コスモスプラネットを抱く

 別に、忘れていたわけじゃない。

 長い年月共に居続けたせいかそれを気にする道理もないと感じていたせいか、そういえば目の前にいる男は割かし変人の部類に入る人間だったな、と仮の拠点に戻ってきた父親が背負う決して我楽多や荷物には見えないそれ・・を見て謎に合点がいった。さらに、人は驚きが上限突破すると唖然と口を開くしか出来なくなるのも、身をもって実感した。
 隣をふよふよと漂う自称お目付け役の自立型トリオン兵、レプリカも旅を始めてから最も奇行と呼ぶに相応しい姿に言葉を無くしている。しかし、少年より一瞬早く我に返ったレプリカは男の周りを一周し、尋ねた。『彼女は?』男は苦笑する。

「拾った……としか言いようがないな」
「親父、つかまるぞ?」
「いやいや、本当にそうとしか言えないんだな、これが。―――― レプリカ、寝床の準備頼む」
『心得た』

 雑魚寝にほど近い自分たちならともかく、華奢な四肢を持った少女にとっては地獄の心地だろう。特に遊真は疑問に思わず、手慣れた様子で運び込んでいく父の背を追う。
 先程は彼を変人と説明したが、何でもかんでも無差別に手を差し伸べたりする人間じゃないのは確かだ。拾ってきた、という意味は今だ測りかねるが、迷子や孤児ならば然るべき場所に連れていくだけの常識は持っていた。つまり、上記のことを全て蹴飛ばして此処に運んだのは何かしらの意図がある。そう判断が付くぐらい、遊真はこの父親と一緒にいた。

「遊真、お姉ちゃんが出来たら嬉しいか?」
「誤魔化そうたってそうはいかないからな。ちゃんと説明してよ」
「だよなあ……もうおまえ、10歳になったし。非科学的現象にも慣れっこか」

 父親……空閑有吾は規則正しい寝息を立てる娘の頭を撫で付けて、躊躇いを振り払うように息を吐き出す。かと思えば細っこい腕をシーツからゆっくりと持ち上げ、レプリカに差し出した。
 説明されなくとも理解する。トリオン能力の測定だ。

『…………有吾ユーゴ、この者は何処で?』
「国境地帯の森深く。ちょうど帰り道の中間で、文字通り降ってきたんだ・・・・・・・

 惑星国家だの乱星国家だの、常識をいくつも覆すこの世界では大して驚かれないような事実だけれど、有吾と遊真、そしてレプリカは違った。どこの国も戦争を起こしたがる、その混乱に乗じて両親が子供を捨てることもままあることで、静かに眠り続ける少女もまたそうなのだと、有吾も彼女を背負いだした瞬間は思っていた。
 だが、拠点にあとわずかのところで事態が急変する。戦争地帯から割と離れていた、開けた荒野でトリオン兵に襲われたのだという。しかし遊真に戦い方を叩き込み、幾多の修羅場を掻い潜った有吾の敵ではなく一太刀の内に兵は地に伏した。

「所属はキオンのトリオン兵だった。だが、可笑しいだろう?」
「うん。おかしいな」

 首を傾げる仕草を見せた遊真が、続きを担う。

「命令は複雑なものにあまりできないけど、一応戦争中ならまずありえない行動だ。おそってきたのはバンダー?」
「ああ」
「じゃあ、まちがいなくこの子のトリオン目的だろ」

 にょろん、と口部から伸びた測定策がゆっくり少女の指に触れるレプリカに目を遣りながら、得心するように頷いた。
 これが隠密偵察用や爆撃型、飛行型なら話は違ってきたかもしれないが、まず下されたオーダーを無視して近隣にいた有吾を襲うのは根本から否定される。曰くバンダーを退けた後も何体か対峙したと言うのだからおそらくは、疑う余地なく少女が備えるトリオン器官が標的だろう。
 そこまで考えて、遊真は改めて少女を見下ろす。
 癖毛の遊真とは真逆で、腰まで伸びた指通りの良さげな黒髪に、小柄な体躯。生身に歴戦の猛者らしき雰囲気は見当たらず、遊真たちが捨てて久しい一般人のようだ。……トリオン器官を除いては、であるが。憐憫でも、同情でもない、単なる事実を思い浮かべた直後。珍しくレプリカが唸った。『有吾』ふたりの眼差しが注がれる。

『計測不能だ。可能な限りの数値を立方体キューブとして視覚化させてもいいが、現状を鑑みるに宜しくはない』

 やっぱりか。……額を押さえてそう言葉を零す有吾の代わりに、知的好奇心で遊真は口を開く。果てのない旅の中で好奇心は時に生命を脅かすのは学んだが、今いる地点ならば、と判断したものだ。有吾もレプリカも何も告げないのは、つまりそういうことである。

「その計測可能最大値のでかさはどのくらい?」
『北と南に、それぞれ200m先に街があるだろう、此処を含めた土地を丸っと飲み込んで余りある。……桁外れのトリオン能力だ』
「うお……見てみたい気もするな」

 遊真も有吾もトリガー使いにしては平均より上位に立てるトリオン能力を有するが、レプリカの口振りからするにその比ではない。

『有吾が見つけて彼女は幸福だった。他の国ではどうなっていたかは保証できかねる』

 測定策をしまい、器用にも退かしていた掛布団を再び添え、レプリカは逡巡する創造主に向き直った。目と呼ばれる目は見分けはつかないが、分かりやすく拾い子をどうするのかと訴えていた。
 興味深げに少女を見ていた遊真も振り返り、黒の双眸を見据える。
 選択肢は無限にあるようで、その実ひとつしかない。有吾たちの旅路に同行させなければ運命など決まったも同然で、尋常ではないトリオン能力に目をつけた他国の軍人が我先にと連れ去り、利用するのだから。寧ろ捨て置けず介抱している時点で取るべき行動など、結局ひとつしか無かったのだ。

―――― ……連れて行く。俺たちは色んな国に滞在するから、この子の親御さんだって見つかるかもしれない。責任もって、俺が守るさ」
『有吾がそう言うなら。私もできるだけ彼女を護衛しよう』
「頼む。……遊真」
「なに?」

 真面目な顔つきの父親に、自然と背筋が伸びる。

「たぶん歳はこの子の方が上だろうが、もしもの際は、お前が手を握るんだ」

 彼女自身の意志を尊重し、なるだけ知識を教えるんだ。危険については俺とお前、レプリカが協力して逃走或いは退ける。
 これまではずっと己の力量を見定めて自分の身は自分で守れと言ったが、そこに彼女を入れろ。きっと、彼女は戦えないはずだから。

「だから」

 大きな手が頭に載せられ、乱雑に撫でられる。

お前も・・・、守るんだ」
「…………うん。まもるよ」
「よし。それでこそ、俺の息子だ。ただ、調子には乗るなよ?」
「もうそろそろ親父を抜くかもしれないね」
「こんにゃろ、言ったな?」

 親子の戯れが西日が差し込む小さな室内で繰り広げられる。無言のまま、レプリカは彼らの様子を見つめた。
 問題は山積みだ。旅の同行者を増やした影響で生活費やら何やらの計算も倍になるだろうし、何よりも途方もないトリオン能力を如何に秘匿するのか。
 有吾は願い、選ぶ。
 戦争に、人の醜さばかりを息子に見せ続けた自覚があり、自分たちが地に足をつける場所とは無縁の、平和な世界に生きてきたであろう少女との交流で、穏やかさと優しさに触れることが出来れば。非常にリアリストで合理的に育った息子の、やさしい何かが育つかもしれない。有吾では補いきれない部分の、何かが。

 無邪気さとは程遠い笑みを浮かべる息子に、そっと有吾は祈った。


 少女が目を覚ますまであと――――


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