まぶたに透ける青と永遠

 デジャブとは、たぶんこういうことを指す。

 否、厳密に言うならば弟にとっても初邂逅であって、欠片も面識のない相手をどうやってねーちゃんに伝えるんだよー! と怒られるので矛先を向けるのが違うだろうが。
 いくつもの事件、いくつもの窮地に助けを得ながら駆け抜けてきたコナンのことは分かっていたけれど、染み付いたくせが抜けきっていなかった。

 そんなことを、さっき運ばれてきたミルクティーを飲みながら他のお客さんの注文を聞いている──飛び抜けて明るい髪と高身長と、顔の印象操作のためか伊達眼鏡をかけている男をただただじっと見つめていた。奥に鎮座する神々しいまでの青の瞳は、透き通ったもので、ずっとずっと見てきたものと変わりなかった。

 なんだったか……何かのドラマや番組のシチュエーションかで、花嫁と花婿が夕陽の沈む厳かな海辺に響き渡る鐘の──。
 ……ロマンチストすぎたかも?
 けど聴こえたのだ。はっきりと。

 ひょこひょこ揺れる耳上の謎の髪に、相手に安心を与える甘い声に、ここが、此処こそがスタート地点だぞと告げる、重苦しい鐘の音が。

 その音色が運ぶ運命さだめの付与価値は如何程だろう。

 大切な人たちや、平和を享受し今を生きる人々が、時には傷ついて苦しみ迷ってしまいそうになっても最善だと思える未来を、選べるような価値であればいい。

 それから、やっぱり零くんなんだなぁって。

 そう、思った。






 遡ること数時間前。

 学生の本分を果たすべく園子ちゃんと蘭ちゃんたちと談笑して登校した帝丹高校は、変化を望むわけではないが、なんというか、普通の学校生活の衣装をお披露目していて。
 小中学校の時とは軽くなった出席確認の点呼は、ふたりまとめて返事をする。それを先生も理解してるので「くどー」と呼ばれた時点でバツ印を指でつくり、逆に私自身は声を出した。新一はいませんが、ゆかりはいますよっていう表現だ。教員陣に話は通ってるのかこれだけでままあることだー、とクラスメイトらも納得してしまうのだから相も変わらずな補正(ということにした)ってのはすごいなとしかいえなかった。

 流行りのカフェの話や放課後遊びに行く予定を休み時間となる度に立てていくクラスメイトと談笑していると、すっかり時間が経ち昼休みとなった。

(この一口サイズに切り分けられたパン美味しー……)

 購買のパンを片手で持ちながら、授業で扱うノートとは違う水色のそれを開く。
 園子ちゃんとプラネタリウムへ遊びに行ったお土産店で買ったのだと渡されたノートの表紙には、おしゃれなデザインと星が描かれていてとても綺麗だった。なのでこのノートには私の自由にメモをする用のものとして、今日初めて使うことになる。
 まあ、使用するといっても本当に気が向いた際の暇つぶしというか、手慰みのようなものだけれど。

 でも何を書くのかは決めていた。

 感覚でしかないが、もうそろそろ顔を合わすことになるであろう【安室透】に関してのことだ。組織一の探り屋で、秘密機関でも指揮官に相当する立場の彼であれば下手に記してしまえば、この書かれたことが己のことだと簡単に見抜いてしまうため念入りに省いて、尚且つ私が後から読み返して理解できる文面にしないといけない。

 最初に、まずは……頭脳明晰でしょ。会得している知識分野が洒落にならんぐらいに広くてどんな話でも臨機応変に対応できる様は、こう、ぐっとくる。
 次に容姿端麗。これは間違いなく十人中十人以上がサムズアップする。穿った見方をしても、言葉を言い換えても印象に残りやすい顔立ちだろう。めちゃくちゃかっこいい。
 つぎは文武両道。四字熟語でなければ表せない呪いでもかかってるんか? 現職の警察官であるし、ボクシングを割と思春期に始めていたからそれなりに強かった。ストーカー騒ぎなんかは軽くのして助けてくれたりもしたっけか。……あ、景光くんもつよかったな。ゼロヒロコンビで中高の運動会体育祭で目覚しい活躍も見せていた。

(……弱みを見せるのも嫌っていたから、ほーんと、何ができないんだって四六時中一緒にいたりもしたな)

 そういう行動が変な部分で猪突猛進と思われてることなど露とも知らず、私は過去に思いを巡らせ、懐かしい気持ちでシャープペンシルをいそいそと動かしていた。安心して欲しい、警察官云々は秘密保持のために書いてはいない。
 怪しい言動や軽はずみな表情とかはしないつもりだけど、どんな不審な点も見逃さない零くんならありえる話で。私の正体を見破れるかは、わかんないけどね。ノートには箇条書きで頭脳明晰、容姿端麗、文武両道と大きく書かれ、その下に個人特定には至らないほどの説明がある。……うん、これだけなら私の好きな人か、イケメン俳優のミーハーに見えなくもない。よし。見えなくちゃ困るけどね!!

 ふ、と机に自分以外の影が映り、特徴的な影の形に納得する。
 蘭ちゃんだ。

「それ、新一のこと?」

 後ろから覗き込むようにして尋ねる蘭ちゃんににっこりと笑い、似たようなものなんだーと返した。似てる。似てるか? 工藤有希子の血を引く新一の容姿は眉目秀麗、そしてハワイで何かと親父と称するお父様にお世話になっているから、身体能力は抜群にある。推理が大好きで、シャーロキアンな彼の頭が悪いわけがなかった。……似てるわぁ。
 ふむ、これだと新一のことを書いてると思われても仕方がないな。そうしとこ。こっちにとっては都合がいいぞ。

「そう! 蘭ちゃんの旦那さんのことー!」
「ちょ、そんなんじゃないって。……まったく、姿を見せてくれたと思ったらすぐにどっかに行っちゃうんだから」
「顔はいいでしょ」
「そういう話じゃない……」
「でもかっこいい」
「かっこいいよ、そりゃ!」
「でしょ」

 あーかわいい。幼馴染がこーんなにもかわいい。
 昔は男の子の幼馴染たちしかいなかったから新鮮な気持ち。「何か用事?」「あ、そうそう」園子ちゃんと世良さんとご飯を食べているはずの彼女がここに来た理由を聞けば、なんと夕飯のお誘いをいただいた。
 ……同居人、、、は学会で忙しいとか言ってたような。行動制限はないに等しいし、別に私がいなくてもひとりで対応できてしまえる人だ。17歳の少女に援助を求めなくてはならない状況になる可能性は、限りなく低い。───そういうことなので、特に連絡は不要だろう。指で丸マークを作れば、嬉しそうに笑う蘭ちゃんが見れた。ぐ、かわいい。
 ついでに言うと、ご相伴にあずかる旨をコナンに送信したら簡潔なメッセで『オメーも来んのかよ……』と不服そうな返事があったので解せぬ。
 いーじゃん減るもんじゃないし。私はあなたの姉なんですよ。

 帰り道の途中で世良さんと園子ちゃんと別れて毛利探偵事務所までやってくれば、小五郎さんに出迎えられた。なんでも同窓会も兼ねた、明日結婚を迎える元同級生のみなさんも交えたものらしく、貸切だった。
 ど、ドレスコード必要のやつ……今から工藤邸に取りに戻ってあの人と鉢合わせするのも嫌だなぁ、ええいままよ、蘭ちゃんに借りよう!

「え? ワンピースを借りたい?」
「ちょうどいいやつが家になくて……ね、お願い!」
「いいけど、入るかな」

 蘭ちゃんの自室に行く前にコナンから視線を貰ったが無視。
 めかしこんでくるのだから男の人は入れませーん!
 着替えたら小声で馬子にも衣装という失礼な言葉が飛んできたので、柔らかいほっぺをつねった。



 とかね。平々凡々と繰り返してたんですよ。小五郎さんから説明を受けた時に喉奥に小骨が引っかかった感じを見て見ぬふりしたのが悪かったのか、主役の新郎新婦が到着前に注文して、先にお手洗いを済まそうと立ち上がったその時。

 ────みて、しまった。ひゅ、と息が詰まるのが分かる。

 向こうは客の一人としか見ていないのは理解していた、こんな場で立ち尽くしていたら逆に怪しまれる、どうする、疑われるのは、暴かれるのはまだ早すぎる。コナン、は、私が誰を見ているのかは重要じゃない。ああ振り返ってしまう、挙動不審な女を見られてしまう。

 いっそ、コナンを抱きしめて衝動をやり過ごそうか。などと割とパニックを起こしていた私を呼び戻したのは、小さな足だった。

「……痛いよ。コナン」

 そう言えば、

「ねーちゃん、新一兄ちゃんと同じで面食いだもんね」

 コナンはそれはそれはとってもいい笑顔でにししと口角を上げていて、久々に再会を喜ぶ人の喧騒が段々取り戻していった。
 接続詞はない。が、目的を意図的に忘れて私は指を伸ばし───彼のほっぺを、もう一度強くひっぱった。

「いたたっ、いひゃいよ、ゆかりねーちゃん!」
「だぁれが面食いだって?」
「ひひつへひょ、もー、いたいって」

 目ざといコナンにはきっと違和感の欠片を拾われた。
 それでも、彼は彼なりの機転を利かせて私を助けてくれた。それだけだ。


 そして話は冒頭に至る。どくどくと高鳴る胸の持ち主は葦原ゆかりだ。ゆかりはわたし。

 それはそうと、零くん顔変わらなさすぎじゃない? 来年三十路とは誰も信じてくれないよ。




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