短編 | ナノ


好きって言わせて



※幼馴染シリーズ
※2年生初夏/原作展開によっては消える話



「――――すきだ」

 それは、容赦なく照りつける太陽の日差しによって汗ばむ初夏の頃。
 一時的に避難所として開かれていた雄英高校が、その名の通りの機関に戻り、留めおかれていた進級及び卒業を済ませられたある日。

「好き、なんだ。……汐のことが、すき、だ」

 弱い力で両手を握られ、間抜けにも惚けたまま顔を上げた先には瞳の奥は揺れながらも、一切芯のぶれない光を灯した、オッドアイがあった。
 蝉の声が響いている。校舎から寮までの帰り道は数分もかからない。他学年は別棟とはいえど、同級生の道だって、ここだというのに。わたしは、その人の双眸から、目を逸らせなかった。
 もうわたしも馬鹿ではない。鈍くも、ない。
 目の前に立つ彼が抱く感情が親愛や友愛、家族に向ける愛情などではないことを、身をもって理解している。
「返事は、いらねぇ。まだぜんぜん世界が落ち着いてないって時に伝えて……わりィ。伝えたかったんだ、ずっと、ずっと、汐は俺を大事に思ってくれてたから」
 するりと指が離れていって、間髪入れず、穏やな笑みが浮かんだ。
 言われなき誹謗中傷や、先の大戦で長兄と対峙した焦凍くんの心は疲弊しているはずなのに、どこまでも、彼はひとを、人の心を優先してしまう。
 みんみん。みんみん。
 けたたましく鳴いている蝉の声が、遠い。
 うれしい、うれしい。小さい時から幼心に守りたくて、見せてくれる笑顔が大好きで、憎まれていた時期があっても幼馴染に戻れたことが本当に、幸せで。……そんな人に、特別に想われているだなんて、うれしい、だけなのに。
 なんでだろう。少しだけ、触れていた指先が、寒い。
「おまえをいちばん近くで、支えて、ちゃんと見てるぞって、知ってもらいたかったんだ」
 急にごめんな。驚かせちまって、ほんとうに、わりィ。
 謝罪の言葉を幾度か繰り返して、憑き物が落ちたように、心の底からわたしを慈しむ視線で包んでくれる、やさしい、……やさしくて、まっすぐな、黒と青の大好きな目。
 だから、気づかなかった。困ったように笑って、どこか、胸が締め付けられたように眉を下げた焦凍くんがそっと、もう一度指を差し伸べて、頬に触れてくれたことに。「汐、なあ、」
「そんな顔をさせたかったわけじゃねぇんだ。おまえが、俺の気持ちを迷惑だとか、要らないとか、拒絶する奴じゃねぇのは、俺が誰よりも知ってる。だけど、やっぱり、汐にとって重荷で負担になるのは、いやだから」
「……焦凍、くん」
「あんま気負わないでくれ。……、……言っただろ?返事は、いらねぇって」
 壊れ物を扱うかのごとく。
 超常解放戦線、そして死柄木弔らとの死闘をくぐり抜けて、他の人たちと比べたら遥かに逞しくて、つよいのに、焦凍くんは左右で温度の違う手でわたしを捉えた。
「待つよ。いつまでも」
「……なんで、そこまで、」
 答えも、何もできない女に、そこまで優しくするの。
 焦凍くんは妙に晴れやかな顔をして、わたしの問いに僅かに首をかしげ、そして再び、わらった。
「だって、汐しかいねぇんだ。
 選ぶとか、そんなんじゃねぇ。おまえでいいんじゃない。おまえが、汐だから。汐以外、いらない」
 きっとわたしの瞳は揺れている。
 さっき、彼は自分の気持ちが重荷で負担になるのはいやだと言っていた。わたしも、そうだった。昔からこのひとに抱く感情の中に世間で言う、恋慕が入っていたのだろう。己と向き合って、取り出して、見つめるまで、気がつかなかったそれ。多分、ううん、確実に焦凍くんの方が先にわたしへの想いを自覚して受け入れている。何年も伊達に一緒にいない、そんな変化に、分からないわけがなかった。

 ―――彼は、自身に向けられる感情を真摯に受け止める人だ。

 仮免補講後に和解をして、たくさん、たくさん話をして、笑って、隣にいた。轟家のことや、炎司さんのこと、荼毘の、とうやくんのこと。これから無数の偏見や無遠慮なマスコミ、対応しなければならない現実がある彼に、おおきく、おおきく育ちすぎたこの思いを押し付けて、負担になりたくなかった。変化が、こわかった。
 怖い。こわい、……こわいよ。
 いつからわたしはこうまで臆病になったのか。以前まではわたしを見る目つきが違くても、何も変わらず、わたしのまま、接することができた。
「俺も、汐も、なにも変わらねぇよ」
「……え、」
「積み重ねだ。破綻した幼馴染を下敷きに、俺たちは手探りで決して友だちとは呼べない時間があった。それで、そうして、俺はその隣にある、関係を引っ張った」
「つみかさね、」
「何も。何も変わらない。轟焦凍と伊月汐が幼馴染であることも、隣に立つことも、支え合うことも、引っ張ってきた関係が霧散しても、なにひとつ」
 ぐ、と指先を無意識に握りこんだ。
 不自然に力んだわたしを見て、彼は、ゆっくり離れていく。彼は、焦凍くんは心を渡してくれている。宙ぶらりんの心を、わたしのてのひらに置いて、ただただ、柔らかく見守ってくれている。

 頭の中で、ぱぁん、と、強くて、それでいて優しい力にひっぱたかれた感覚が体中を巡った。

「っ、ま、まって、」
「……汐?」
 今度は、茨に絡められたように動けなかった自分の手で、焦凍くんの手を。
 掴んで。今まで掴まえてくれていたのは、彼だった。
「……――ごめん、弱くて、ごめんね」
 細く、掠れた声。それでも焦凍くんは微笑むばかり。
「ありがとう、焦凍くんのおもい、すごく、すごくうれしい」
「うん」
「、わたしのことを、たくさん、助けてくれて。怒ってくれたりも、して。きみと、きみと一緒にいると、胸の奥があつくなってふわふわして、ああ、生きてるんだなって、おもえた」
「……うん」
 冷たくて、寒かった指先に、熱が戻る。
 興奮しているからだ。ばくばくと、鼓動が鳴り止まない。
「っ言いたい、言っても、ゆるされるのなら……きみに、好きって、言わせて」
「俺の許しは、いらねぇ。その気持ちは、おまえのもんだ。むしろ俺が聞いていいのなら、おまえの好きを、抱きしめていいなら、……頼む、聞かせてくれ」
 震える。ああ、わたしだけじゃない、焦凍くんも、肩が震えている。
 全ての感情を一気に伝えられるとは思っていない。だけど、この思いは、気持ちは。
 きみにとって、受け止めたい、思いであるならば。
「―――わたしは、焦凍くんが、好き。……大好きだよ」
 言い切る前に、あたたかい腕に閉じ込められる。安心しかもたらさない、いっぱいの人間を救って、今こうして、わたしを掬いあげてくれる、大好きな腕だった。
 涙で視界が滲む。でも、向こうにいる焦凍くんの目の縁にも、きらきら、きらきら光るものがあって、ちいさく、おそろいだと感じて。
「ありがとう、」
 そう言ったのは、どちらだったか。たぶんきっと、ふたり同時だった。背に手を回せば、ぐす、と肩に乗った焦凍くんから音が聴こえる。お互い、ちょっぴり昔から泣き虫だったもんね。嬉し涙。

 すき、ほんとうにすきだよ。

 轟焦凍―――わたしの、オリジン。









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