世界の引金

※捏造過多


 私には気になる男の子がいる。
 いや違うな。気になる男の子が“いた”。現在進行形ではなく過去形だ。いま彼に抱いてる感情は以前のものとは別物だとは自覚しているし、なんだったらそれを痛感させられる出来事が立て続けに起きてしまえば納得せざるを得ない。……なにがよかったって、この気持ちがお母さんとお父さんのような恋であると知る前に、沈められたこと。
 今でこそ大切な友人たちだと言いきれるほどには落ち着いたけど、納得した反面胸がざわついていた時はふたりの顔を見たくない時期もあった。思春期特有の感情も相まってかなりやらかしたなぁ、とは自分でも思っている。初恋なんかじゃない。気づく前にやめたのだから、ノーカウントだって楓ちゃんも言ってた。だからもうあのふたりと一緒に居たって、特になんとも思わない。
――― ………はずだったんだけどなぁ」
「どうしたの、真都ちゃん」
「なーんでもなあい。珍しいね、ひとり?」
「迅くん、なんか最上さんたちについていっちゃって……」
「あー」
 心做しかしょんぼりと頭を下げるかさねちゃんに視線を落としながら、そりゃそうでしょ、とひとりツッコミを入れてみる。
 冬と春の真ん中の季節にあるイベントなんて結構あるけど、大きいのはホワイトデーなんだから。この場にいない男の子が何のために最上さんたちに同行したのか、物凄くよく分かる。かさねちゃん、割と抜けてる部分あるから気がついてないっぽいね……?
「危ないことはしてないだろうし、心配するまでもないんじゃないかな」
「まあ、そうだけどね。買い物かな、私も連れて行ってくれてもいいのに〜」
「……………」
 いや無理でしょ。どう見てもかさねちゃん宛の贈り物を相談してるのに、本人紛れ込んでどうするの。バレたくないからこそこそ出て行ったのに。本部内から持ち寄ったココアの入ったマグカップを両手で持ち、ぼんやりと市街地の方角へ首を向けるかさねちゃんの顔は、やっぱり以前の私と同じような、似たような表情で。ああ、ほんとうに。
 ほんとうに彼女と彼は、おもいあうのが自然の形だったのだろう。
 と、いうか。私とそんなに変わらない年なのに、妙に難しい言葉や冷静な状況分析によって子供が混ざれない大人たちの会議に時たま出席しているかさねちゃんは、聞くところによるとボーダー創設時から所属していたみたい。だから、なのか。こうやって年相応のへにゃっとした眉を下げる笑い方は、同性の私でさえこう……ぐっとくるものがある。これが性格が最悪で救いようのないお馬鹿さんなら私は堂々と宣戦布告していただろうに、現実は凄く可愛くて、優しいと来た。平等で、分け隔てなく笑顔を見せる彼女は贔屓目なしにしても可愛かった。
「ねえねえ真都ちゃん」
「なあに、かさねちゃん」
「先月貰ったブッシュ・ド・ノエルって、誰かと一緒につくったの? ゆりさんとか?」
「レイジさん」
「えっ」
 勢いよく驚愕に満ちた顔で見上げてくるかさねちゃんは、少しばかりおかしかった。スイーツ系に詳しそうなゆりさんじゃなくて、意外性溢れるレイジさんだからそうなるのも分かるけども。「へえ、レイジさんが……」かさねちゃんは一口ココアを含み、呟いた。
「料理ができる男の人はいいよねー、ってゆりさんが言ってたからかな。ははっ」
「しかも林道さんも林道さんで囃し立てるし、収集がつかなくなったよね」
「そうそう! あれで周りに気づかれてないって感じてるんだからおもしろいよ」
 あはは。ふふ。
 ……かさねちゃんも人前で恋バナとかするんだなあ。
「真都ちゃんは? 好きな子とか、いないの?」
「いたよ」
「えっうそ、いるの!? 私の知ってる人!?」
 何が嬉しいのか食い気味に質問をするかさねちゃんに苦笑いをこぼして、なんとはなしに足元にある小石を蹴飛ばした。ちょっとした言葉を変えてみたら、気づかないし。
「ないしょ」
 自然な動作で笑みを形作った表情を向けて、人差し指を立てて言えば、案の定「えー……!」と不満そうに唇を尖らせている。
 たぶん、どんなにせがまれたって教えないよ。きっとかさねちゃんと迅くんには。これは私だけの気持ちで、誰かに見せびらかしたり渡したりなんてするもんか。こいじゃない、恋じゃなかった。憧れが強くなって、勘違いしてしまったのだ。
 ただそれだけなのだ。
「じゃあ、かさねちゃんはどうなの?」
「迅くん」
「……はっきり言うね。いつから?」
 私がボーダーに顔を出し始める前から会ってるふたりだし、なにかしらきっかけがありそうだけど。
「んー」
 再び視線を外し、川の水面を見るかさねちゃん。すると、静かに口元に指を立てて。
「内緒」
 ……あんまりにも。
「ふふ、真都ちゃんとおそろいだね」
「うん。おそろい」
 ―――― あんまりにもしあわせそうに微笑むものだから、当たり障りのない質問をしようとした口が閉じてしまい、無条件に寄せられた信頼に私は曖昧に笑いかけた。はぐらかすしか、なかった。
 かさねちゃんは今まで知り合ってきた子たちの誰よりも頭が良くて、賢い。別に機械人間みたく感情が無いわけじゃないし、笑う時は笑って、悲しむ時は悲しむ。けど、なんだろう。かさねちゃんはどこか私たちとは違うところを見ている気がして、少しだけ、不安になる。不安の気持ちのまま、どうこの場を切り抜けようかと頭を働かせていると、ふと声がした。「かさねー!」迅くんの、声だ。
「おかえり」
「た、ただいま。真都ちゃんも」
「うん」
 あ、これ。
「私、帰ってきた人たちの手伝いに行く」
「えっでも私も行くよ」
「大丈夫。そこら辺にいる男の子達引っ張っていくから」
 控えめに私の袖を掴むかさねちゃんの手をやんわり解いてから、無感情を意識しながらついでにと言わんばかりに空になったマグカップを運ぶと告げた。お礼を言われた。
 頬を上気させ、小さくお辞儀をする迅くんに雑に手を振って扉を閉める。途端に音が聞こえなくなり、息を吐いた。
「………好き、ねえ……」
 思った以上に甘ったるい声音で飛び出た単語に自分で笑い転げる。笑いすぎて涙が出てきてしまった。
「…………私は、かさねちゃんも迅くんも大好きなんだよ。それだけ、は、本物なんだ」
 掠れた声は、口元に押えた手の中に消えていく。いつか笑い話にできる時までは、この思いを抱えて生きていくの。そこまでは許してね、かさねちゃん。


 このからっぽのマグカップのように、今の私にはなんにもない。でも、何故だかそれでもいいと思えたんだ。まだまだボーダーは大きくなるって言っていたし、もう少し成長したらほかの作業も回してくれるだろうから、ふたりの姿をずっと見守っていたいと願うんだ。

 できれば、彼らがちゃんと思いを伝え合う日まで。ずっと、ずっと。

 だって私はふたりのともだちですから。

少女Kの独白




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