隣接する愛たち

 伴場頼太さんと加門初音さん。

 幸せそうにお互い微笑みあって明日が新婚初日だという彼らの表情は、赤の他人の私でさえも嬉しくなるほど陽だまりに満ちていた。
 運ばれてきた美味しい料理と共に聞かせてくれる小五郎さんとの昔話は面白くて、余所者なのに何度も首を突っ込んでは質問してしまうぐらい。伴場さんもいい人で、やや軽率な言動が見受けられるものの加門さんと会話を交わしてる時に滲む愛しさで、ああ独占欲と本当に彼女が好きなんだなぁ、と感じていた。蘭ちゃんもコナンも興味があるのか、時折賑やかな声を上げながら楽しんでいた。
 結婚。好き同士の男女が目指す地点のひとつ。神前で愛を誓いあって永遠を祝福する行事のことで、成年未満の蘭ちゃんは考えもしていないらしく、純粋に、まっすぐに、嫉妬の心を見せる夫となる人を宥める加門さんを見つめていて。

 ───同様に私も楽しく聞いていたが、呼び出しベルも鳴らしてないのに脳内で自由気ままに、勝手に飛び交う過去の記憶にツッコミを入れるのに意外と、いや本気で、真面目に忙しかった。

『お前らって学生結婚しそうだったけどあれだな、ゼロが古き良き日本男児すぎたな』

 うん、それは私も思ったよ、景くん。

『胃袋掴むためにゼロは必死だったぞ』

 うん。美味しかったよ。景くんに教わったんだと誇らしげに胸を張って振舞ってくれた和食、すごく美味しくてそんなに食べないくせに意固地におかわりを要求したんだよ。まだあの頃は料理をしたことがないという弱さがあったのに。

『ぜってーゆかりを嫁に迎えるって息巻いてたし、なんなら俺もその計画に加担してたからな。あとふつーに顔が綺麗』

 わかる。わかるよ。葦原ゆかりとして初めて会った時ガチで世の中にこんな顔の綺麗な男の子いるんだって思ったもん。
 脳内で幼い顔立ちをしたままの景くんにふっかけるように言葉を入れ続ければ、予期できてはいたけど、それは思い出にしかなれない。ただ、なんというか、自分が冷静になるためには必要なものではあった。おかげで、裏方とホールを頻繁に出入りする黄金色の髪を視界の端に捉えていても平常心でいられた気が、する。あくまでも気がするだけではあるが。

 席順の関係で私は一番廊下側に座り、無意味に窓へ目を向けた。ざぁざぁと、今朝の予報通りに降りしきる土砂降りの雨は止みそうにない。みんなと濡れないために走った際に香った土の湿った匂いは、雨特有のものだ。
 じわりと、警鐘が鳴る。
 登場する普段の彼らと、零くんがいっしょになったのなら数分考えなくても何かしらの事件が起きるだろうと。もはや確定事項だ。こんな面子が揃って平和で静かなウェディングイブを過ごせるはずが───。

「っおい、なにすんだ!?」
「す、すみません!!」

 ……ないんだよな。知ってた。
 前を向けば顔のいいウェイターがチョコケーキを誤って落としてしまい、伴場さんの服にべっとりとついてしまっている。
 これから何が起きるかって? 知らんがな。安室透を見るのに忙しい。ああだめだだめだ、ふたりのゆかりに左右から引っ張られているのか思考が思うようにまとまらない。

「あらーケーキ踏んじゃってるわよ!?」
「本当にすみません…自分、ここのバイト今日が初日で……」
「大丈夫! それよりズボンを拭くおしぼりとか持ってきてもらえる?」

 新婦、強し。
 おどおどと頼りないバイト青年を疑わせず演じる安室透の演技力には舌を巻くしかない。平素の零くんはミスなく何事もそつなくこなせてしまえるからね、……がんばれば案外意識せず過ごせている。すごいぞ私。
 バッグから新品のハンカチを取り出して初音さんに手渡せば、微笑まれてしまった。しあわせになる人の笑顔は、ご利益がありそうだ。テキパキと染みたクリームを拭くふたりを見ていれば今度は再びコナンにくい、と袖を引かれる。曰く、「姉ちゃん見すぎ」とのこと。「そう?」「自覚なしかよ。尚更タチわりぃ」

「あの人、伊達メガネだけどとても顔がいいと思わない?」
「男に興味無いよボク」
「でもコナンも顔がいいよね!」
「人の話を聞いて?!」

 見すぎとは、初日バイターのことを。
 自覚なし、これは隠してるから仕方がない。

 ずずずッと噛み砕けない感情を押し流すように勢いよくオレンジジュースを吸い込んだコナンは、これ以上話す気はないのか視線を初音さんたちへと戻していた。信頼と親愛を傾ければその分こちらに返そうとしてくれるのは彼の美点だ。これはゆかりわたしになってからも変わらない。親族特有の、謎の雑さ加減は許容範囲内だった。

 小五郎さんと頼太さんの嫉妬深くも、微笑ましい学生エピソードに突入すると予見していたのか本当に呆れが出たのかは定かではないが、初音さんがネイルチップ予約のために席を立つ。……お熱いキスを残して。
 ひ、ひゃーー……無いとは言わないけど、今の私には縁遠い行為に自然と頬に熱が灯るのを感じる。自分がするのと、他人がしてるのを見ているとでは感想がちがうのだ。

「じゃあ2時間くらいで戻るから、指先にご注目♪」

 眦を下げ、得意げに笑う初音さんに小五郎さんは小声でぼやく。式の直前につけりゃいいのにって感じだ。
 コナンも目を細めてなにかしら思ってる表情なもんだから、おかしくて笑ってしまった。女性のおしゃれへの探究心は、時に探偵をを凌駕するんだよ。

 歓談は、つづく。





「───そうそう! 私、もっとゆかりの恋の話聞きたいんだった」
「え゛っ」
「おっとまさかの変化球」

 幼馴染の爆弾発言による事実露呈に一瞬、工藤新一の素が出てしまったコナンの方が慌ててるってどういうこと。

「お、ゆかりちゃんにもそういう相手がついにいたんだな」
「いやあそれが、七年前に失恋しておりまして……ありふれた、恋の話ですよ」

 はは、と面目なさげに頭に手を置いて真実を告げても小五郎さんの中での私の評価は高いのか、美人だとか次の恋が見つかるぞ、なーんてどこかの女子高生のような発言が出てきた。新一に対しては辛辣で雑なのに、この差は一体なんだろうか。
 とはいえ、そう言われて悪い気分はしない。
 そしてこら、オメーが? と言わんばかりに疑わしい眼差しをするのはやめなさい。小学一年がしていい顔じゃないぞ。
 あ、なるほど。七年前というワードに反応してるのか。なるほど。

「ねえねえ、お相手の人はどんなだったの? やっぱり姉ちゃんのことだから顔とか?」
「コ、コナンくんっ?」

 蘭ちゃんがびっくりして止めるよりも早く、その問いかけは耳に届いた。
 とことん顔重視だと思われているらしい。そりゃあね、人間ですから、綺麗な人が好きな人だと嬉しいよ。目の保養になる。

「このクソガキ、失礼だろーが!」
「えへえへー! ごめんなさぁい!」
「……私にとっては、誰よりも世界中の何よりも、かっこよくて、美しかったひと」

「「えっ」」

 意を決するもなにも、これは隠すつもりはないから言ったのに。コナンも小五郎さんも呆気にとられた様子を見せており、蘭ちゃんは口元を手で覆ってきゃー!と言っている。
 何かを隠すプロじゃないので、丸裸にされると困った。なので起死回生の一手、というわけじゃないけれど逃げの先手を打つ。「ごめん、お手洗い行ってきます」「あ、はーい」急がばトイレ。コナンの十八番をとってしまった感覚だ。

 えーっとトイレ、トイレ……。
 店内にはお祝いムードに包まれた小五郎さんの同級生と、貸切のためそれなりの人数が構えるウェイターさんたちがいて、しかも高身長の方々もちらほらいるようで遠くまで見渡しづらい。ど、どこだ。話題から逸らす話といえど、実際に済ますのもありかも───、

「あの、お手洗いはあちらですよ」
「……え?」

 え?

「ああすみません、先ほど会話されている声が聞こえてしまいまして。……違いましたか?」
「い、いい、いえ! 合ってます、ありがとうございます」

 早口でお礼を述べて、トイレへ入り中から鍵をしっかりかける。

 ばくばくと心臓がうるさい。
 運動していないのに息が上がる。
 一部からすると怪しい不審者のような言動の原因は、考えるまでもなく。

「…………あぁ」

 なんの色もない吐息がこぼれる。
 なーにが、平常心でいられた、だ。まったく違うではないか。デタラメで、ただの虚像の心だった。
 姿を捉えるのと言葉を交わすのでは雲泥の差だ。軽く考えたのが馬鹿馬鹿しい、こんなにも、こんなにも、苦しいというのに。

 れい、くん。

 生きてきた年数の内で、いちばん好きな音のひびきがなんにもならずに消えていった。
 蘭ちゃんにも言った。コナンにも言った。小五郎さんにも言った。
 まだまだ、零くんが好きだって。

 しばらくここで熱を冷まそう。
 でなきゃ、たぶん探り屋も担ってる零くんには不審しか与えられない。以前向けられたこともない疑いをかけられるのは、しつこく言うけど嫌だ。好意的な感情を抱かれなくても、マイナス方面は悲しい、から。

 ───だけど、そう現実はうまくいかなくて。

「……? ……なにか、騒がしい?」

 椅子から立ち上がる音、誰かの叫び声。
 おおよそレストランには似つかわしくない大合唱に、素早く手を洗い、ドアノブを回して店内に戻ろうとした瞬間。

「蘭! 消防車と救急車と警察に連絡だ! 危ねぇから誰も店から出すなよ!!」
「う、うん!」

 異様な光景に息を飲んだ。
 そして全員の視線の先を見ようと窓に張りつけば……、



 激しく燃え上がる、真っ赤な炎が一台の車からたちのぼっていた。

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