たちと共にいれば刺されることはなかったかもしれない。
 だとしても最早たらればにしかならない。
 燃えるような激痛をもたらしていたものが薄れている。ああ死ぬんだな、と客観的に思う。ゆかりは救急車を呼んでくれた誰かに大きく声をかけられながら、霞む視界の中ゆるやかに手を空へ伸ばした。あおい、空だ。
 女の好きな色。自信家で、料理が苦手で、容姿をからかわれるのが嫌いで、やさしくて、大好きだった恋人の色だ。最期にもう一度だけあの色が見たいとねがうが、あまり、時間がない。未練は山ほどある。だけど眠い。耳元で叫ばれる名前にすら反応ができなくなる。

「───……ゆかり!!」

 そうして微かに見えたのは、血の気が引き、限界まで見開かれた目で血濡れた女の元へ駆け寄る恋人の姿だった。





 かつて、葦原ゆかりという女がいた。
 ルックスも平均的で、勉学も普通。性格も特筆すべき特技もない、たいして面白みのない女。

 だが彼女は、一体どういうわけか。

「ゆかり姉、大丈夫かよ。蘭も心配してたぜ」
「ご、ごめんね新一。軽い熱中症ってお医者様も言っていたし」
「……ったく、あんま体強くねえんだし遠出しようとすんなよな。今回はたまたま運良く通行人が助けてくれたとはいえ」
「うっ、反省シテマス」
「姉ちゃんのそれ信用なんねー。しばらくしたら一緒に家に帰るぞ」
「うん。あの、ほんとにごめんね」
「ん」

 あの伝説の美魔女、工藤有希子の遺伝子を受け継ぐ目の前の美青年……工藤新一の双子の姉、工藤ゆかりになっていたのだった。

「体調悪いままなら明後日の遊園地キャンセルして看病する」
「えっいいよ、いいよ! 蘭ちゃんと楽しんでおいで」
「ちゃんと何かあったら連絡するって約束できるか?」
「するする、するよ。するってば」

 ───運命のカウントダウンまで、あと。

 永遠など信じてはいない、
 けれど、これはあんまりだと居るはずのない神様へ心の奥で囁いた。

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