伝説の0組に在籍するエースは、良くも悪くも魔導院内ではその存在感が際立ってしまう。

 命令が下されるまでは他の候補生と同じく院内で生活するのが最も無難であるが、彼の場合は違った。育ての親と呼ぶべきか、アレシアにより人間関係を全て排除されていたエースにとってその生活は、今までのそれとは真逆の生活とも言えて、好奇心や邪推、腫れ物扱いの視線に耐え切れず姿を晦ますことも多々あった。同年代の男女に向けられる視線の色としては、例外の域を超えている。同じ0組に所属している仲間とも、きょうだいともとれないクラスメイトとも、あまり話をしていないのか馴染めていないようで。
 肩書きだけが独り歩きし、誰もエース個人を見ようとしない現状は基本的に優しく、人に頼まれ事をされると断りにくい性格故に厳しいものだろう。彼の魂に刻まれた、力の座も若干関係しているかもしれないけれど、ゼルディアはやはり放っておけない。好きな人だから、もあるがそれでも一人だけ事情を知る自分が何もしないのは、良心の呵責に苛まれてしまう。
 だからこそゼルディアはどの巡りでもエースのもとへ行くのだ。チョコボ牧場でひっそりとチョコボの影に隠れるように佇む朱の背中に声をかけたのは、三ヶ月も前のことだった。───「きみも、チョコボが好きなの?」「え?」

 ……その後の関係性は推して知るべし。


+ + +


「……はいっ、クァール変異種に対しての調査かんりょー!」
「はいよ、おつかれさん。エースくんも、掩護ありがとう」
「いや。ふたりとも無事でよかった」

 鴎暦842年、岩の月。
 小雨やら霧やら悪天候のさ中、森林の奥深くで労いの言葉を掛け合う候補生の姿が三人。それぞれ得物である武器の顕現を解きながら、ぐっと伸びをしたり散らばった魔物から落ちた戦利品を拾っていて。
 ぬかるんだ道を駆けたせいかカデットブルーのスカートに付着した泥を払う仕草を見せる少女の背には、橙。主に回復を専門とし隣で空を仰ぐ少年の背には、藍。そして、そのふたりの後ろで周囲を警戒しつつ彼らと気遣い合う少年の背には、朱。ゼルディアとテラとエースだ。

「テラ、魔力は?」
「まだ底尽きてない」
「うーんごめんねぇ、軍令部が意図した戦法じゃなくて。殴った方が早いと思うし」
「脳筋馬鹿」
「言ったなコノヤロウ」

 げしっ、とテラの脛を蹴りあげるゼルディアの得意戦法は文字通り、武器である杖で殴り掛かることである。ただ単に振っても大したダメージにはならないが、彼女の場合は膨大な魔力より編み出される強力な魔法を杖にまとわせ殴るという、なんともおかしな戦い方をするのだ。
 だがそれで並大抵の兵士やモンスターは地に伏してしまうのだから、毛色は違えど正しい戦い方なのだろう。
 そして『軍令部が意図した戦法』やらは回復特化のクラスの4組にいるはずのゼルディアが前衛にいる時点で破綻しており、テラを含めたふたりは特に支障も出ずに任務を遂行してしまっているのだから、僅かなれど軍令部には心底同情する。もちろん、ゼルディアもゼルディアで回復魔法は得意の範疇に入る。しかし先の闘技場氷漬け未遂事件で多かれ少なかれむしゃくしゃしていたゼルディアが先陣を切り、それを見越してたのかテラもエースも何も言わず支援射撃を開始した。感謝しかない。

「しっかし……実践演習に向かった部隊とは別働隊として言い渡された調査だけど、あんま手がかりないよな」
「未だこの地区は白虎に占領されてるからな。集中した調査は控えてあるし、変異種を目撃した朱雀兵が犠牲になってる。……力のない人間をわざわざ差し向けなくても、僕らがいる」
「ふーん。にしたって、この面子の人選理由が知りたいぜ」

 テラが頻繁に出現するボムから奪い取ったボムの欠片を小さく上空に投げては掴み、投げては掴みを繰り返しながら数時間ほど前にもたらされた任務内容を思い返していた。
 あれは、そう。リフレでクァールのソテーを頬張っていた頃。凛々しい朱雀武官・カスミが正式な伝達をテラに運んできた。トゴレス要塞を奪還間近の中、カスミに連れられ足を踏み入れた第二作戦課には、既にクラサメ教官と軍令部長、ゼルディアとエースがいた。

『クァール変異種?』
『ああ。要塞奪還作戦のために動いていた尖兵との連絡が途絶え、付近にいた6組の候補生が駆けつけた際には手遅れだった。その候補生が色と姿は恒常種と異なっていたが、クァールだと報告している』

 クラサメの言葉に、ゼルディアはハッとしたように続けた。

『トゴレス近くにはコルシの町がありますよね。……つまり、早急に手を打たなければ民が危ない、と』
『そのとおりだ。我々は民あってこその国であり、魔導院だ。被害が拡大する前に変異理由を見つけ、叩かねばならない。そこで貴様らの出番だ』
『主要作戦前の実践演習に同行し、トゴレス地方に入ったところで行動を別にし目撃情報のあった森林へ向かい、調査をしろ。魔物の本拠点、並びに巣があった時は現場の判断で突入か魔導院への報告を選んでくれ』

 『諸君らに、クリスタルの加護あれ』そう締めくくられた軽いブリーフィングは至って剣呑な空気に包まれずに終わった。
 選出理由は欠片も説明されなかったが、いくつかは憶測が立てられる。まずひとつ、取り返す算段はついているがまだトゴレス地方は白虎に占拠されている点だ。大規模な戦線が行われてしまえばクリスタルジャマーを使用することが否めず、無効とする力を有する二人が選ばれた。ふたつ目、0組の中で特段ドクターアレシアに目をかけられているエースの見極め。そしてみっつ目、そのアレシアの手回しという可能性。

「………、……おそらく」
「うん?」

 指示を考えていると、目の前で居心地悪そうに顎へ手を置いたエースが一拍間をあけて、意識的に声を落として言った。「ドクターの命だと思う」
 ───しかも個人的な。それを気取らせないやり方で。

「まあ、その線が濃厚っぽいな。大事に囲ってるエースくんにあの人が進んでゼロを組ませる訳ないし」
「姑かな」
「おいやめろばか。次顔見たら噴くからやめろ。で、何をしたいのかは全く不明ってことか」
「……すまない。0組を完璧にしたいってのは分かるんだが、それ以上のことは僕にも……」
「あああ暗い顔禁止ー! エースには笑っててほしいので気にする必要なし。だーれもドクターの思考には追いつけないよ」

 全部を抱え込む癖があるエースの顔色は悪い。なにせゼルディアとテラは初めて出来た友人で、その内の一人とは恋人の関係につい最近なったばかりの大切な人たちだ。どうにかして役に立ちたいし、できる限りのことはしたいのだ。
 ドクターアレシアに囲われている。テラの言い方は割と容赦がないが正しかった。同時期に引き取られた子供たちも大いに期待を寄せてはいたけれど、エースに向けるそれの比ではない。どう表せばいいのだろうか、エース以外の彼らへの仕込み方が手探りのようだというか。どうしてだかそんなことを思っていた。

「……お、キザイアでも動きがあったっぽいな。とりあえず、一度魔導院に報告してもう一回周囲を───」

 場を和ませるように明るい声を上げ、ひとりにつき一個支給されているCOMMで連絡を繋げんと起動しかけた、その時。
 緊急用通信の音がエースのCOMMから鳴り響き、一斉に気を引き締め頷きあってエースが出る。飛び込んできたのは、切羽詰まり厳しい口調の軍令部長の声だった。

《ええい何をしているんだ!!》
「調査が現在終わったところだ。何かあったのか」
《何かあるもないもあるか! 変異種が、キザイア周辺に出没したのだっ、速やかに撃破・調査を続けろ! いいな!?》

 こちらが了承の意を告げる前に切られた通信にテラはやれやれと手を振りつつ、つま先はキザイア方面に向けられている。

「ちょうど撤収班と被ったのかも。これ以上犠牲が出る前に、急ごう!」
「ああ!」

 いつでも戦えるように武器を召喚し、構えながら駆けだした。目指すはキザイア。上を見れば変異種が移動したのと同時に天候も回復したのか、皮肉に、三人を嘲笑うかのごとく晴天になっていた───。


It's fine today.


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