死んだと思った。
※連載用プロローグ ※死ネタ
蒼天が、あおく、光を放つ。
横っ腹を抉りとられた痛覚はいつの間にか消え失せ、ひゅーひゅーとか細い息だけが鼓膜を震わせる。指先の感覚も、自分が寝転がっているのに地面の振動すらも受け取ることができず、ただ、……ただなんとなくわたしはここで死ぬのだと自覚した。
燦々と照りつける太陽が今となっては憎々しい。
二ヶ月前に新調したばかりのヒーロースーツはぼろぼろで、右腕を天高く突き上げてみせればどこかしこも切り傷による出血が多くて、女とは到底思えぬ損傷具合だ。
「げほっ、ぅ」
一度、噎せる。たぶん口から血を吐き出した。
味覚は残っているのか鉄の味が充満していて、終わりの匂いが濃くなる。
致命傷を食らったが
敵は逃がさず捕縛したし、あとは数十分前に投げた応援要請によって駆けつけたヒーローたちが連行してくれるはずだ。担当区域をかんがえると現着するのはデク、かもしれない。……もしくはショートか。
「ぐぅ、……げほ! げほっ、」
悠長なことはもう考えられない。
肺に何かが刺さっているのか噎せれば噎せるほど喉奥がひりつくどころじゃない痛みを運び、倒れてる一面に血溜まりができそうだ。
周囲の損壊もわたしの個性≠ナは少ない方で、待機を命じられていたのに飛び出したのも自己判断。プロヒーローとしての見解としてなら現場へ出向くのも特にお咎めはない。信頼は揺らぐけれど。
……あァ、そらが、蒼いなぁ。
死にたくないのかもしれない。それはそうだ。誰だって死にたくない、痛みもできる限り遠ざけたい。でも、それでもヒーローを志したのは自分のためであり、人のためだった。結果どれだけの人を救えたかは知らない。
「……でも、こういう最期なら……別に、いいかな」
目が霞む。
視界がぼやけ、徐々にまぶたが重くなって、最後に――――何も残らない。
わたしの意識はそこで暗転した。
*****
――――と、思っていたよ。わたしは。少なからず中学上がるまではね。
ひらひらと舞い落ちる桜の花びらを呆然と見上げながら、声にならない驚愕の悲鳴が口からこぼれ落ちる。
入学式。幾多の生徒が通り過ぎる校門に彫られた名称は、凝山中学校。
そう、高校卒業間際で知ることのできたヒーローショートの出身中学。なんと同中だったのだ。そして先程刺々しい雰囲気で校舎へ向かったツートンカラーの頭髪。とてもじゃないが、そんな簡単にいるような姿じゃなかった。
だから。……だから。
「うそだろオイ!!!」
叫ばざるを得なかった。
死んだ記憶はある。あの状況下で他の個性に巻き込まれたとは思い当たらないし、その上助かるとは思えない。ならば個性以外の、何らかの外部的要因が作用してわたしの意識のみ≠中学前まで戻したということ。
うん、うん、わけが分からないね?? むしろそれをしたなんの得があるんだって話なんですよね?
「落ち着けわたし! しっかりしろ伊月汐! 見た目こんなんでも二十歳を過ぎてウン年……こういう時こそ冷静に対処できなくてはプロヒーローの名折れ……!」
とにかく今のわたしにできることはとっとと校舎へひた走り、入学式を迎えることだ。あとのことは休み時間なり放課後なりに試行錯誤して状況を把握すればいい。現実逃避っぽいけどこれが一番の選択だ! 周囲から視線を向けられようとも乗り越えなくてはたぶんどうしようもないのだから。
今にして思えば、チャンスだったのかもしれない。
未練と呼べるほどの未練はなくとも、人並みに幸せになりたいと願った節はある。
―――未来は変えられない。そうである。
けど、未来は過去の積み重ねであり今このときより行動をすれば、わずかなれど変化が起きるかもしれなかった。たとえば、以前≠ヘ内向的で人間関係をあまり上手く構築できなかった部分を最初に治してみたり、とか。
「……にしたってはじめから最高難易度すぎない? あの轟くんやぞ」
ひとつめの個性の氷結を使用していないというのに棘が散りばめられた表情を思い浮かべて、ぞわぞわとしたものが背筋を這い上がる。こわすぎる。
「……よっし! がんばるぞ!」
拳を高く高く突き上げてみせる。奇しくもその姿は己が死んだ時と変わりない姿勢であることを、わたしは未だに知らない。
―――これは、死んだと思った女が過去に戻されながらも奮闘する物語である。