短編 | ナノ


イタチとおどる



※白布の幼馴染が佐久早のバレーに一目惚れ
※宮城から東京へビュンッ!



「受かってた!!!」
『ボリューム下げろようるせぇ』
「だっって受かった!わたしの番号あったんだもん!番号の横に赤丸もあった!!」
『そりゃ俺に教わって落ちてたらお前のこと殴ってたよお綺麗な顔に右ストレートかましてたわ』
「暴力反対!」
『……てかよくやるよな。スポーツ推薦とは違って入寮枠が極端に少ない一般入試で成績優秀者を目指すなんて』
「わたしに片道3時間かけて通えと???」
『勉強頼み込んできたあの土下座ねついがあればいけんだろ』
「ねえ今ぜったい鼻でわらったでしょ、ねえ」
『校門でやろうとした時はどつき回してやろうかと思ったけど、それをしなかった俺を敬え』
「だから部屋でやったじゃん!」
『それもそれで問題だっつのばーか』
「でも見放さなかったってそういうことでしょ」
『……、…………、…………そうだな』
「その間は!!?」
『うっせーな(存在自体が)』
「存在がうるさいって言われても困るんですけど!」
『なんでわかんだよ気持ち悪いな』
「はぁ!?」
『あーあーハイハイ合格おめでと。昼休み終わるから切るぞ』
「えっありがと!また電話する!」
『しなくていいって言ってもするんだよなお前』

 最後の最後で盛大な溜息を吐かれてしまったが今のわたしにはノーダメージである。
 スマホを持つのとは逆の手にある受験番号用紙に記された番号があるのをもう一度確認して、にへにへと頬が緩んでしまって仕方がない。何故なら夢にまで見た井闥山学院高校に受かったのだ、もう気分は有頂天。さらには赤丸があるということは入寮資格を得られたということで、本来なら親へ真っ先に連絡しなきゃいけないところをひとつ年上の幼馴染へ先に報告してしまったが、許されると思いたい。
 うちの親、賢二郎に激甘だもん。勉強の面倒を見てもらってた部分でもめっちゃ感謝してるから、うん、大丈夫。たぶん。

 周囲には合否の結果で喜んだり項垂れたりしてる同じ子たちがいて、いつまでもここにいても邪魔なだけだと判断しながら教師陣の案内を受ける。おお、さすが私立で大きな高校。外国人と思しき受験生も少なくない人数だ。

「伊月汐さんですね。合格おめでとうございます、こちら入寮申請書と証明書となります。提出は郵送で、入学式より10日前厳守でお願いしています」
「はい、ありがとうございます」

 薄いグリーンの封筒を受け取って鞄に入れつつ、どことなくそわそわして早速本題を切り出すべく「あのぉ、」と声を出す。

「バレー部の見学って、できますか?」
「部活見学ですか?女子バレー部は今日はお休みだったかと……」
「ああいやちがいますちがいます」

 首を横に振る。言葉足らずで申し訳ない。女子バレー部も魅力的ではあるし、強いのも知ってる。でもわたしの目的はそっちじゃないのだ。
 僅かに小首を傾げた女性の先生に、わたしは胸を張って口を開く。

 地元でもなく、それこそ血反吐を吐く思いで勉強をこなしつづけてきた本当の理由を有する、その部活動の名前を。

「─────男子バレー部です!」


イタチとおどる


「いやぁラッキーだったな〜!まさか近道していこうと通ったところにうちの部の名前を聞けるとは」
「わたしもです!古森さんと知り合えるなんて」
「悪いね、ホワイトボード運ぶの手伝ってもらっちゃって。えーと、」
「伊月です、伊月汐」
「みょうじちゃんね、なんか電話で騒いでた子だ」
「聞いてたんですか!?」
「たまたま、たまたま聴こえてたんだよ」

 がらがら、がらがら。
 脚の付いたホワイトボードを両側から支えて転がしていく中、恐らく入学してからでないと見られない校舎内の風景を眺めていると、前方を歩く男の人───古森元也さんに話しかけられる。
 何故この人と一緒にバレー部の備品であるボードを運んでいるかといえば、答えは単純明快。あの後先生から職員室と専門室以外なら入れる通行証をネックストラップごと貰って、さあパンフレットを開いてバレー部がいる体育館に向かおうと意気込んだときに、肩をちょんちょんと叩かれて。

『きみ、男バレに興味があるの?』

 と、わたしの脳内では話題沸騰中の選手のひとりである彼に声をかけられたからだ。内心ナ、ナマ古森元也だ!?!?と叫んでしまったのは懺悔した。心の中でだけど。
 それはそれとして。
 ……うわ、うわぁぁ、本物だ。身長高い……わたしの顔が胸元あたりだから、180前後かな。おおきい。まろ眉かわいい。

「その制服この辺りだと見かけないし、県外?」
「アッはい!宮城です!」
「宮城!?えっどうして?」

 たぶん県外といっても神奈川や千葉、そのあたりを想像していたらしいのか振り向いた古森さんの顔には驚愕の文字が貼り付けられていて、少し笑ってしまった。しかも今日の合否発表は一般入試のみのものだからスポーツ推薦できたわけでもない女だもんね、それはそうだ。
 またもにやけるのが抑えきれず、どうにか表情筋を固めて話し出す。

 照れる理由などないのに、ほんの少しだけ脈拍が早くなる。

「……佐久早聖臣のバレーを、もっと近くで見たくて」

 今でも忘れられない。強烈なほどわたしの意識を塗り替えたあの人のバレー。

 相手の強力なジャンプサーブを綺麗に上げてみせ、そのまま流れるように際どいストレートを決める無駄な動作が何一つない佇まい。
 力強く床を蹴り、滞空するしなやかな空中姿勢。【努力】の横断幕を背景に戦局を見つめる深い深い、ぬばたまの眼差し。
 異常に柔らかい手首によって繰り出されるレシーブ泣かせの回転をかけるスパイクやサーブも、完璧なサーブレシーブも、打ちにくいセットアップにも合わせて相手コートに叩き落とせる身体能力も、全て。
 ───ぜんぶぜんぶ、わたしは彼のバレーに一目惚れしたのだ。
 昨年、珍しく興奮気味に教えてくれた賢二郎の感覚を一年越しに理解した。そこから先は早かった。

「もともと勉学は不得意じゃなかったので、幼馴染に見てもらって本日合格をもらいました。あの人のバレーを見たいがために。
 ……どうかしました、古森さん。そんな顔して」
「え、いや、……へ〜〜〜佐久早のねぇ」
「誰かに一目惚れするって、こんな感じなんだなぁって新たな気づきを得ました」

 先程の通話にあったようにちょうどオフと聞いていた賢二郎に連絡をとり、あまりいい返事をもらえなかったのでその足で白鳥沢まで赴き、中には入れないから姿の見えた賢二郎の前で土下座未遂をした。ちなみに外出予定があったらしく、そのまま怖い顔をした幼馴染に腕を掴まれてわたしの家へ連行。そしてそこでもわたしは土下座(今度は遂行)して、勉強を見てもらうことになった。
 そう、わたしは賢二郎に返しても返しきれない借りがある。ただ一介の高校生未満が何もできるはずがなくて、出世払いでお願いした。ごめんて。

「じゃあマネージャー志望ってことだ」
「もちろん。中学もマネージャーでしたのである程度はお役に立てるかと!」
「ふふんよっしゃ、ダブルでラッキー!」

 明るくも何かを企む面持ちの古森さんは愉しそうに、にししと笑っていた。よくよく聞くと、どうやら井闥山男バレには2年がマネージャーを勧誘する伝統?のようなものがあり探していたようで。

「おは朝占い1位だったからかも。俺ってばツイてる」
「あ、獅子座ですか?」
「そーそー。7月30日生まれ」
「わたし2位でした」

 などといつの間にか渡り通路を抜けて部室棟前までやってきて、室内には俺が入れるからー、と引き受けてくださった古森さんにお礼を言いながら少し外で待つことに。
 強豪校だからかどの設備も最新式が多く、じわじわと本当にあの井闥山学院に合格したんだと実感が沸き上がる。春休みはまだまだ先で、試験関連の行事だからか平日休みだけど部活動は関係ないのか、離れた場所から野球部員の掛け声が響き渡っていた。
 2月の寒さは宮城と比べると暖かいほうだけれども、寒いものは寒く、黒いタイツを履いてきてよかったとしみじみ思ってしまう。あとはお母さんが持たせてくれたホッカイロもたいへん有り難い。

 少し時間がかかっているのか出てくる気配がない古森さんを待つこと数分。ふと視界の端に見覚えのありすぎる種類のボールが転がっているのが見えた。
 間違いない、バレーボールだ。
 練習中に外に転がっちゃったのだろうか。誰かが通るかもしれないし、転ばれてもいやだし……よし、拾おう。

「わ、知ってたけどおおきい。賢二郎、これを片手で掴めてるんだもんなぁ」

 しゃがんで拾って、じっと見つめてみる。
 バレー選手が一番触れてラリーを繋げるボール。……ということは。

「佐久早さんも片手で掴めるのか、……でっかいもんな、身長……」
「…………、………………なに?」

 なにって。だから佐久早さんの身長おおきい、よ、ね、……って。

「……誰?」
「ナッ、」
「は?(ナッ?)」

 低く、あきらか好印象ではない声が鼓膜を叩いたと思い顔をあげれば、視界いっぱいに広がる無愛想でありながら、表情がなぜかよく分かる男の人が練習着の上にビブスを付けて立っていて。
 土下座は得意なので、させてもらって言い訳をしたい。
 わたしは佐久早聖臣のバレーを追って井闥山にやって来ていた。無論、顔を合わすのは承知の上で、お話できると踏んでいたのだ。
 けど、……けどさぁ。

 こんな早い段階でとは思わないじゃんか!!?


「ナマ佐久早聖臣ィ!?!?」
「ハァ???」


 ───これが、わたしと佐久早聖臣のファーストコンタクトである。この時点で泣きそう。うう、こんなはずじゃなかった。









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