短編 | ナノ


覆水盆に返らず



※氷叢家と遠縁の親戚であり、轟の幼馴染
※金で丸め込まれた親族の子供と見られてるので一方的に仲は険悪




 生半可な覚悟で挑んだわけじゃない。
 ちゃんと、同じ個性を持つ者として。同級生として。一方的であれど越えるべきライバルとして。全力で、向き合いたくて迎えた騎馬戦。だけど。
「――なんだよ、結局負けるんじゃねえか」
 左右で色の違う双眸は、確かにわたしを見ていた。それでも、その瞳の奥に映るのは決してわたしじゃない。いつまでも燃え盛る怨嗟の焔。灼熱の中に身を投じているのは、歪んでしまった憎悪の幼子かげだった。

 後頭部を鈍器で殴られたかのように、わたしは踵を返す彼の後ろ姿を見つめることしかできなかった。


***


 焦凍くんがある時を境にわたしを意図的に避け、関わらないようにし始めたのは知っていた。彼の母親と両親が親しかった影響で何度も赴いた轟家で個性を発現させ、焦凍くんが父親から虐待じみた教育を施された日から。
 柔らかな体躯に、日に日に生傷が増えていくのを見つけて何も知らなかくて駆け寄れば、向けられたのは幼心でも理解できるほど軽蔑と落胆、失意の感情を宿した眼差しで。この時は分からなかったけど、たぶん、焦凍くんは知識を得てしまっていたのだ。わたしが、どんどん笑顔の数が減り、泣いている母親を金で売った氷叢家と関わりのある親戚なのだと。個性婚を、知ってしまった。
「くれぐれも、俺の、――焦凍が歩む覇道の邪魔をするな」
 おそらく、見逃されていた。わたしはある意味、冷さんの親族で、強い個性を持っていたから。真意も心の内も知りようもなかったけど、炎司さんはわたしの【雪】の個性を認めていたから。焦凍くんと掛け合わせると、相性が良かったから。
 ……そう、そうだ。そうだった。
 見逃されていたのと同時に、わたしはそれを利用した。自分の目指す夢のために、利用した。ヒーローになりたくて、憧れたあの人のようになりたくて。
 きっと、わたしも逃げていた。いくら言葉で取り繕っても、気にしない素振りを見せても、何もできない、してやれない自分から逃げて、向き合えないまま15歳になってしまった。雄英の門を叩き、いろんな大人と話をして、憧れの人とも話をして。このままではだめだと奮い立ったって、既に遅すぎる。今のわたしに何かを言う資格などないのだ。
 ……でも。
 だけど。
 焦凍くんが知っているように、わたしは、彼の見せてくれた笑顔を覚えているんだ。
 罪を背負おう。泥を被ろう。どんな言葉だって受け止めてみせる。ずっと脳裏に焼き付いて離れない、あの、優しい陽だまりに満ちた笑顔を、わたしはまた見たかった。

「っ体育祭、一度でも、焦凍くんの目に映ってみせる。そしたら、話をしよう。これはわたしからの、宣戦布告だって、思ってくれていいよ」

 誰かのために見せかけた、自分勝手で、独りよがりな、挑戦状。

「――――好きにしろよ」

 温度のない声色が鼓膜に響いて、わたしはきゅっと唇を噛み締めた。
 雲間から覗く満月だけは、過去と変わらぬ光をまとっていた。









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