青の落下

 運命の出会い。

 現実にそんなものが確かにあるというのなら。
 それは、この時のことを指していたのかもしれない。

 曖昧で、あやふやで、不確かすぎる感情だけれどわたしはやっぱり、その目に惹かれてしまった。
 淡く、それでいて強い思いを宿す神秘的な輝き。

 ───魔晄の目。

 大きな大きな剣、自称したクラスに恥じない戦闘能力、風になびかれて見え隠れする耳のピアス。
 クールで冷たい人なのかと思えば、仲間思いのきみの姿はあのときのわたしにはとてもかっこよくて、眩しいものに見えたんだよ。
 あこがれにちかい、おもいだったのかもしれないね。


 ……ほんとだよ?


+ + +



 たぶん、予感だった。

 エアリスと一緒にお花の手入れをしている最中、落下する特有の風を切る音がどうしてだか耳に届いた気がした。
 もっと言えば、わたしが座り込んでる場所からは壊れた屋根から上が見える。目を凝らして、鳥じゃない重さのあるものが降るのに気づき、咄嗟に少し離れたエアリスに叫んだのだ。

「っ、──エアリス、あぶない!」
「えっ!?」

 柔らかい肢体をぐいっと乱暴に押しのけた直後。
 物凄い轟音が天井を貫き、何かが降ってきた。それなりの衝撃でお世話をしている花を散らしながらも、腕や足はあらぬ方向に曲がってはいない。
 土煙と埃が大量に舞う中、ふたりして咳をした後、ようやく落ちてきた何かを視界に収めることができた。

 最初に映ったのは、まばゆいばかりの、きんいろ。

「……ひ、と?」
「…………みたい」

 お互いに目を見開き、茫然と呟いてしまうのは致し方がないと思う。しかし、驚いたのは人が降ってきたからじゃなくて、酷似した状況だったから。ずっとずっと前、切ないようで、でも嬉しげに話してくれたエアリスの初恋の人との遭遇の場面に、照らし合わせるのなら、きっとなぞるような形が。
 教会に足を運ぶ他の人がいなくてよかった。もっと騒動が起きていただろうし、なにより、エアリスが好むこの場所で乱闘みたいなこと、してほしくなかったから。

「なんか、非日常的なことばかり起きるよね。最近……」
「ね」
「えっ、ちょ、エアリス?」

 ため息混じりの感想に同調したはずのエアリスが薄桃のワンピースについた汚れを払い、警戒心も何も無いまま落下した人物に近づいていく。慌てて名を呼ぶも、一歩遅く優しい光を手にまとわせ、応急手当をし始める。
 いやそりゃあんな上から落ちてきて怪我してないとかはありえないと思うけど…いずれにしてもわたしたちの敵だったらどうするの、とは流石に言えず、わたしも一応側へ行く。

 不意に、再び予感。
 バッと背後───つまり教会の入口を見るけど至って普通の入口で、数秒経っても変化は起きず首を傾げて前を向いた。

「もしも〜し?」

 屈めば隣からゆっくりとした声が響く。

「あっ! 動いた!」

 ぴくりと意識を取り戻す直前の身動ぎをする男性に嬉しそうな声を上げ、逆にわたしは不躾なぐらいにじろじろと男性の顔を見つめ続けていた。おそらく、既にどこかに惹かれていたのかもしれない。
 何度か軋む身体の違和感を整えようと緩慢に足やら指やらを動かした後、その目が開いた。と、思う間もなくこちらに気が付かないのか上体を起こし、些かぼんやりとした様子の彼へ、エアリスとわたしは僅かに回り込んで声をかける。「だいじょぶ?」「平気?」この言葉たちにやっと我に返ったのか、ぐるりと頭が振り返り、目と目が、かち合った。

「───………」

 その時の感情を、なんと例えよう。
 ひどくうつくしく、きれいで、不思議な色の、目。
 惹き込まれるような青さを眼差しに湛え、わたしたちを捉える彼はまだ状況を理解していないっぽかった。
 説明してあげたくても、喉が張り付いて出るべき単語が出てこない。生理的現象で行われる瞬きにさえ、目が離せない。外面だけで評価するのは推奨されていないのは知っているし、なんなら外面が良くても中身が最悪な人間だっていることを、十二分に理解している。
 けど、それさえも頭を過ぎらないほどわたしはこの人に夢中で、世界の音が耳から遠くなっているような感覚が、身を襲った。

「……、ここ、スラムの教会。伍番街よ。いきなり、おちてくるんだもん。おどろいちゃった」
「おちてきた……」
「うん。屋根と花、クッションになったのかも。運、いいね」
「花……?」

 とてもじゃないが会話を交わせないわたしの状況を把握したエアリスが何事かを喋っている。分かったのはそれだけで、その会話に混じろうとする気さえ、起きない。
 ほんとうに、どうしたというのだろう。

「あんたたちの花か、悪いことしたな」

 さっと立ち上がった仕草もスマートで、端的に言うなら、素直にかっこよかった。

「気にしないで。結構お花、強いし。ね、ラフィ」
「え……あっ、う、うん!」
「ラフィ〜?」
「ごごごごめん……ちょっと、自分でもびっくりしてる」

 右腕を抱き込み穏やかに笑うその人に変な笑いを見せてしまって、頭を抱えそうになる。事実探るような目付きで見られた。
 すぅ、と一度深呼吸をしてして顔を上げれば、件の双眸もわたしを見つめていて、やっぱり声が出なくなるのを必死に抗い、薄く笑った。

「体、平気ですか? どこか痛いところは」
「ああ……いや、ない」

 よかった、と微笑んで。
 わたしはささっとエアリスの背後に隠れるように逃げた。だって、なんか胸が変な風に高鳴ってるし、正面から顔を見られる自信が無いから……。これほど顔が整ってる人、見たことがなかったし。
 ぼんやりしていれば、人見知りのしないエアリスが一歩前に出た。

「わたし、エアリス。名前、エアリス。それでこっちが、ラフィことラフィーネ。好きな方で呼んであげて」
「……クラウドだ、あんたはたしか、花を売っていた……」
「あっ! うれしいな〜!」

 な、なんだか会話が成立している……それに、もしかしてふたりはどこかで会っていた……のかな?

「ね、マテリア、持ってるんだね」

 花にそっと触れつつこぼれ落ちた質問に、クラウドは訝しげな表情を浮かべるも、別に隠す程じゃないと判断したのか頷く。見せてくれたのは腕のバングルに嵌められた、まほうマテリアとかいふくマテリアの一種類ずつのもの。
 ……マテリア。この星で生きるのなら、欠かせないもの。特にモンスターが集中して出るエリアでは手放せない。

「わたしたちも持ってるんだ」
「今はマテリアはめずらしくもなんともない」

 即答で返されるあたりまえの返事に、エアリスはちょこっとだけ面白そうに笑って、す、と自身の髪を結ぶピンクのリボンとわたしの足元を指差した。隙間から見えるのは白いマテリアと、金のマテリア。

「わたしたちのは特別。だって、何の役にも立たないもの」
「色、ちがうもんね」

 エアリスにいわれ、なんとなく自分のアンクレットにはめられたマテリアを見遣る。
 本来、マテリアにある色は青と赤と緑と黄。それぞれによって備えられた能力は違うが、目的と使い方は同一だ。だけど、わたしたちのマテリアはちがった。

「……役に立たない? 使い方を知らないだけだろ?」
「あはは、言われると思った!」
「ふふっ、……そんなこと、ないんだけど。でも、役に立たなくていいの。身につけてると安心できるし、お母さんの残してくれた……」

 そうして、エアリスは笑みを深くさせる。

「ね、いろいろお話したいんだけど、いいかな。せっかくまた会えたんだし」
「……ああ、かまわない」
「よかった! じゃあねぇ……ラフィ、聞きたいこととか、ない?」
「え!? えーっと……クラウドは、何してる人なの?」

 いきなり話題を振られ、困惑するが絞り出せた質問はこれ。
 見る限りの風貌だと伍番街の人間ではなくて、違う街でも見かけたことがなかったから、何かしらの仕事とかで普段はミッドガルにいないのかもしれない。そう思った故の質問だった。

「仕事は……なんでも屋だ」

 なんでも屋? 言葉通りの意味でとっていいのかな。
 疑問に思う様が顔に出ていたのかもしれない。あおの目がこちらに向けられる──その時、笑い声がした。この場にいるのはわたしとクラウド、そしてエアリスだけなので自然と誰なのかは絞られていき、「はあ……なんでも屋さん」ぽろりとこぼれた言葉が届いた。「なんでもやるのさ」本当に言葉のままの意味でつられてわたしも笑ってしまう。
 当然ながら、何がおかしいと問い詰められてしまったが。

「ごめんなさい……でも、ね」

 続けられるはずだった言葉は、過去の記憶によるものなのか。でも、紡げなかった。
 クラウドの立っている場所のもっと向こう、教会の入口近くに、その人はいた。今の今まで楽しそうに細められていたエアリスの翡翠の目が僅かに萎んで、きゅっと口が引き結ばれる。同時に、わたしも無意識に歩を後ろへ下がらせた。その様子を見たクラウドも気配に気がついたらしく、視線を向ける。そのまま何を思ったのか歩みを進めようとするのだから、咄嗟に手首を両手でつかまえて、全力で横に首を振った。

「構っちゃダメ」
「……知り合いなのか?」
「わたし、というよりは……エアリスの、知り合い未満の……一方的な顔見知り、かな」
「ややこしいな、だが……分かった」

 自分でも説明しててぐちゃぐちゃで苦笑いを落とし、エアリスにどうしようか、と相談する。

 さっき抱いた予感は外れていなかったんだ。殺気とか、禍々しいものは感じなかったけど、苦手とする相手だから、なのかな。
 ここから家へは遠くないとはいえ、追っ手がいるとなると厳しいかもしれない。エアリスは後方支援の方が得意で、……わたしはまず、戦えないのだから。

「ねぇ、クラウド。ボディーガードも、仕事の内? なんでも屋さん、なんでしょ?」
「……そうだけどな」

 不安そうに見つめると名案を閃いたと言わんばかりに手を小さく叩き、彼女は問うた。クラウドもそこから連想される依頼にたどり着いたのか、物言いたげな表情をしながら、わたしたちを見る。

「ここから連れ出して。家まで、つれてって。
…………ラフィに、指一本も触れさせないで」
「えっ」

 どういう意味かと尋ねる前に、しかもクラウドは長考する仕草も見せず。

「お引き受けしましょう。しかし安くはない」

 そう言って得意げになった。

 正直にいえばボディーガードはかなり有難い。戦えないわたしをカバーしてくれるのなら、ここから帰れるのも現実味を帯びてきた。でもだとしたらエアリスの提案はおかしい。狙われているのは、追われているのは自分なのにわたしの身を案じるなんて。

「じゃあ、デート一回!もちろん、わたしか、ラフィ、選べるよ」
「わたしとデートしても、楽しくは……」
「だめ! 自分を卑下、しないで」

 なんだか上手く丸め込まれた気がしないでもなかった。
 それで生計を立てているのに報酬がそれでいいのかと聞きたくなるが、クラウドはそれでもいいと頷いた。もうここまで来たら引き下がれない。わたし一人では、エアリスを無事に家まで連れて帰れないのは明白だ。

 なら、受け入れなくてはならない。

「クラウド」

 名を呼べば視線が合う。やはり気恥ずかしくて逸らしたくなるけれど、ぐっと我慢した。
 自分が言える最大限のそれを、わたしは誠心誠意心を込めて紡ぎ出した。

「家まで、よろしくお願いします」

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